波間‐1/滋春のこと



 深羽子のことで話し合いに来たはずなのに、気がつくと俺は奴の首を絞めていた。


 俺と深羽子はほとんど終わりかけていた。それなのに、こいつが俺から何もかも奪っていくように思えた。俺には深羽子の他に何もなかった。何ひとつだ。今更そんなことに気がついて、俺は狂った。


 奴の死体の傍らで、俺は縛りつけられたように動けないでいた。取っ組み合いの最中にひどい揺れがあったことがあとからぼんやり思い出されたが、何であれ俺はもう終わりだった。


 そのとき、建物が轟音にきしんだかと思うと、黒い濁流が流れ込んできて西田孟洋の部屋を飲み込んだ。俺は玄関ドアから外へ押し流された。


 訳も分からないまま必死の思いで表の階段を上がり、濁流に飲まれそうになって手摺りにしがみついた。この世のこととも思えなかった。


 俺は助かった。奴の死体は海へ引きずり込まれた。そして、深羽子は行方不明になっていた。海岸近くを車で移動中だったらしい。


 俺は毎晩海岸をさ迷い歩いた。その静けさが俺を責め立てるようだった。自分のやったことにどんな意味も見出せなかった。


 深羽子を返せと呪い、西田孟洋の遺体が見つからないことを願った。ときに理屈に合わない嫉妬に悶え苦しんだ。何度となく深羽子の後を追おうと思ったが、できなかった。まもなく、耐え切れなくなって田舎を離れた。


 夜になると俺の眠りは水に満たされる。


 水は黒く濁り、渦を巻いている。俺は呼吸を求めて必死にあえぐ。


 そのとき、水の底からぬっと腕が現われて俺の足を掴む。傷だらけの表皮がふやけて腐乱した腕だ。俺は恐怖に駆られて蹴り払おうとする。しかし、そいつは足首がちぎれるような力で掴んで離さない。俺は暗い底なしの水の中へ引きずり込まれる。


 俺はぐっしょりと汗をかいて目を覚ます。足首にはそいつに掴まれた跡が赤くなって残っている。


 あの日俺がやったことを知る者は、誰もいない。


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