トルマディア教団信仰説話集 『石畳の聖人』

阿井上夫

第一話

 ミッドランド王国の西方、カドニア地方の中核都市であるアルスライムに、トルマディア教団の聖堂がございます。

 この通称『アルスライム大聖堂』は、昔から「癒しの秘跡を与える聖なる場所」としてつとに有名ですが、加えてその前に伸びている石畳の道の美しさでも有名です。

 石畳の道は大聖堂を中心にして東西に伸び、隣接する都市との境界線に至る大規模なもので、直線距離にすると三ゲールにもなります。

 その上、道には大きさこそまちまちですが隙間なく石が埋め込まれていて、その両脇には雨水を流すための溝が丁寧に切られています。

 そして、先例にならわだちが出来ることを避けるために、石畳の上は王侯貴族であっても馬車を降りて、徒歩で進まなくてはなりません。

 中には、さらに先例に倣って裸足はだしになる者すらおります。

 さらに驚くべきことは――この道の整備が、たった一人の男の地道で愚直な行為から始まった、という事実でございます。

 本日は、その男の話をしたいと思います。


 *


 遥か昔のことになりますが、アルスライムの町にペリルという名の道路掃除人がおりました。

 その当時の道路掃除人というのは、身分が低くて他には何の仕事も出来ないような能力の低い者が、強制的に集められて仕方なくやる仕事でありました。

 彼らは、塵芥じんかいや汚物の回収などの過酷な労働を、天候にかかわらず町の道路の上で一日中行ないます。

 そして、それによって得られるのは、生きていくことがぎりぎり出来る分の食糧でしかありません。

 ですから、真面目に仕事に精を出す者なぞ誰もおりませんでした。

 もちろん、道路掃除人の職を失うというのは彼らにとって最悪の事態でありましたから、それを回避するために最小限の労力で仕事をしているように見せかけます。

 それでその日の食糧を得るというのが、彼らの最大の関心事であったのです。

 ところが、ペリルという男は、決して手を抜くことがありませんでした。

 一日中、道路の上を歩行者や馬車に邪魔者扱いされながら這い回るようにして、落ちているものを拾い集めておりました。

 その姿を見て、仲間であるはずの道路掃除人達が率先してあざけります。

「どうしてこんな仕事を真面目にやっているのだろう。貰えるものは変わらないというのに。あいつは頭がおかしいのではないか」

 そんな言葉がペリルの周囲で囁かれていましたが、彼はそれに対して何も言いませんでした。

 教会にやってくる信者を目当てに、道路の両側には商人達が店を構えておりますが、その商人達や教会の司祭達は、最初からペリルがいることを無視しておりました。

 つまり、ペリルは仲間から馬鹿にされ、世間から無視されて、それでも黙々と塵を集めていたわけです。


 さて、アルスライムの教会は「癒しの奇跡を与える場所」でありましたから、周辺の町はもちろん、遥か遠くの町からも、その奇跡の話を聞いた信者達が集まってきます。

「癒し」を求める者ですから、その殆どが病人で、それが足を引きずるようにしながら集まってきます。

 当時の道は石畳が敷かれておらず、馬車の轍が深々と刻み込まれた土の道でした。

 普段からおうとつが多く歩きにくい道なのですが、雨が降ると道のあちらこちらに水たまりが出来て、さらに滑りやすくなります。

 加えて、行きかう馬車がそれを跳ね上げますから、市民は外に出ないようにするほどです。

 しかし、救いを求める者たちには、その道端にいることしかできませんでした。

 当時の教団は「大浄化」前の腐敗した組織でありましたから、寄進が出来るほどの富裕層には宿泊施設を準備しておりましたが、本来救済すべき貧困者には何の手も差し伸べてはおりませんでした。

 貧しい者は道路の脇に座り込み、次第に体力を失って、最後にはむくろと化します。

 これが所謂いわゆる「夜に生まれて朝には躯」という言葉の由来であります。

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