足のうら怪談 全

つくお

お先に失礼

 今西は絶好の覗きポイントを見つけた。


 しかし、そこは例のなんだかいやぁな感じのする場所でもあった。


 幼い頃からの度重なる経験で、今西はそうしたなんだかいやぁな感じのする場所に出くわしたとき、すぐに立ち去るようにしていた。そして、何があろうと二度とそこへは近付かず、どうせ分かってもらえないからと理由を説明することもしなかった。


 このときばかりは男女混合卒業旅行という色っぽい行事のせいで気が弛んでしまっていたにちがいない。うっかり口を滑らせてしまったときにはもう遅かった。ヒッキーもジンちゃんも武井も「行こうぜ行こうぜ」とやたら盛り上がった。


「芳野たち、風呂行ったぞ!」


 偵察から戻った水嶋が興奮を抑えきれない様子で言うと、一座は大きくどよめいた。


 芳野めぐる。プロフィール、Fカップ。


 いかん、我慢できない。それに自分だけが同行しないのもおかしい。今西は浮き足立って進む一行の最後尾についた。


「そこの崖みたいになってるところを上がるんだ」


 露天風呂の垣根の向こうにある杉林の暗闇の中で、今西は声をひそめて言った。


 ヒッキー、水嶋、ジンちゃん、武井の順で、高さおよそ三メートル、角度七十度ほどの急斜面を、岩やむき出しになった木の根をうまく利用してよじ登った。


 いざ自分もと、今西が進み出たそのとき、


「お先に失礼」


 と、脇からすっと男が現れた。


 その瞬間、全身が総毛立って動けなくなった。


 男は今西が立ちすくんでいるうちに斜面を上がって行った。体のどこに力を入れる様子もなくすいすい登るその姿は、とても人間技とは思えなかった。


 今のは……。


 漠たる不安をようやく押さえつけて、今西は恐る恐る高台に上がった。


 友人四人と先ほどの男が、それぞれ木の後ろに身を隠して露天風呂を覗き込んでいた。


「やべぇ、ちょーやべぇ」


 ジンちゃんが誰にともなく言う。


 よく見ると、みんな手を股間にやって小刻みに動かしていた。


 その男でさえ、そうしているではないか。


 友人たちは夢中で、その男に気づきもしなかった。


「そいつ、人間じゃないぞ」


 今西は思ったが、声には出さなかった。


 いや、出せなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る