素敵な旅立ち

ガドルフ

白いフワフワ

「何を読んでいるのです?」

「んー? 図鑑だよ。以前天敵だったカラカルやハイエナの生態を知っておこうと思ってねー」

「仕返しでもするのですか?」

「まさか。興味本位だよ」

「ふぅん。まあいいのです。われわれは外出してくるので、読み終えたら元の位置に戻しておくのですよ」

「はいよー」

 そう言い残し博士と助手が飛び去る姿を見届けてから、フェネックは再び図鑑に視線を落とす。

 この頃フェネックは毎日のように図書館に通っている。日陰の下、大きく壁が崩れた図書館に吹き込む涼しい風に大きな耳を撫でられながら本を読む時間が気に入っていた。図書館を貫く巨木に射し込む木漏れ日にフェネックの金と白の髪が照らされる。

 眼下には熱心にペンギン関連の書物を読みあさる白黒の上着を着たお下げのペンギンのフレンズ……とその姿を窓から見守る、もっとも窓に登るには壁を登るしかないはずなのだが、窓にもう一人息の荒い猫のフレンズがいる。フェネックはたまたま文字に関心を抱き、長い時間をかけて文字が読めるようになったが文字が読めるフレンズは少ない。そのため図書館に訪れる他のフレンズも自然と覚えていた。

(二人共、よくやるよねえ)

 話したことは無い。が、フェネックは内心そのペンギンに憧憬を抱いていた。

 というのもフェネックにとっては読書も単なる暇つぶしであり、ここの本を読み終えたらすることが無くなってしまう。ジャパリまんがあるので生きてはいけるものの、フェネックにはあのペンギン……とそれを追いかけるあの猫のように熱心になれる事も目標とする事も無かった。退屈しのぎにじゃんぐるちほーを訪れた時泳いで川の橋渡しをするフレンズも見かけたが、フェネックは積極的に他の人のために尽力する動機も、声をかける勇気も無い。

 それが辛い。自分は今の姿になってからなぜこれほど考えられるようになったのか、なぜそのために今まで共に活動していた他のフェネックと接することができなくなったのか、そして今身に付けている考える力を何故活かせないのか、そのことばかり考えていた。

「そろそろかな」

 だがそんなフェネックにも今唯一と言っていい遊びがあった。本を棚に戻して頑張ってね、とペンギンの背中に視線で語りかけてから図書館を後にする。

 ジャパリパークの南東に綺麗に削られた石の床と、触ると冷たい極彩色の硬い物質、鉄というらしい、で出来たエリアがある。そこにある機械とジャパリまん生産工場からくすねてきた飴玉を使って白い綿菓子を作るのだ。

 木も土も無いために誰もいない場所。その機械の豪快な音を聞きながらフェネックは木の棒に綿菓子を巻きつける。食べるのは自分ではない。フェネックはそのまま極力綿菓子が悪くならないように、他のフレンズに見つからないようにこはんまで駆ける。

 こはんに着いたフェネックは通い慣れた水たまりまで行き、見慣れた姿を探す。

「みっけ」

 茶褐色の毛並みを持つ小動物と言うには大きな身体。縞模様の尾。アライグマだ。

「ほら、持ってきたよー」

 木の棒から綿菓子をちぎってアライグマに渡すと、アライグマは嬉しそうに受け取り、早速水の中に入れ、水に溶けて無くなった綿菓子を必死に探し始めた。クルルルルという鳴き声を聴いてフェネックは口角を上げる。

「あはは、またやってしまったねえ」

 意地悪だという自覚はあるのだが、偶然通りがかりに起こった出来事が面白くてフェネックはそれ以来何度もこうしてアライグマに綿菓子を渡していた。そうして綿菓子が無くなるまで繰り返し、結局自分は食べない。何度もやっているのに学習しないアライグマは賢くないと思うが、学習してこの遊びができなくなるのは嫌だ。だから綿菓子が無くなるとフェネックは決まってアライグマの頭を撫でる。アライグマはまたクルルルと鳴く。図鑑で懐かない事は知っているが、こうしていると仲良くなれた気がした。

「昨日のことなんか覚えずに、明日があるなんて知らずに生きていけたら良いのにねー」

 本音だった。フェネックはフレンズになった自分が嫌いだった。


 翌日未明。砂漠に掘った穴の中で、フェネックは寝ぼけ眼で火山が噴火する轟音を聞いた。

 そのことは朝のジャパリまん配給時にボスの頭のカゴに乗ったジャパリまんを受け取りながらスナネコと話した。

「噴火、すごかったですね。新しいフレンズ、見かけました?」

「いんやあ。さばくちほーじゃないのかもねー」

「セルリアンが出るかもしれませんから気をつけましょうね」

「もちろんだよー」

 そつなく会話するが飽きっぽいスナネコとはあまり会話が弾まない。スナネコと別れてから今日も図書館に行き綿菓子をアライグマに持って行こうと思った。

 が。その日こはんに訪れた時、アライグマではなく見慣れないフレンズがそこにいた。

「あっ!? その白いフワフワ! お前なのだ! いつもいつも意地悪してたのは!」

 その一言でフェネックは全てを察した。じゃあ何故学習しなかったのかと內心思うフェネックにはお構いなしにアライグマのフレンズは詰め寄ってきた。

「謝るのだ!」

「やー、ごめんね。面白かったから、つい」

「分かれば良いのだ。……じゃ、今度こそそれを食べさせて欲しいのだ」

「はいよ。ああ、水で洗っちゃ駄目だよ」

「その位もう分かってるのだ」

 アライグマはむすっとしてフェネックから綿菓子を受け取る。口に運ぶと、アライグマはたちまち尻尾を大きく振って満面の笑みを見せた。

「美味しいのだあ♡」

「あー……ホント?」

「この体になって良かったのだ! こんなに美味しいものが食べられるとは! ありがとうなのだ!」

「どういたしまして」

 アライグマと話しながら、フェネックはこの遊びは終わりだと感じた。次は何をすればいいだろうと考えを巡らせているとアライグマは口いっぱいに綿菓子を頬張りながら言った。

「そう言えばお前は何の動物なのだ?」

「フェネックだよー。さばくちほーから来たんだ」

「さばく? そういう所もあるのか?」

「うん。あっちの方にあるんだよー。私もここはフレンズになってから知ったからお互い様だねー」

「そこに行けばこれも食べられるのか!? 早速行ってみるのだ! 折角この体になったんだから楽しいこと一杯するのだ!」

「あ、ちょっと」

 フェネックは木の棒を持ったまま走るアライグマを呼び止めようとしたが、アライグマは止まる気配が無い。まあいいか、と別な方向から砂漠に帰ろうとした時アライグマが振り返った。

「フェネック? 何してるのだ? アライさんと一緒に来るのだ」

「どうしてさ~? それにアライさんって何?」

「アライさんは……言いやすいからなのだ。それと一人じゃつまんないから来て欲しいのだ」

 フェネックはアライグマの言葉に一瞬詰まった。その後少し考えて、今までとは違う未来の始まりを予感して、フェネックは微笑みながら頷いた。

「分かったよ、アライさーん。これからよろしくね」

「よろしくなのだ!」

 フェネックはアライグマが明らかにさばくちほーとは違う方向に向かっていると気付いたが口にしない。自分の知っている場所に誘導しても面白くないからだ。アライグマはきっと本にも載っていない自分の知らない世界の姿を教えてくれるだろう。そんな気がした。

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