第23話 冥王の爪



フィオの岩の蹴る音が小さくなっていく。


存在は既に指粒ほどの大きさになっているフィオに固まるジャンテ。


「ジャンテ様」


背後にシベックから声がかかる。今回の【訪問】は忙しい父に変わって【冥神】の力で【竜の索敵】掻い潜る役が長男ジャンテに任された役割だった。


しかし役割はそれだけである。【訪問】で竜人族との直接対応の責任者は【私兵団団長シベック=ディアーナ】である。


シベックとしては、今回の竜人フィオとの接触は予想外であったものの【有意義】であり、既に【満足】もしていた。何より護衛ありの二泊三日とはいえ【獣人族の村】にニコを置いてくのは気が進まなかったのだ。


会話にあった【あの方】が【誰】なのか分かった時点で速攻引き返す理由としても十分。

「このまま帰っていいじゃんラッキー」が彼の心境であった。


「ハーディス家は【竜】を恐れない…ですか?」


ビックゥーっとジャンテの体が震える。ストーンですら何も言わない。


「ジャンテ様は貴族学校で世の中を勉強したと思います。お二人の奥様もハーディス家が領地開拓、運営していく上にはまたとない力になるでしょう…それは間違いありません」


「別に…ロザとベルは…そんなんじゃ……いや…」


「…分かってますよ、貴方が損得だけで選んだ訳ではないと…しかしハーディス家が【竜人族】を守るように、逆に困難な開拓に苦しめられたご先祖様が【竜】や【竜人族】の守っている貴重な資源に助けられてきたのも事実です」


「…そうだな…失念していた…認めよう」


シベックは肩を落として落ち込む。確実にあの少女にはその【恩義】持ち合わせていないと思わせてしまっただろう。


「そうですか…なら【あの方】が帰ってきた時に【弱さ】を認める準備をしといて下さいね」


「…なんで【アイツ】とオレの【弱さ】が関係ある」


「馬車で話しましたでしょ【子連れ老剣士】の話、フィオ様の発言で確信しましたが【あの方】と【剣王】で間違いありませんね」


「!?…つまりは今は【アイツ】が【竜人の集落】にいないのは…【獣人族の村】【東部の開拓村】の言質から確かということか?…いや待て【アイツ】は【冥神】の技や魔法は伝授されて無いだろ!?【剣王】が連れて行ったんだろ!?」


ジャンテはシベックの言いたいことが認められない、仲が良かった愛すべき【存在】と【強さ】が結びつかないのだ。


「…認められないですか?」


「当たり前だ…オレが5歳から教わりだして、つい最近になって父にギリギリ認めてもらった【冥神】の【自分以外を隠す技や魔法】だ…【剣王】なんて【恩恵】持ちを【隠す】なんて出来る気がしない…」


「違いますね」


「何?」


「まぁ…これに関しては私を含めてですが、私兵団全員にも言えますから…」


シベックは悲しそうに苦笑して私兵団全員を見やる


「ジャンテ様、【あの方】が【竜人の集落】に行ったのは正直あまり問題では無いのです。【恩恵】持ちが力は計り知れませんから…ただ【帰ってこない】ことが問題なんです」


「なっ…いや…そうだ…【アイツ】なんで帰って来ない!?母上と父上がどれだけ…そうだ…なんでだ…??」


「必要ないんですよ」


「「「はっ?」」」

ジャンテだけでは無い、ストーンも含めた私兵団一同ギョッと目を見開き理解できないといった顔を揃える。ニコだけついて行けず、いつもは優しいジャンテとシベックの纏う雰囲気にオロオロしていた。



「完全ではありませんが生存が確認されたから言いますが、【3年前】に【あの方】と【感覚共有】の魔法を行っていましたが【幻獣との戦いの最中】、【痛み】は分からなくても【高所からの受け身無しの落下】【溺死してもおかしくない長時間の着水】【極度の緊張、興奮からの発汗】、【全身からの裂傷か流血の触感】…魔法が消えるまで…いや多分【隠されたんでしょう】団ちょ…じゃないストーンさんの【探知魔法】も一緒にね…分かります?」



「えっ…いや…【そんな事】が【アイツ】に…!?」


「…シベック…貴様!…あの時にそんな…報告……いや…儂は…何もできなかっ…た…か…」

ジャンテは顔を真っ青にして、ストーンは顔を赤くしてシベックに怒鳴ろうとしたが、過去の自分の不甲斐なさに落ち込み方を落とした。


「そうです…私たちは全力でした、【あの方】の行動が自分勝手だったとしても、そういう状況に追い込んでしまったのは私たちです」


「…なら帰ってこないのは、肝心な時に助けられなかったオレらを恨んでいるのか…」


「いや、それなら私たちの無能っぷり公表すればいいでしょう、帰って来てくださるなら私たちは【それでも】いいですよ」


「儂もだ…」


「そうだな…オレもその方が良い…なら…何だ…」


「ハーディス家、我ら私兵団より【強く】なってしまった。もしくは【剣王】と一緒にいた方が安心とか…」


「「ぐっ…」」

2人揃って不甲斐ない自分に情けなくなる。


「【冥王】倒しに行ってるとか?」


「「「はっ?」」」


「えっ…?」

ジャンテ・ストーン含む私兵団だけで無く【冥王】という言葉にニコも反応する。


「シベックさんどういうこと?」


「ん?【あの方】…じゃなくて【ノーブル様】が【剣王様】と一緒に【冥王】を倒すかもって…」


「ノーブル生きてるのぉお!!??」

「「「うぉおおおおおおお!!?!?」」」


普段大人しいニコの叫びにシベックまでも驚く!?


「ねぇ!!??ねぇ!!??いるの!!??会いに行こう!!??私【待ってて】出来たよね!!??早く!!??早く!!??」


「にっ…ニコ!?」


「「ニコ様!?」」

狂乱するニコにジャンテや私兵団は驚く…3年近くいて色んなニコを見てきたが【知らないニコ】がそこにいたのだ。シベックもまるで3年前にいた無邪気なニコを見て【ハリボテ聖女】様が如何に危険か今後の課題だなと思考する。


「まぁ…ほぼ【奥地・竜峰】に行って帰ったきた【子連れ老剣士】が【ノーブル様と剣王様】で間違いないでしょう。ニコ様がお利口で待っていればノーブル様もお喜びになるでしょう…」


「うん!!」


「はい!…よーし!ではグリス様やノルベ様に早く報告する必要がありますから、【村のお泊り】は中止して帰ります!ジャンテ様に…ニコ様も宜しいですね?」


パンパンと両手を叩き、周りにいる一同の注目を引きながら、今後の予定を告げる。


「…ああ、問題無い」


「うん…あっ…シベックさん…フィーちゃんに【氷の石】お土産にするって言っちゃったけどどうしよう…」


「【氷晶石】ですか?それなら、引退したくせに補佐とか言って付いてくる暇なストーンお爺さんがいるんで貰ってきてくれますよ」


「そうなの?爺ありがとう!!」


「はうっ…シベック…貴様ぁ…いやいやいや、ニコ様とフィレット様の為なら問題ありませんぞ!ささっ、夏が終わりかけてるとはいえ、日差しが強いですからな馬車にお戻りしましょう。」


「うん!」


「あっ…ついでに今回の【お泊り中止】と【竜の機嫌が悪い】こと村長さんに教えといて下さいね〜」


「シベックェェエック!?貴様計ったなぁああ!!」


結局、ニコの笑顔に負けた引退老兵ストーンは新団長の思い通りに動かされ、ニコと数名の私兵団と共に馬車へ戻って行った。


新団長シベックは先程のニコの勢いに負けて【無責任な甘い発言】してしまったことを思い出し苦笑していた。


ノーブルが3年前にままでいることはまずないと知っている。少なくとも、あの【竜人少女】の発言から面倒そうな匂いがした。


「シベック…」


唐突に呼ばれ振り向くと落ち込んで地面に【の】の字を書いているジャンテがいた。


「ノーブルのヤツは【王族】の女に手を出したのか?」


「…」

ジャンテが焦ったのは【竜人少女】もとい【剣王という王族の娘】に手を出したらしいのが厄介である。


「ハーディス家はこれまで【王族】と【双翼】との干渉をできるだけ避けてきた。しかも今はニコという【聖女】もいる。これまで以上に喧しくなるぞ…」


「うーん…まだ大丈夫ですかね〜、【王族】からしたらどの国も欲しがる【竜人族】の【血の恩恵】【交流】【資源】を手に入れるキッカケを【ノーブル様】が眼前で潰した訳ですから。【剣王】様が【娘】を報告するかどうかですよね」


サッカーがあれば「シュート決めた!ゴール!」から「オフサイドで得点ありません!」くらいのガッカリ具合かもしれない。


「…父上は知っていたのか…」


「…知っていましたよ【5年前】の訪問で…【3年前】には【獣人族の村】で【元団長】と調査隊に同行した【剣王】様が密会する予定もありました。まぁ…【魔王出現】騒ぎでなくなりましたが」


懐かしむ様に語るシベック。教えて貰えなかったジャンテは落ち込む。


「…知らないことばかりだな…それで密会の内容は?」


「【剣王の妻が集落内の衝突で亡くなったこと】【娘さんは集落の掟で妻を殺した家族の息子と結婚すること】【それを踏まえた上で会いたいか?】って感じの内容でした。」


「放っておくべきだったのではないのか…」


「後は【ウチの息子はどうだね?】って見ていただくくらいですかね?」


「………おい」


「いやぁ…僕も【凄ぇなノーブル様】って思いましたもん…正直ですが【3年前の密会】で団長が付いて来たの【キレた剣王】止める【役】のためですよ」


「……その【役】をノーブルが代わりにやり切ったのか…」


「彼女は幸せそうでしたし、何より【ノーブル様と剣王様】が一緒にいるということはそういうことでしょうね…」


「王国最強に【強さ】を認められているのか…」


自分の弟が明らかに規格外な存在になっているらしいことを実感し始めるジャンテ。


「そもそも現状【確認されている魔王出会って生還している2人】ですからね」


「それだけでも勲章ものだな」


「まぁ…それ以上のことしてるっポイですけどね」


「魔王討伐のことか…?」


「違いますよ。言ってたじゃないですか【竜の機嫌が悪い】って」


「…おいおい、何してんだアイツは!?【竜】にちょっかいかけたのか!?…シベックお前なんで笑ってるんだ?」


ジャンテは青い顔して頭を抱えるが、いつも面倒ごとに嫌そうな顔をするシベックが嬉しそうなのだ。


「いやぁ、もう笑うしかないですよ?竜を怒らせてちゃんと生還してるんですもん!【勲章】どころか【勇者】ですよ!【魔王】くらい倒すんじゃないんですか?」


シベック=ディアーナは笑う。ノーブルが生きていたという情報は一昨年の秋、愛する妻が子供を産んだということと同じくらい嬉しいことだったのだから。


それから夏が終わり、秋が来る。


秋の紅葉はすぐさま散り、冬が来た。


冬特有の灰色の景色から緑が生まれ始めた頃、ハーディス家に一報が入る。


プルー湖東部・開拓村


【プルー湖東部】の舗装路には道が2つある。

1つはプルー湖から離れ奥地のある山脈に向かうと辿り着く【獣人族の村】へと続く道。


それとは別の道。プルー湖に沿って【プルー湖南部】に向かった先にあるのが【プルー湖東部・開拓村】。


【プルー湖南部】という危険地帯に1番近く、【ハーディス辺境伯私兵団】や【獣人の狩人】も多く派遣されている。周りはほぼ樹海というよりジャングルに近い。沼地を多数あり、「こんなんどっから手をつければいいの?」という状態である。


村と言っても建物は少ない、兵の駐屯所、キャラバン、宿屋兼ギルドの出張所、私兵団が趣味と研究でやってる適当な畑。


場所が場所だけに税の徴収も少なく、領主が視察に来ても「今年はこっからここまで整地出来たらいいね」とノルマはあるものの割と【自由な村】である。



そんな村の私兵団駐屯所に泥まみれの【老剣士】がやって来た。



「【冥王の爪】を持ってきたのですが…入り口の荷車に乗せてあるからこちらで回収してくれないでしょうか?金銭ではなく報告が重要なのです…ギルドよりハーディス辺境伯の私兵の方が信頼できます」



そういって兵たちは慌てて入り口にあった。荷車を回収するため外に出た。遠くに泥まみれローブを羽織った【少年】が歩き去っていたらしいが目の前の物が物なだけに兵士はすぐに視界の隅に追いやった。



その情報を受け取ったシベック団長とハーディス家の一部は顔に青筋立てていたらしいが特に怒鳴りはしなかったらしいが、【開拓村のノルマ】が増えたことは確かである。



回収した荷車には【爪のような黒い岩】であった



爪は2本、1本が人1人分の大きさがある。曲線を描いた黒い鉱石の様だった。未確定であるが【冥王の爪】と呼ばれることとなった。



2つある【冥王の爪】の1つは討ち取った【老剣士】に本人の証として、もう1つは王都へ早急に運ばれた。



半月後、王都アガディールの王城ではガルダ王国の有力者だけでなく各国の重鎮を呼び集め、ガルダ王の玉座のある大広間にて【鑑定の儀式魔法】が行われた。



【鑑定】に影響されない礼装を身に纏う各国から選ばれた聖職者たちが【冥王の爪】を持ち運び精霊を呼ぶ。


「行いにて一に名を【レガロ】」


瞬間、大広間全体に魔力の光がブワッと満ち溢れる。


「おお…コレは…!?」


そして大広間にいる者たち全員に【冥王の爪】の情報が刷り込まれていく。




Equipment.51



ケール=エレボスの黒爪





王都にあるどの国宝以上の価値ありと【神】から判断されたそれは【魔王】であると何よりの証明であった。



「「「「ぅおォオおォオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!??!!??」」」」



その日、玉座が、王城が、王都が、王国が震えた。



誰もが喜びと興奮、羨望に嫉妬と叫び渦巻く混沌の中。



【冥神】の一族だけは黙ってある方向を向いていた。



ガルダ現国王の隣。



ガルダ現国王の感嘆を煩わしいそうに受け流す【1人の老人】



【剣王】を見ていた。

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