第22話 脆い聖女


ジャンテの首が飛んだ。



とニコは錯覚した。



ジャンテの首にフィオが腰の帯に差していた【木のような白い棒】が当たる。



「…ッ!?!?」



挨拶も済ませてお互いを明かしたことで油断していたとはいえ、【それ】に全く反応できなかったと事に混乱するジャンテ。



その行動を起こしたフィオも混乱していた。



「あ…あー…ごめんなさい!驚いてしまって…つい、あのお父様の【習い事】の影響が…【あの方】以外に近付かれると【モヤッ】として【スッ】と手が出てしまって…あの…ジャンテ様に失礼を!申し訳ありません!」



慌てて【木のような白い棒】を腰の帯に差すと深く頭を下げるフィオ。



「いえ、今のはジャンテ様が自分の【お役目】を忘れたのも含めて【あらゆる点】で悪いので気にしないで下さいフィオ様…、ジャンテ様は下がっていて下さいね。」



シベックは冷たい目でジャンテを見る。



「…ぐっ、わ…分かった」



【貴族狩り】という対人戦負け無しのシベックは【あらゆる意味】で悔しかったが、シベックのいう通りに下がる。



そこでニコの様子に気付く



「…行いにて…全の一を…【オブジェクティブ】」




ニコがボソリと呟いたそれは【神信魔法】の詠唱。



「「ニコ様ッ!?」」「ニコッ…何を…!?」



ニコの突然の行動に驚かされる一同、ただし1人は覗いて。



「…?…どうかなさいました?」



フィオだけはこの展開についていけてない。

ニコにはジャンテという家族の首を飛ばす錯覚を見せたこの少女を【知らない】と安心出来なくなったのだ。



「…」






フィオルデペスコ


8歳


Deity.119


剣王と巫女の愛娘


竜峰神殿の竜人巫女


山神を祀る剣王の弟子


白月の抱擁を求める者


竜神の恩恵


山神の恩恵


Equipment.144


角剣エスス


角笛アナ


竜峰ラクダのシャツ


竜峰クーズーの革靴


竜峰ヒツジのベスト


赤竜のレザードレス


竜鱗のヘッドドレス




「…」



ニコの頭の中に騒めく様な【声みたいな音】が湧いて来る不快感に襲われるが【何度も】使ったことがあるニコはこの不快感には慣れている。



しかし把握した内容に絶句し硬直してしまうニコ



「…どうされましたニコ様?」



ニコの暴挙とはいえ【神信魔法】の【結果】が出たなら教えて欲しい一同は、その【結果】を知ったニコにストーンが声をかける。



「ジャンテお兄様…爺…シベックさん…あの方はおそらく行方不明の【剣王】様の情報を持っています…【神格】【装備】もジャンテ兄様より上です…」



「「「!?」」」



「あの?…如何成されました?【ケンオウ】?【シンカク】?【装備】ですか……身に付けてる物ってことですよね…あっあれっ…【あの方】にもお父上にも褒めて頂いたのに…変でしたか?」



「えっ…えっ…だっ…大丈夫です!…大変素敵なお召し物だったので…はいぃぃ…」



褐色村娘から竜人娘に剣王の娘とクラスチェンジに忙しいフィオは自身の服を見下ろしながら首を傾げる。ニコは自分の不注意な発言と【神信魔法】を使えることを示唆する行動で招いた結果に慌てて取り繕う。



今年の春、王都での【聖女申告】まで存在を隠されてきたニコはハーディス家関係者以外の人付き合いは不得手である。【聖女申告】以降の王都滞在中も面会希望が殺到したが、グリスが認めた一部の者のみでニコは微笑むだけで、喋るのはグリスかジャンテの仕事だった。



【聖女申告】も何度も事前に練習してきたもので、要するにニコは貴族の英才教育を受けてはいるが【ハリボテ聖女様】なのである。



そんな挙動不審なニコから「大変素敵なお召し物」という言葉を聞いて不安な顔から一気に満面な笑みに変わるフィオ。



「わぁ!ありがとうございます!ふふふ…こういうの【オシャレ】っていうんですよね、いつもより動きづらいですが…【服】を着るだけで褒めていただけるなんて…」



「えっ…あっ…はい」



「こうやって【人】は自分という個性を印象づけていくんですね…!【あの方】とお父上が言っていた【服は大事】分かってきました!」



フィオの満面の笑みが貴族社会に踏み出しつつあるニコや、私兵団には眩し過ぎたらしい。



「すっ…凄い可愛っ…はうあっ!…違う違うっ…いえ、そ…そのどうしてこちらに?あなた1人では危ないですよ、ここは魔物や魔獣も出ます。」



「そうなんですか?あっ…【強そう】な方が多く滞在されているようですね…魔物に会うとすぐに横から来て倒してしまうんです…皆さんお仕事熱心なんですね…!」



「「「「えっ…」」」」



「ただ…大丈夫だと言っても聞いてくれなくて…困ってるんです…」



「「「「ええ〜…」」」」



「あっ、貴方の周りにいる方は【もっと強そう】ですね!…ええ…と…あっ!貴方と貴方は以前、グリス様と一緒に集落にいらっしゃった方ですね!」



ニコの周りにいる私兵団を見渡し



「むっ…私ですかな?」


「…はははは」



フィオは【老兵ストーン】と【ボサ毛兵シベック】を交互に見てウンウンと頷く。




「はい!…あっ、グリス様にお伝え下さい【本を知り、母と父の愛を知ることができた】と」



一瞬、何のことか分からずポカンとした顔をした2人だか、すぐにストーンは身を正して手を胸に当てる。



「?…ふむ…分かりました、しかと心に留めておきましょう。シベックもしっかり覚えておくんだぞ。」



「……えっ?…はぁ、まぁ…いいですよ、もの忘れ激しいから大変ですも…んべばぁっ!?」



余計なことを付け加えて殴られるシベック。



「ったく貴様はもっと立場をわきまえんか……それよりニコ様【剣王】の奴の情報とは?【アレ】からの情報ですかな?詳しく聞いても?」



頭を押さえるシベックを見送りニコに向き直るストーンが疑問を口にする。何やら【剣王】と昔に一悶着あったのか苦い顔をしている。



「はい、それより先に…えっ…とフィオさん?…そのフィオさんのお父様について教えてもらっても…?」



ニコは【神信魔法】が使えることを露見しない様に最初の失敗を取り戻すためにも気をつけながら質問する。



「はい、お父様でしたら、【エンヴァーン=ヒノ=ガルダ】という名で確か【ヒノ=ガルダ】というのはガルダ王国の王族の方なんですよね?母親は【アリカンテ】という名で竜峰神殿の巫女だったそうです…私が2歳の頃に集落内の決闘に【負けて】亡くなっております」



そう言ってフィオは懐かしむ様に微笑む。



「「「「えっ…」」」」



驚く私兵団とジャンテ、ニコは【神信魔法】以上の情報をアッサリともらえたことに再び驚く。一同は大声上げて騒ぎたいが最後の発言で心臓がキュッとなり声が続かない。



質問したニコは「やっちまった…」見たいな青い顔して泣きそうになっている。



「あっ…あの…ごめんなさい…辛いことを聞いてしまって…」



「?…どうしたんです?【辛い】?ですか…どうなんでしょう…【あの方】やお父様に【本】を通して母の【愛】を知ることができた時、泣きましたが【辛い】はなかったですね…あっ!でも【寂しい】はありましたね!フフッ…!」



泣きそうなニコとは反対に嬉しそうなフィオ、【辛い】が無かったとしても、【寂しい】はあった。ならなぜそんな愛らしい笑顔を作れるのか。ニコは【3年前】からずっと【寂しい】のだ。ハーディス家の優しさと目標を与えてくれたから立っていられる。だから



だから【悔しい】



この差は何なのか、その後【強さ】は何なのか教えて欲しかった。



だから聞いてしまった。



「あの…なんで【寂しい】のに嬉しそう…なんですか?」


この発言には周りの私兵団が驚いた。聞き取り方によっては喧嘩売るような嫌味にも挑発にも聞こえるからである。ただジャンテとシベックだけは冷たい目でフィオとニコを見ていた。


ニコの発言にフィオは「ん〜」と手を顎に当てて考え始めた。先程の発言は余り深く考えたものではなかったらしい、つまり【素】。慎重に会話していた自分は何だったのか落ち込むニコ。 フィオは「あっ!」と言って手をポンと叩く。



「【寂しい】と【あの方】が抱きしめてくれるんです…」



「えっ…?」



呆気に取られるニコ。【寂しさ】に打ち勝ったのはフィオ自身の力では無かったと、そう告げられた。



「母の愛を知った時、【巫女】の仕事で失敗した時や、【番人】さんのお手伝い、お父様との【習い事】で、一杯一杯だった時、【あの方】は1人で悩む私を浴場や寝所で抱きしめてくれるんです」



そういって思い出しているのか幸せそうな笑顔を向ける。



((((の…惚気))))



険悪そうな雰囲気から一気に明るい花が咲き乱れる空間と化した。ことに私兵団は反応に困っている。ジャンテとシベックは頭を抱えている。そしてニコは…



「なっ…ななな…なんと言うか…はい…ごちそうさまでした…?」



顔を赤くして混乱した。



フィオという存在は【現国王の弟の娘】王位継承権は低いがそこら辺の貴族より【お姫様】に近い存在である。そんな方が【浴場】【寝所】で両親以外に抱きしめられている。



フィオのいう【あの方】が男か女かは分からないが、ニコからは絵本や紙芝居なんかの【物語】に良く出てくる稚拙な男女関係を想像した。



「…好きな人?なんですか?」



「好き…ですか?…分かりません…」



「えっ…?好きだから一緒にいて抱きしめて…その…くれるんです…よね?」



ニコの幼い思考では男女関係の深層心理の欠片も理解出来ず、困惑する。



「【あの方】は【勝った】から私と一緒にいるんです。【負けて】たら抱きしめるどころか一緒にすら入られません。【今も】も【勝つ】ために離れていますから…」



「えっ…えっ…」



「あっ…そっか私は【寂しく】て【あの方】と一緒をもっと共有したくて…神殿から離れ山に降りてまで【人】を知りたかったんだ…そっか…そうなんだ……ありがとうございます!ニコ様!!」



「えっ…えっ…ええええええええ!?」



「フフッ…こうしてはいられません…神殿に戻ってお勉強しなくては、ニコ様、皆さんもそれでは私はお暇させていただきますね、あっくれぐれも【竜人の集落】には向かわないで下さいね!」



そう言って赤いスカートの裾を両手で摘みお辞儀をすると一同に背を向けて、立ち去ろうとする。



「えっ…えっ…えっ」



急に切り替えに混乱するニコ、すると後ろから



「お待ください、フィオ様」



今まで静観していたジャンテがフィオに声をかける。



「はい、なんでしょうか?」



呼び止めるジャンテにシベックは慌てる。



「ジャンテ様!?おやめ下さい…!」



「分かっている…シベック、責任は俺が取る」



「…いやいやいや……んー…【十分】かな?……分かり…ました」



渋々、後に下がるシベック。そのやりとりにどう対応を返せばいいのか困っているフィオ。



「あのー…」



「失礼、フィオ様…えー【あの方】とはどなたでしょうか?差し支えがなければ教えて頂いても?」



そう言って胸に手を当てジャンテはフィオに頭を下げる。



「…【あの方】から【あの方】と呼ぶように言われてるとしか言えないのです。大変申し訳ございません。」



ジャンテからの質問をアッサリと返し、フィオも頭を下げる。



「む…いえ…大丈夫ですよ、最後に…【あの方】はどちらにいらっしゃいますか?是非お会いしたいのですが…」



「申し訳ございません…私も分かりません。」



フィオが悲しそうな瞳の揺らぎを見せた事にシベックがジャンテに対する冷たい視線を投げるが、ジャンテは気付かないフリをする。



「竜峰神殿には今はいませんか?」



「はい、今はいません」



「…分かりました、最後と言っといて何ですが、【竜人の集落】に行くのは無理ですか?私は【あの方】と【同じ力】があるので、問題無いと思いますが…」



「ダメです」



取り付く島なしと言わんばかりに告げる。



「……それだと…おかしいですね…【あの方】は【集落に辿り着ける力】があった。【そして神殿に滞在した】、だが【集落に行くには竜の機嫌が悪くてたどり着けない】すると【あの方】は【逆に帰れない…つまりまだ神殿に滞在しているのでは?】」



「…んー…むむ、つまりは引き返して頂けないと…確かに私の発言だけでは【竜の機嫌】【あの方の不在】を納得していただくのは難しいですね…」



フィオは一層困った顔をする。ジャンテはニヤリとして肩をすくめる。



「ハーディス家の伝統でもある5年1度の集落への【訪問】、加えて…僕も【あの方】の確認は一刻を早くしたいのでね、諦めませんよ」



「そうですか」



「ええ」



「【弱い】から無理ですね」



「…何?」



ジャンテは理解出来なかった。知ってはいても理解出来なかった。フィオの言葉はジャンテが今まで言われたことが無い言葉だったのだ。



「お…オレ…いや…私が弱い…弱いか……確かに先程は油断したが…それはハーディス家の侮辱になるぞ……?」



【貴族狩り】…【恩恵】持ちが多い同年代の世襲貴族を相手しても歯が立たない強者である事の証明。それなりのプライドがあるジャンテの口調が強くなる。



私兵団もニコもジャンテから発せられる空気を受け、フィオという存在に気を引き締める。



「ブベツ?…侮蔑…えっ?あっ…ごごご…ごめんなさい…【竜】より【弱い】って意味だったんですが…侮蔑になるんですか!?…ハーディス家の方ですもんね…凄いんですよね…そうとは知らず…うえぇえ【ノー…あの方】の一族に失礼など…私…私…うえ…ぇえ…」



そんな空気を一瞬で破壊するフィオは頭を何度も下げる。遂には泣きそうになっている。



「えっ…あっ…いやオレ…いや私も少し…焦っていたみたいで申し訳ない…」



手を前に出し頭を掻きながら謝罪を口にする。



「うぅ…い…いえ…もう私からは何も…これ以上…失礼があっても申し訳ありませんので…失礼させていただきます!」



そう言って私兵団たちに背を向けると駆け出した。



「!?…えっ!?…あっ、ちょっ…速っ!?」



トーントーントーンと硬い岩の上足場に次々と跳ねて行く、跳ねた後の岩に亀裂が入っているのは気のせいだろうか。


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