エイジドボーイ・シンコペーション
ひざのうらはやお/新津意次
プロローグ
「いい加減にしろよ」
明らかに苛ついた表情と口調で、
「あのさあ、あたしにそういう態度とっていいわけ? こう見えても、この学園のPTA役員なんですけど?」
山中と対峙しているのは、胸元の大きく開いた、ごてごてとイミテーションの宝石がピンポイントであしらわれている少し下品なTシャツにデニムのショートパンツを履いた、明らかにPTAの役員とは思えない服装の女だった。目元や首元の皺は年齢を隠しにくいというが、その理論から言えば、彼女の年齢は山中と変わらない三十代後半のはずであるが、実際のところはその若づくりな服装と、やたらに明るい髪色、それも二つ結びにしているという圧倒的なセンスによって本当の年齢は覆い隠されてしまっているようにも見える。
「PTA役員がそんなもん着るか! ババア無理してんじゃねえぞおい」
山中は容赦がない。もともとさほど歯に衣を着せるタイプではないが、やや不機嫌ということもあり口調が挑発的である。
「理事長の愛人に収まったからって調子のんなよデカチンが」
「よくご存じで」
「当たり前だろ」
女は山中にゆっくりと近づき、彼をまっすぐ見上げた。
「そうそう、うちの
背伸びして、その口元が山中の耳元へと動く。
「あんたの子だから」
「嘘つけ!」
山中の背筋がぴん、と張ったのを見て、彼女は相好を崩して笑った。
「嘘かよ……」
「当たり前でしょ、何年前だと思ってんの」
彼女の顔が、不自然に歪んだ。
「ずっと、探してたんだから……」
「あっそ」
その一言で、これから始まるであろう何かを、山中はあっさりと、ろうそくの火を吹き消すように打ち消した。
「え、今ので話終わるとこなのこれ?」
「そうじゃないの?」
「いや、あんたさあ、ほんとなんというか、そんな意地悪だったっけ?」
「俺は元からこうだっただろ」
本当は違ったかもしれないことを意識しながら、山中は肩をすくめる。
「てかさ、かおるさんのこと、まだ追いかけてるんだね」
女はいたずらっぽく、軽薄な笑みを浮かべた。
「まあ、お前はそう思うかもしれない」
ただの偶然にしては、確かに出来すぎていると山中も感じている。そう説明しても、目の前の彼女はそう受け取ってはくれないことを知っている。
「とにかく、これからさ、あたしもちょくちょく遊びにくるから、よろしくね」
けばけばしい女はそう言って、すたすたと踵を返した。
「そういう粘着質なところ、いい加減直さねえとめんどくせえババアになるぞ」
「もうなってる」
「嘘つけ」
「あんたのせい」
「あっそう」
保健室の扉は荒々しく閉められた。
{やまない雨の中で歌った
ささやかな夢を見て}
ピロウズの「ムーンダスト」のサビを口ずさみながら、山中は黒い表紙のダブルリングノートを取り出した。表紙も中身もボロボロだったが、彼にとっては、それが自分が今まで歩いてきた道を示しているような気がしていて、どうしても手放すことが出来なかった。
{ふざけ合ったり
支え合ったり
その全てが真実で}
ノートをめくると、「山中ジロウ」と気障なサインが彼の目に飛び込んできた。読みこそ本名と同じではあるが、久しぶりに目にするこの文字列に、彼は思わず目頭を押さえる。
{初めて見た虹は
僕らだけのモノさ}
得意だったはずの歌が、震えて聞こえているのは、練習をしていないせいだろう。
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