第21話 情熱の花
プルー湖東部・アメミット台地
【3年前】の【冥王トーン出現】と共に現れた【屍喰らいの幻獣アメミット】が暴れた高原地帯。
夏が終わりを迎えてもなお広がる緑の草原。丘を降りれば川のせせらぎが聞こえ、秋に始まる冬越え支度のために英気を養っているか寝ている動物がチラホラ見られる。
そんな獲物を狙った狩人か、夢を追う冒険者か、他国からきた調査隊か、野営の設備を点々と存在している。
ダガダガダガダガダガダガと大きな音が鳴り響く
音の発生源は6頭曳きの堅牢な黒塗りの箱馬車が2台とそれを囲む12名の騎兵の馬の足音である。
その仰々しい2台の箱馬車の1台の中
4人の老若男女が腰掛けている。
「ニコ様…あと半日もしないで【獣人族の村】に着きますので、それまでご辛抱を…」
巨躯な暑苦しい【老兵ストーン】が隣りに座る小さい幼女に声をかける。
「爺、私は平気。沢山毛布を敷いてくれてるおかげで、何度か寝てしまうくらいだよ」
そういってポンポンと腰掛けの毛布を叩きながら、【聖女申告】で王都で話題沸騰中の【聖女ニコ】は笑う。
「爺は相変わらず過保護だなぁ、オレ…コホッ…わ…私の時より酷いんじゃないか?」
そう言って苦笑するのはニコと同じく高価そうな服を身に纏い、濃い灰色の髪をした青年。今年、【成人の儀】を終えて婚約者を正式な妻として迎えた。【貴族狩り】【ハーディス家長男ジャンテ】。
「…本当になんで無理して付いてきたんですかね〜おかげで無駄な物資追加して馬車が重ぃ…んだふぉお!!??」
何やら書類と束とにらめっこしていた【ボサ毛タレ目の兵士シベック】は老兵ストーンに叩かれる。
「…無駄とはなんじゃ!…5年に1度の【竜人の集落】へグリス様から代行を引き受けたジャンテ様は初の【訪問】!!それだけでなく、【獣人族の村】でニコ様の【外泊】も含まれているのだ!無駄は無かろう無駄は…!」
「はぁ…いくら忙しいからって…【貴族の大移動】の季節を終えて領地に帰ってきても予定をギチギチと…」
ストーンが怒り、シベックが肩をすくめていると、ニコが申し訳無さそうな顔をしている。
「あっ…ごめんなさいシベックさん…私が今年も【ココ】を見に行きたいって無理言ったから…その…夏が終わるとお出掛けは厳しいって聞いてたから…」
「あっ、いえいえ別に怒ってる訳ではないんです。僕も【獣人族の村】辺りで【子連れ老剣士】の情報を集めたかったし、全てこのお爺さんが悪いだけなんで気にしないんで…すふどぉっ!?」
「…貴様はホント変わらんな!?しつこいぞっ!?」
頭を抑えるシベックに鼻息荒いストーン。それを交互に見てニコは微笑むと
「爺も変わらないよ?」
「フッ…ニコの言う通りだな……ん?」
ニコの発言にジャンテが同意すると、窓の外から騎兵が寄ってくる。
「どうしました?」
シベックは窓を扉内部にある格納部にスライドさせると騎兵に顔を向ける。
「ご歓談中のことかと思いますが失礼致します!【索敵魔法】にて前方に集団が固まった様な反応がありました!先見のため2騎を抜こうと思います!陣形変更の許可を!」
「ん?………分かりました。陣形変更の許可します。」
「ハッ!!!」
何やら変な顔をするシベックの許可を得て、馬車から離れていく騎兵、大声をあげているが他の騎兵に命令を伝えているのだろう。
「なんでしょうかね?王都の【聖女申告】でニコ様に釣られた、問題起こしそうな【勇者一行】を含めた各国の調査隊は減ったハズなんですが…」
シベックは【3年前】のこともあり、今回の【ジャンテの訪問】【ニコの外泊】を慎重に進めてきた。これまでノーミスだった行程が崩されるのは勘に障るのだ。
「【魔物】か【魔獣】とか?オレ…ゴホン…私もハーディス家の一員として1度くらい倒して見たいんだが…シベック駄目か?」
ジャンテはチラチラとシベックを見やる。
「…止めて下さいよ…もしも何かあったら私の首が飛ぶんですから、新婚なんですから無茶はしないでください」
いかにも面倒臭そうな顔で拒否するシベック。
「新婚は関係ないだろ!?…あー…その子供が出来て父親が【魔物】【魔獣】1匹も倒してないっていうのは…」
「いいじゃないですか【貴族狩り】って称号を【成人の儀】の【神信魔法】でちゃんと出てたんですから」
悲しそうな顔をするジャンテを容赦なく切って伏せるシベック。
「いや…そんなん子供からしたら迷惑なんじゃ…?」
「余計なちょっかいは減りそうですよね、友達も出来なさそう…あっ、私の娘には近付かないでくださいね、悪影響なんで。」
「くそぅ…【訪問】で竜に会えないだろうか…それだけでも父親としての威厳が…」
「こっちから【見る】だけならいいですが【会った】ら死にますよ、止めて下さい」
「ホント、オレ…私には容赦ないな、お前…」
ジャンテとシベックは年が離れていても、2人で【ハーディス家の次男】を見ていた兄貴分として仲が良いのである。
ストーンも2人のやり取りは慣れているため主従としては余りいい顔はしないが何も言わない。
「気のせいですよ…っと先見が来ましたね。………なんで笑ってるんですかあの人?」
そういって馬車に顔を向ける。騎兵もシベックに気付いたのか馬車近くまで駆けてくると興奮したような声を上げる。
「団長!!竜人がいました!!自分初めて見ましたよ!?」
「は?」
先見の騎兵からの報告に意味が分からないと声を返すシベック。
「えっ?いや、失礼…ゴホン…この先のキャラバンの商人たちや調査隊に冒険者が【竜人の少女】を囲んで騒いでいるようです!!!」
「「「はぁあアア!?」」」
「えっ?竜人さんがいるの?」
馬車は3人の大声に揺れて、ニコは知識にはある【竜人】という存在に興味を引くのであった。
ーーー
先見からの報告に動揺させられたものの馬車の進行に問題ないとして、ただシベックとストーンは明らかに焦っていた。
何でも【竜人】は【竜神の恩恵】である【竜体魔法】で気温の影響が受けないらしく【服を着ない裸族】に近い存在になっているらしい。
そんな【裸族の竜人少女】を領地の外から来た商人や冒険者に調査隊に晒したらと思うと気が気ではないのだ。
ところが
「………………………【服】……………着てますね」
「……………………………………ふむ。」
口をポカンと開けて呆気に取られて馬車を降り、高原の豊かな緑を踏み締めるシベックとストーン。
周りには馬車の護衛を抜いた私兵団の数人とニコとジャンテもいる。
タタンタンターンタタッタタッタタタッタタッタタタッ♪
大きく平たい岩の上で革靴の足音を鳴らす。赤いスカートが印象的な格好の褐色肌の村娘が軽快にステップを刻んでいる。
ポンポンポポンカッカッポポンポンポンカッカッ♪
分厚い獣皮の張った打楽器が空気を揺らし、時には硬い縁を叩き鋭い音がテンポ良く弾ける。商人の召使いなのか薄着のターバンを巻いた大男も笑顔だ。
ピュールル〜ピュー〜〜ピュールル〜〜ピュー〜〜♪
誰かが暇潰しに持ってきたのか冒険者らしき男と他国の兵士らしき鎧の男が自由気ままに陽気な明るい調子の笛の音を吹いている。調子だけでなく拍子を合わせているのか音は外れてはいないため心地良く耳に入ってくる。
タタンタンターンタタッタタッタタタッタタッタタタッ♪
ポンポンポポンカッカッポポンポンポンカッカ♪
ピュールル〜ピュー〜〜ピュールル〜〜ピュー〜〜♪
陽気な音楽に吊られてのか精霊の魔力の光がチラチラと呼ばれてもいないのに地面から涌き上がり発光している。
集まった人は20人くらいだろうか、肩を組んで足を上げ踊ったり、恥ずかしい者は立ちながら手拍子だけの参加だ。
タタタタタタンッタタンッタタタッタタッタタタッタン♪
ポポポポンカカッポポポンカカッカカカッポポポンカッ♪
ピュラッピュッピュルルッピュラッピュッピピピュラッ♪
曲調が荒々しくテンポが速くなると盛り上がり、熱も上がる。
「わぁああああ!凄い…!」
目の前の熱に吊られて、顔を上気させたニコは感嘆の声を上げる。
「ああ…この尊大な景色で見ると祭りというより儀式のような神々しさがあるな…」
ジャンテは集団の後ろにある青い山々を眺めながら呟いた。
しばらく続いた情熱的な音と空間はピークに達した。そこで中心の褐色村娘が高めの跳躍をすると合わせて周りの音が延びる。
ター〜〜ンタタンッ!
ポーーーー〜ンカッ!
ピーーー〜ピュラッ!
そして着地。同時にキッチリと音をシメた。シンッとした一瞬静寂。そして
「「「「「……ぅ…ぅううぉぉぉあおおおおおおおお!!!」」」」」」
怒号のような歓声を上げるだった。演奏に盛り上がって皆全員が息を荒く疲れきっていたが、一体感と達成感の感動で盛り上がっている。
中心にいた。白い髪と赤いスカートの褐色村娘は岩場の近くに置いていた【白い木のような棒】と【角笛】を腰の帯に差すと熱苦しい周りを見渡す。
グルリと見回した後、スカートの裾を両手で摘みお辞儀をする。
「お粗末様でした。ではこれにて。」
【汗ひとつかかず】アッサリと爽やかに立ち去ろうとした。
「「「「「…えっ?…ぅ…ぅえっええええええええええええええええええええ!!!!」」」」」」
再び上がるのは悲鳴。褐色少女に慌てて駆け寄り出す。
「ハァ…ハァ…ちょっ!?君は名前は??調査隊として是非!?」
「ハァ…ハッ…ゲホゲホ…おいおいおい!せめてメシだけでも一緒に!?」
「ゼェ…ハッ……是非、私の商会の看板娘…!ハァ…ハァ…いやいや養子としての!」
「ゲホゲホ…ふざけんな!テメーの…ゼェ…ボロいところ行くよりウチの息子の嫁にどうです!?」
一斉に村娘ニコは群がる有象無象。先程の盛り上がりの疲れで力を何とか振り絞って主役の褐色村娘を止める。
「あわわわぁ…ぅうーん……こ…困りましたね…あら?」
ザッザッザッザッと集団が歩いてくる音がする。
そして商人、冒険者、調査隊が揃って音の方向を見ると、これまた揃って顔を青くした。
「「「「「…ハッ…ハーディス家だあぁああ!!!!」」」」」」
歩いてきたのは黒い革鎧に赤いマントを携えた集団。
その先頭のボサ毛頭が声を張り上げる。
「この少女は我らの客人です!これ以上の接触は我らのハーディス辺境伯爵の意思の元、ご遠慮して頂きたい!異議のない者は各自拠点にお戻り下さい!!」
シベックは伝達事項を一気に伝える、私兵団全員で威圧する。
その威圧を受けた、商人と調査隊は一目散に、冒険者はため息を吐きながら名残惜しそうに、その場を後にした。
「あっ…マズい…」
シベックは後からしまったと思った。威圧で竜人の少女が逃げてしまうのでは、怖がられてしまうのではと。
「…」
竜人の少女はニコニコとこちらを見ていた。その反応にシベックは安堵に加えて、背中に冷や汗をかくほどの恐怖を持った。
(ウチの私兵団以上の実力者を見たことがある…ってことか?)
シベックの内心など知らず、褐色の竜人少女は近づいてくる。そしてシベック、ニコ、ジャンテ、ストーンを含む私兵団全員が息を飲む。
まずは遠くからでも印象的な赤いスカートが艶やかな光を放つ。見ただけで眼が焼けそうな美しい赤である。
スカートの赤に負けないような白い髪には料理する女性が使うような三角巾状の黒い頭巾を被り、その上から赤い宝石の装飾が施されている。そのおかげか耳後ろに延びる特徴的な【竜人の角】が飾りにすら見えてくる。
そして褐色の肌。白いシャツと黒いベストと来ていて、そこまで目立ってはいない。
初見ならは祭りでお洒落した褐色の村娘という印象。
しかし、先程の私兵団すら息を飲む、あの情熱的な空間で息ひとつ乱さないどころか、汗ひとつかいていない少女に、同じ【人】として別次元の【知らない怖さ】を彼女は持っていた。
竜人の少女は高原の緑の大地をサクサクと踏みしめて、私兵団一同の前まで来ると立ち止まり、頭を下げ膝をついた。
ギョッと眼を見開く一同。竜人の少女は口を開く。
「恐れいります。ハーディス辺境伯爵様の関係者の方々と存じ上げます。私、フィオルデペスコがこの度はお見苦しいところをお見せし、尚且つあなた方様のお力添えで仲介していただいたこと感謝に絶えません。」
そう言って頭を更に下げる。
「いやいや!だっ…大丈夫ですよ!え…とフィオル…デペスコ様?顔をお上げください!これはハーディス家と竜人族の関係としては当然の行い、お礼も謝罪を入れません!!」
慌てるシベックは必死で取り繕う。そんなシベックの様子に顔を上げ立ち上がる。身長ニコよりは大きいがまだまだ低い部類に入る大きさである。
「フィオでいいですよ。親しくても親しく無くても皆そう呼びます。」
「そうですか。ご丁寧にありがとうございます。私はシベック=ディアーナ、今回ハーディス家の護衛の責任者をしております。こちらにおわすお方がハーディス辺境伯爵家のご子息、ご長男であるジャンテ=ロッソ=ハーディス様にご息女であるグリジオカルニコ=ロッソ=ハーディス様です。」
ストーンが何か言いたそうだか、呼ぶ必要はないので放っておくシベック。
シベックに呼ばれ前に出る。ジャンテとニコ。ジャンテは胸に手を当て軽く頭を下げる。ニコは両手でドレスの裾を摘み上げ頭を深く下げた。
「初めまして、ジャンテ=ロッソ=ハーディスだ。宜しく。」
「初めましてグリジオカルニコ=ロッソ=ハーディスです。竜人族の方々のお話はかねがね…お会いできて光栄です。」
「あっ…えーと…改めまして、フィオルデペスコと申します。ジャンテ様にシベック様…えーと…グリ…ジ…ジオカルニコ様ですね?合ってるでしょうか?」
申し訳なさそうにニコに伺うフィオ、先程の熱気の中心人物が目と鼻の先にいて萎縮してしまうニコ。
「えっ…あっ…は…はい!」
「はははは、グリジオカルニコ様にはフィオ様と同じくニコ様という名でハーディス家一同呼んでおります。宜しければフィオ様もそのように呼んでいただければ喜ばれるでしょう。」
すかさず助け舟をニコに出すシベック。
「そうですか!…では失礼でなければニコ様と呼ばさせていただきますね。ニコ様?」
「あっ…こちらこそフィオ様とお呼びさせていだだきます…」
「フフ…ええ、どうぞニコ様」
「はっ…はいぃ…」
シベックはフィオに圧倒されてしまっているニコに苦笑しつつ本題に切り込む。
「それにしてもフィオ様?【竜人の集落】に出て来られてココで何をされているのです?」
「ココでは特に何も…えー…と【獣人族の村】?でしたっけ?そこには【警告】を」
「!…警告…ですか?」
何やら不穏なワードに眉をしかめるシベック。
「はい、今は【奥地】に行くと【竜の機嫌が悪い】ので危険ですから入らないように…と」
「!…それは「何だって!?」…」
フィオの発言にシベックが詳細を求めようとしてジャンテが慌てたように被せてくる。
「困るぞ!それは確かな情報なのか!?」
食い気味に問い詰めてくるジャンテに驚くフィオ。
「えっ?…あっ…あの」
「「ジャンテ様!」」「ジャンテ兄様!?」
「!?…なんだお前た…!?」
自分の名を叫ぶ一同に振り向こうとして
トンと
「あっ」
ジャンテの首が飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます