第3話2

 翌日の昼下がりの音楽室。空気の入れ替えの為に開かれた窓から、春の薫りが優しく漂う。というのも音楽室の窓の外に桜の木があるのだ。


 4月に入ってから初めての音楽の授業で、もうすぐ教科の先生が来る。頭の中では昨日の友里奈との会話を思い出していた。美人でシャキッとした藤平先生か、それとも吹奏楽部の顧問になったという新しく来た吉野先生か…。


 午後の授業を知らせるチャイムが鳴り始めると扉が開き、背は高いが華奢な印象の先生が入って来た!


 ざわめく室内にいつもよりワンテンポ遅れて、日直の号令がかかる。


 着席の合図に言われた通りにはするものの、誰もが気もそぞろだ。私もそうだ。…だって音楽の先生って、女性のイメージが強い!まさか男の先生だなんて思わなかったから。


 離れて座っている友里奈を覗き見る。こんなビックニュースを言わないなんて。…と言っても、友里奈の頭は部活のトロンボーンの事と異世界と、今流行りの男性アイドル声優にしか興味が無いのである。彼女にとっては先生の性別なんてどうでも良いことなのだろう。


 そんな事を考えていたら先生が自己紹介をしていた。


「吉野 樹です。よろしく。えっと、初回なので皆の事を知りたいから、名前を呼んだら一言ずつ自己アピールをして下さい。僕への質問も受け付けます。じゃあ、出席番号順でお願いします。1番の人ー。」


 見た目通りの優しい声だった。…でも、どこかで聞いたことがあるような…。


 私は、頭の中では『良かった、出席番号順なら後の方だ。』と思い、心の中では、いつものもどかしい感覚に捕らわれていた。


 窓の外の桜が風に揺れる。花びらが落ちる。


 桜が呼んでいる。…思い出して、待ってるから。ずっと、ずっと待ってるから…、と。胸が締め付けられ、痛くなってくる…。


 はっと気付けば、もうすぐ自分の番だった。


「…えっと、僕はアイドルグループ《HANA》のミキちゃんが好きです。先生は誰が好きですか?」


「先生は《HANA》の中だったらサヤが好きです。」


 男子のふざけた質問に対する先生の返答に教室が沸く。というのもサヤは、グループの中でドジッ子の位置付けで、私達の年齢からは評価が分かれるのだ。

(ミキはリーダーの元気娘で男子からも女子からも人気がある)


 皆が一頻ひとしきり騒ぎ静まると、先生に名前を呼ばれた。「はい。」と答え、立ち上がる。…私は自己紹介が苦手だ。何度やっても緊張してしまう。


「望月 美桜みおです。美術部にしょぞ、く…。」


 先生と目が合う…。茶色がかった、透き通った印象の瞳。…この目を見た事がある。それは何処だったのだろう。吸い込まれそうな錯覚が起きる。


 黙ってしまった私の周りが、次第に騒がしくなってくる。が、意識が遠くなり、何処かで何かが倒れる音と友里奈の「美桜っ!」という叫び声が聞こえた…。

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