姫と魔女

まいたけ

第1話

昨日、久しぶりに嬉しいことがあった。

なので最近読書にハマっているわたしは、勢いに任せてそのことを書いていこうと思います。


・・・


わたしはいわゆる、どちらでもいける女である。

正確に言うとバイ寄りのレズ?になるのかもしれないが、とにかく好きな人なら性別を問わず関係を結びたい女である。

一口にレズと言っても大きく分けて2つの種類がある。

それはかなり雑に言えば、女として女を好きなタイプと、男として女を好きなタイプである。

女として女を好きなタイプはまさに、硬いものよりも柔らかいものが好き、メタルカラーよりもパステルカラーが好き、ギラギラしたものよりもキラキラしたものが好きなザ・女の子といった趣向に寄る人たちで、好きなものがそうだから必然的に男性よりも女性を好んでいるタイプである。

(または、本当は男女のラブロマンスに憧れてはいるのだけど、どうしても生理的に体毛や筋肉を受け付けない、といったタイプもいる。)

そして男として女を好きなタイプというのは、もうその言葉通りに男として女に恋する人たちである。

魔法少女よりは戦隊ヒーロー、お花を摘んで花飾りを作るよりはお花を踏み荒らしてサッカー。女の子のかがんだ胸元には否応なくドキドキして、先に階段を登る女の子の短いスカートには悶々として理性と闘う。

そんな感じが、男として女を好きなタイプである。

そしてわたしは後者、男として女を好きなタイプである。

(だから正確には男の気持ちはわからないが、少なくともわたしはそうだということです)

思えば昔から女の子と話すのには緊張して、男子としょうもない話をしてるのが好きだった。

だけどそんな男子たちがわたしの膨らんできた胸を見るようになって、それに寂しい距離を感じて少しヘコんだ時期もあった。

けれどそれもまあ、気持ちがわからないわけじゃないからこそ、しょうがないと開き直ったこともあった。

すると、女を食うレズは男の敵だ!と言われて本気で泣きそうになったこともあった。(わたしが一体いつ友達の女に手を出したことがあっただろうか。その辺りの感覚は男女問わず同じなのに。泣)

だけど今では、それでも好きなものは変えられないから、街中で可愛い子を見つけたらその子の顔や身体を脳裏に焼き付けて自宅に帰り、夜な夜な一人でモゾモゾする日々を送っている。

そんなわたしの、昨晩の出来事である。


・・・


昨日は久しぶりの休みだったので前日から夜通しお酒を飲んで、昼過ぎに起床した。

ぼーっとする頭を抱えてダルい身体を引きずり、酒臭い口をとりあえず歯磨きして、常備しているしじみ汁を作ってワイドショーを見ながらそれをすすった。

しかし久しぶりの休みだからといって特にやることもない。

わたしは日頃、駅近のラーメン屋に勤務しているのだが春先のバイト卒業で連勤が続き休日の予定など立てる気すら起こらず、そうでなくても元々積極的に遊びの予定を立てるタイプでもないので、こんな突然の休日を与えられてもすぐにやることなんて思いつかないのだ。

けれどせっかくの休みに何もしないのはもったいない。

だからわたしはとりあえず外出するためスキニージーンズに白のロンTを身につけ、モッズコートを羽織って財布と携帯片手に春風を浴びたのであった。

5時過ぎにいつものミックスバーに顔を出すと、代わり映えしない顔がこちらを見るなり、鼻で笑ってわたしを出迎えた。

「なにお前、また来たの」

「何その言い方。もっと歓迎すれば」

市内の歓楽街の雑居ビルの一室に構えるこのミックスバーは、ストレートではない者たちの受け皿の一つである。

だから連日ひっそりと賑わっているのだが、さすがに開店早々見渡す店内はわたし以外誰もいなかった。

カウンターに腰掛けてコートを脱ぐなりわたしは言った。

「とりあえずビール!」

「待てよ。まだサーバー開けてねーよ」

「じゃあ早く開けてよ」

「今開けてるわ」

そこの雇われ店長をしているケンちゃんはゴリゴリのゲイである。

元々某一流企業に新卒で入ったエリート商社マンだったのだが脱サラして、今は雇われ店長としてゴリゴリ売上を伸ばしている。

「お前さ、休みの日に相手してくれるやつぐらいいねーの?」

「いないからここ来てんでしょうが。ケンちゃんこそさっさと新しい恋人作れば?」

そんなケンちゃんは最近、4年間連れ添った恋人と別れたばかりだ。

「いやいや。しばらくもうそういうのはいいわ」

「ありゃー可哀想に。泣きたい時はいつでもわたしの胸貸してあげるからね」

ははは、と笑ったケンちゃんはわたしにビールを出してくれて言った。

「いやいらんわ、そんなデカい胸」

「なんでよ。わたしのパイズリ結構人気あるんだけど」

「そりゃ良かったな。…え、てかお前、下着は」

ケンちゃんがわたしの白Tシャツの胸を見ながら言った。

仕事の時はともかくとして、あんなわずらわしい拘束具をなるべく着けていたくない。

だから冬場は、コートを着ればノーブラで外出などしょっちゅうのことである。

「だって今日ここ以外、行く予定ないし」

「はあ、何かもう。…垂れるぞ」

「いいよ、垂れれば」

ダラダラとどうでもいい話をしていると徐々に店内にお客さんが入り始めた。

そのいずれもが珍しく団体さんだったので、わたしはボックス席の賑わいを聞きながらぼんやりとカウンターでお通しのミックスナッツを摘んだ。

そうして時が経ち、3杯目のビールのグラスが空いたくらいの頃だった。

カランカランとドアベルが鳴ると、開いた扉の向こうに一人の女が立っていた。

「お。久しぶり」

そう言ったケンちゃんが中に入るよう促すとその女はおずおずとして扉を閉め、緊張してます、といった動作でわたしの3個隣のスツールに腰掛けた。

その女はケンちゃんに言った。

「覚えててくれたんですか?」

「当たり前やろ。良い男と可愛い女は忘れんもんよ。何飲む?」

可愛い女、と聞いてしれっとその姿を盗み見ると確かに可愛い感じの女だった。

栗色ふわふわの髪の毛を肩の辺りでゆるりと巻いて、爪は綺麗に手入れされ、小花柄のワンピースはいかにもSNS映えしそうである。

「あ。じゃあ…カルアミルクで」

おまけにカルアミルクときた。

おい、そこの女。本当にカルアミルクが飲みたいのか?ここは大学のコンパじゃないんだぞ?

出されたカルアミルクを美味しそうに口にした女はケンちゃんと楽しげに喋っていた。

耳に入った話によると、その女はこの店に来たのが2回目で、歳はわたしと同じ21歳のようだ。

「あ、そっか、ももちゃんってまだ21だったんやな。…。それならゆうと同い年やん」

そう言うなりケンちゃんはわたしの方を振り向いた。

するとその女もこちらを向いたが、わたしはケンちゃんから目を離さずに話した。

「ん?わたし?」

「そうだろ。ゆうも21だっただろ?確か」

「ああ。まあ、うん」

そろそろその女の方を向かないと不自然な感じになってきたので、わたしは少し緊張しながらその女の方を向いた。

すると、とびきり可愛い女と目が合ったので、わたしは思わずしばし眺めてしまった。

髪色と同じく染められた眉毛の下の瞳はパッチリと大きく、ほんのりと紅いチークの肌は白くきめ細やかだった。

ぷるん、と音がしそうなほどくちびるはぷっくりとして、小さなお耳から下がるピアスには揺れるたび目を惹かれたが、それよりも釘付けになってしまったのは鎖骨の下で盛り上がる大きな胸のふくらみだった。

せっかく可愛いワンピースを着ているのにその切り返しが追いついていないのか、可愛らしいスクエアカットの胸元が何だかいやらしい感じに変貌してしまっている。

ハッとして視線を上げると女の瞳と目が合った。

なのですぐさま目を逸らし、やんわりとした罪悪感を覚えながら空のグラスに口をつけた。

そして恐る恐る女の方を向き直すと、その女はまだわたしの方を見ていた。

何だか居心地が悪くなってしまったので思い切って「なに?」と聞いてみると、女はハッとしたようなくちびるの形をして、ごまかすようにえへへ、と笑った。

ケンちゃんがその女に話しかけた。

「なに。キミ、ああいうのがタイプなの?」

口元を緩めた女は「いや、まあ」と言うといかにもときめいてます、といった表情を隠さずに髪の毛を耳にかけながら口を開いた。

「綺麗な人ですよね」

瞬時に胸の奥がキュンとときめいた。

それは『綺麗』と言われたことにではない。

単純に、可愛い女に好意を持たれたからだ。

動揺を隠そうとして、わたしはケンちゃんに「ビール!」とグラスを突き出した。

するとケンちゃんは鼻で笑ってビールを注ぎ、新しいグラスを女の隣の席に置いて言った。

「めったにない出会いなんだから大切にしとけよ」

口の端で笑うケンちゃんを睨みながらその女の方に目を移すと、その女は席に置いてあったバッグをしれっと退けて反対側の席に移した。

照れ隠しに大きな鼻息を吐いたわたしは、覚悟を決めてスツールを立った。

するとシャツの中で胸のふくらみがぶるんと揺れて、こんなことならブラジャーくらい着けてくるべきだった、とわたしはささやかに後悔した。


・・・


カウンターのお隣同士で話をしていると、その女こと桃子ちゃんの色々なことを知った。

わたしを見る目や服装から何となく想像はついていたが、やはりこの子は女として女を好きなタイプのようだった。

本人曰く、そのきっかけは高校時代を過ごした女子校で初めてできた恋人が女の子だったから。

そして高校卒業後、入学した県内の某私大にて何人かの男の子と付き合っていたことがあったらしいのだが、その男の子たちといくら身体を重ねても気持ち良くも心地良くもなれなかった。

だから初体験の時のことを思い出して、やっぱり自分は女の子相手じゃないとダメな人なんだ、と思い、新学期が始まることを機にこのお店に通うようになった、とのことだ。

「最後の方なんて彼氏とキスするのすらキツくなってきちゃって。はあ、だからもうわたしほんとダメなんだよね、色々」

「ははは、そうなんだ。…元々、毛とか筋肉とかもちょっとイヤだと思ってたん?」

「いや。それは別に、そんな気にならなかった。そりゃヒゲはヒゲでも不潔なヒゲとかはイヤだけど」

本人は自分が本当はレズなんじゃないかと悩んでるみたいだけど、個人的には多分そうじゃないと思った。

この子はきっとイケメンな王子様に恋したい女の子の中の女の子なのだ。

なのに今まで出会ってきた男たちが偶然全員、野蛮な狩人だったために男という生き物自体が怖くなっているだけなのだ。

通ってた学校が女子校で初体験が同性だったから、という理由付けに信憑性を感じてるみたいだけど、この店に同じ理由で足を踏み入れ、結局違うことがわかって去っていった人たちなんてごまんといる。

自分が異性愛か同性愛を選べる状態になって、あえて同性愛を選ぶ人なんてほとんどいない。

だからこの子もきっといずれはここに来なくなる。

ならばせめてこの子に優しい彼氏ができるまでの間だけ、わたしがおこぼれを預かったっていいじゃないか。

こんなに可愛い子が道に迷っている少しの間だけ、わたしの側で休ませてあげたっていいじゃないか。

わたしだって可愛い女の子を抱きたい。

そしてそんな可愛い子がわたしに好意を持ってくれてるなら、それを自ら逃す理由なんてないじゃないか。

この子がイケメンの王子様に出会うまで、わたしがその代わりでいいから務めてあげたっていいじゃないか。

わたしはカウンターに片肘をついて桃子の顔をジッと見つめた。

するとその視線に気付いた桃子は、口元ではにかむなり「どしたの?急に」と口ごもってカルアミルクを一口飲んだ。

わたしはカウンターの上に左手を差し出して、桃子に瞳で促した。

すると桃子は少し照れるも、その左手を繋いでくれた。

わたしは桃子の右手をやんわり引き寄せて耳元でささやいた。

「ねえ」

すると桃子もわたしの耳元でささやき返してくれた。

「ふふっ、なに?」

「二人きりになれるとこ、行こうよ」

ふふっ、と笑って桃子は続けた。

「急に積極的だね」

「可愛くて優しそうな子だけにはね」

鼻息をついた桃子は少し黙って、それから口を開いた。

「…私でいいの?」

ふん、と笑ってわたしは応えた。

「ももちゃんがいいの」

うつむいた桃子は少し黙った。

けれど顔を上げてわたしの方を振り向いた時には、その切なげな瞳はすでにわたしのくちびるにしか注がれていなかった。


・・・


豆電球のオレンジだけが滲んだ室内で、ソファに並んだ桃子とわたしは、お互いのくちびるをゆっくり、ゆっくりと触れ合わせていた。

いきなり舌なんて入れない。いきなり胸なんて揉まない。

触れるのは手のひらと、髪の毛と、くちびるだけで充分である。

時間も忘れるほどそんな触れ合いに没頭していると、だんだんと感覚が鋭敏になってくる。

耳に聞こえるのは桃子の息遣いだけで、肌に感じるのは桃子の体温だけで、鼻に香るのはファンデーションとシャンプーと、桃子の匂いだけである。

ふと、桃子の吐息が震えたので、わたしは繋いだ手のひらを握ってくちびるを離した。

すると豆電球に滲んだ桃子のくちびるがそっと笑ってわたしに話しかけた。

「優しいんだね」

わたしは右手で桃子のふわふわな髪の毛を撫でながら応えた。

「当たり前だよ」

桃子は再び吐息を震わせ、わたしのおでこにおでこを預けた。

するとポタリと、わたしのスキニーに雫が一つ落ちた。

ゆっくりと柔らかな髪の毛を撫で続けていると、ズッと鼻をすすった桃子が取り繕うように笑っておでこを離した。

「ごめん、なんか」

「泣かなくてもいいのに」

「だって、なんか」

桃子の右手に触れたまま、わたしは桃子が泣き止むのを待った。

「…今日はやめとく?」

わたしがそう聞くと桃子は手の甲を目元に当てながら、ぶんぶんと首を横に振った。

「したいの?」

桃子は繋いだ右手に力を入れて、うつむいた首を縦に振った。

「…エッチな気分に、なってるの?」

桃子はわたしの左手の形を探るように指を動かしながら、小さく首を縦に振った。

「どのくらい?」

髪を撫でていた右手で桃子の左耳に触れながら、わたしは桃子にくちびるを近付け、そのくちびるを薄く開いた。

すると桃子にその意図が伝わったようで、桃子はわたしのくちびるの内側を舌先でチロリと舐めてきた。

「…それだけ?」

わたしが聞くと、桃子は少しずつ吐息を深めながらもう一度チロリとわたしのくちびるの内側を舐めた。

「…なーんだ」

残念そうにそう言うと桃子の吐息が徐々に短く荒くなり、突然、わたしの肩を掴んだと思うと強引に入れた舌先でわたしの中をかき回し始めた。

自分からはあまりし慣れていないのかその舌先はあまりにも不器用だったが、愛しいほどに気持ちは伝わってきた。

くちびるを離したわたしは、呼吸を荒げる桃子に言った。

「そんなに興奮してたの?」

また泣き出しそうに潤った桃子の瞳がわたしを見つめた。

「じゃあ一緒だね」

そう言ってわたしは、繋いだ桃子の左手をやんわりとソファの背もたれに押し付け右膝をソファに乗せて、上から浴びせるようにして桃子に欲情を伝えた。


・・・


火のついた桃子は思っていた以上に貪欲で、いやらしくて、甘えん坊な女の子だった。

わたしがそろそろキスはいいかな、と思ってくちびるを離してもフルフルと首を振って何回もくちびるを求めた。

けれどもうそろそろ次の段階に行きたいと思ったわたしがしばらくくちびるをあげないでいると、桃子は潤んだ瞳でわたしを見上げ、だらしなく開いたくちびるから舌先を覗かせてもっともっととわたしのくちびるをねだった。

今までそんなに欲望を抑圧して生きてきたのだろうか。

それとも桃子が求めるほどに充分キスをしてあげた男が今までいなかったのだろうか。

それとも桃子はこうして懇願しながらエッチをするのが好きな子なのだろうか。

わたしは少し探るつもりで桃子を見下ろし聞いてみた。

「なに。もっと欲しいの」

聞くなり桃子はとろけた瞳でうなずいた。

「そんなに気持ちいことが好きなの」

聞くなり桃子は嬉しそうにうなずいた。

「そんなにエッチな子だったの」

聞くなり桃子はぶるりと身体を震わせて、わたしに欲望を預けていいのかどうか迷うようにわたしの瞳に聞いてきた。

そんな桃子に愛しさを感じたわたしは、その気持ちを瞳に込めて桃子を見た。

すると桃子は安心したように微笑んで、消えそうな声で「はい」とうなずいた。

わたしも思わず微笑んで言った。

「悪い子だね」

すると桃子は吐息を震わせて嬉しそうに応えた。

「…ごめんなさい」

その顔に嗜虐心を引っ張り出されたわたしは、思わずくちびるを押し付けてその中を乱暴なほどにかき回した。

すると桃子は吐息に混じる喘ぎを隠さず、もっといじめられるように淫猥な嬌声でわたしを誘った。

口内を蹂躙しながら背中に回した両手でワンピースのチャックを下ろした。

桃子がそれに合わせて身体をくねらせ両腕を抜くと、疲れ果てたようにストンと落ちたワンピースの中から、溢れ出るような肉の塊が姿を現した。

否、溢れ出るようにではなく、実際に溢れ出ていた。

せっかく可愛いシフォンのブラジャーをギチギチと虐げるように、カップから段になって盛り上がったふくらみが溢れ出ていたのだ。

思わずその谷間に吸い込まれるように肉塊を見つめていると、視界の上端で桃子のくちびるが恥ずかしそうに笑って、ムチムチとして細い両腕が、その谷間をより深く強調させた。

わたしは呟いた。

「おっきいね」

桃子は、へへへ、と笑って応えた。

「ゆうちゃんのだっておっきいじゃん」

確かにわたしのも無駄にデカいが、ここまで大きくなどはない。

それに、わたしの胸はいらない『脂肪』だが、桃子の胸は間違いなく『おっぱい』だった。

「…胸、キツそうじゃん」

「うん。そうだけど…この下着にわたしのサイズなかったから」

日頃下着などに頓着しないわたしにとってそんなことで優先順位を決める桃子の感覚がいかにも女の子みたいで、否応なく興奮している自分に気付いた。

「可愛いよ」

「…えへへ。ありがと」

「似合ってる。ももちゃんっぽい」

鼻息をついた桃子はちょっと悲しそうな顔になって言った。

「もうちょっと小さかったら良かったのに」

桃子はそう言いながら目を落とし、何度も両腕を締めて谷間を深めた。

黙ってその様子を眺めていると、顔を上げた桃子と目が合ったのでわたしは興奮を隠しながら尋ねた。

「…見ていい?」

桃子は照れ隠しするように小さく鼻息をついたのち応えた。

「いいよ」

わたしは自分の鼓動を聞きながら桃子の背中に両手を回した。

そして薄く肉付いた背中に食い込む幅広の布地から3つのホックを外すやいなや、その布地は息を吹き返すようにすぐさま離れた。

鼓動を耳にしながら上体を戻していくと、ふと、桃子の髪から甘いシャンプーの香りがした。

なので興奮の隙間に愛しさを思い出したわたしは、桃子の顔とすれ違う時、そのくちびるに一つくちづけをした。

すると嬉しそうにはにかんだ桃子は、離れていくわたしのくちびるを追いかけてお返しのキスを一つくれた。

やんわりとそれを隠す細腕に両手で触れたわたしがその手首を離すと、そこにはまったく想像と違っていた光景があった。

ふんわりと可愛らしい桃子のおっぱいは、実はいやらしい肉の塊だった。

その圧倒的な質量を持ってわたしを威圧するその塊はパンパンに張り詰め、その肌の表面に豆電球の光をテラテラと反射している。

その大きさは明らかに桃子の顔よりも大きく、なのにその張り詰めた肌が必死で重力に抗って質量を引っ張り上げている。

そして何よりいやらしいのは、そのてっぺんに鎮座する乳首の形だった。

わたしのイメージでは、桃子みたいにふんわりとした色の乳輪がふくらみに引っ張られてその境界を失っているものだと思っていたのだが、まるで違う。

大きなふくらみの上からふてぶてしいほどにぽっこりと一段盛り上がった乳輪は、下着を着けている時はふわふわとした『おっぱい』だったものを、一気に動物的な『乳』に変貌させている。

昔、子供だった頃、銭湯の洗い場であまりにも生々しい『乳』をしているおばさまを見た時、正直気持ち悪いと思ってしまった記憶がある。

しかし目の前にある桃子の胸は、まさにそんな生々しさを持った野性的な『乳』なのに、わたしはどうしてか、たまらないほどの劣情が全身を駆け巡っていくのを感じた。

わたしはそんな感情を隠したくて、思わず嘘をついてしまった。

「綺麗…」

すると桃子はふん、と苦笑いをして言った。

「綺麗ではないよね。…何か変な形してるよね、わたしのって」

嘘をついたことを早速後悔した。

だからわたしは全ての脳味噌をフル稼動して、自分の本音を探り出して、言った。

「好き」

「え?」

「わたしこのおっぱい、好き」

それは間違いない本心だった。

けれど桃子はその真意を探るようにわたしの表情を検討し始めた。

なので、わずらわしくなったわたしは桃子の両手を握って瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

「わたし、ももちゃんのおっぱいが、好き」

じっと見つめ合った。

改めて書くと何を言ったんだわたしは、と思ってちょっと笑ってしまったが、とにかくわたしは本心を伝えた。

すると少しして、桃子はわたしから目を逸らして呟いた。

「…私ね」

「…?」

「今、すっごく恥ずかしいよ」

「…」

「胸見られてこんなに恥ずかしいと思ったことって、今までなかったよ」

「…」

「…ゆうちゃんってバカだよ」

桃子は悲しそうな困ったような表情をして顔を背けていた。

けれど、わたしに繋がれた両手だけはずっと握っていてくれた。

「ねえ!」

突然、呼びかけられて、わたしは驚いた。

「なに?」

「ゆうちゃんのも見せてよ」

「…ああ。わたしの?」

「見せて、見ーせーて。私ばっかりズルいじゃん」

そう言って桃子は、繋いだ両手をぶんぶん降った。

すると腕の内側で桃子のおっぱいはぶるんぶるんと揺れた。

「わたしの見たって仕方ないと思うけど」

「なーんーで!見ーせーて!」

こういう状況で相手に自分の胸を見せることにはちょっと抵抗があった。

けれど桃子なら大丈夫かな、と期待したわたしは、少しためらいながらもロンTの裾に手をかけた。

すると桃子はその手を退けて、わたしにバンザイするように促した。

わたしは何だか小っ恥ずかしい気持ちになりながら、桃子に服を脱がせてもらった。


・・・


「ねえ」

可愛い桃子の初めて聞く低い声にわたしは怯えながら返事をした。

「…なに?」

「さっき私の胸見て『綺麗』って言ったよね」

「…うん」

冷ややかにわたしを見つめた桃子は言った。

「はっ。よく言うよね。自分はこんな綺麗なおっぱいしといてさ」

やはりそうだった。今までこういう状況で何度同じ反応を見てきたことだろう。

わたしの胸をじっとりとした目で見つめた桃子は、せっかく露わになった自分のおっぱいをやんわりと両腕で隠してしまった。

「…だからほら、わたしの胸はどうでもいいじゃん。ねえ、桃子、おっぱい隠さないで」

わたしがやんわりと桃子の細腕に触れると、桃子は断固として拒絶の力を両腕に込めた。

「やだ」

「おっぱい見ーせーてー!」

「いーやーだ!」

完全に腕を組んで大きなふくらみを固めてしまった桃子は、どうにかしてその腕を離そうとするわたしに「やめろ美乳!」と言って身体を横向けて続けた。

「てかなに?何でそんな大きいのにそんなに形綺麗なん?」

「いや、別に綺麗じゃないやん。ほら、離れてるし垂れてるやん」

「そんなん垂れてるうちに入らないやろ。てかそれはゆうちゃんが日頃ブラジャー着けてないからやろ?」

わたしがなるべくブラジャーを着けたくない理由の一つには、こういう状況を無くしたい気持ちがあった。

たとえ自分の胸がどれだけ大きかろうと整っていようと、わたしにとってそれはただの『脂肪』でわたしの大好きな『おっぱい』ではないのに、わたしの大好きな『おっぱい』を持っている人たちはみんなわたしの『脂肪』を見るとこういう反応になる。そのたび、わたしに向けられる心が少しだけ離れてしまうようで、わたしは何よりそれがイヤなのだ。

「ねえ、もう、わたしの胸のことはいいからさ。ほら、ももちゃん、ちゅーしよ」

「やだ」

「ねーえー、ちゅーしよ」

「いーやーだ!」

あああ。またこのまま変な空気になって、お互い妙に牽制し合うようなぎこちないエッチに突入してしまうんだろうか。

何でわたしっていつもそうなんだ。ただでさえ女同士が有りな人は少ないのに。

その中でエッチできる関係になれる人はもっと少ないのに。

せっかく相手を見つけてもいつも途中でこんな風になってしまう。

どうしてわたしはいっつもこんな風にしかできないんだろう。

情けない気持ちがじんわりと鼻の奥を熱くした。

けれど泣くのはカッコ悪いので、その熱さをさっさと冷まそうと鼻から大きく空気を吸い込み、それをしばらく繰り返していると、不意に、身を乗り出した桃子のくちびるがわたしのくちびるに一つ触れた。

唐突なキスに驚いて桃子の顔を見ると、まだじっとりとした眉根だが何だか優しい色の瞳と目が合った。

桃子は言った。

「もしかしてさ。いっつもこんな風になるの?」

わたしは無言でうなずいた。

「で、いっつもギクシャクした感じでエッチするの?」

わたしは無言でうなずいた。

「それがイヤだから早く垂れるようにブラジャー着けてないの?」

再び鼻の奥に熱さが込み上げて来た。どうしてこの子はこんなにわたしの気持ちをわかってくれるんだろう。わたしは無言でうなずいた。

少しの沈黙のあと、桃子の手のひらがわたしの髪に触れた。

「ダメだよ。下着くらいは着けないと」

その手のひらはわたしの頭を優しく撫でた。わたしは必死に鼻の奥の熱さを殺した。

「せっかく綺麗な形してるんだから、それはちゃんと綺麗なままにしておいた方がいいよ」

その声はとても優しい音色だった。けれどその声が、ふん、と一つ鼻息をついたのでわたしは顔を上げた。

「ていうかせっかく綺麗な胸してるのにそれを自分から壊そうとするとか、そっちの方がむしろイヤな女だよ」

わたしを見つめる桃子の顔は、表情は怒っていたがとても優しい瞳だった。

わたしは言った。

「…ごめん」

すると桃子は、ふふん、と笑って言った。

「可愛いじゃん」

わたしは少しムッとして応えた。

「嬉しくない」

「なんて言われたら嬉しいの?」

わたしは目をパチパチと開閉し、薄っすらと滲んだ涙を消し去ってから応えた。

「『かっこいいじゃん』」

わたしが言うなり、桃子はわたしの頭をよしよししながら言った。

「ゆうちゃんは男の子だね」

そのあまりにも優しい口調に、わたしは今まで感じたことのない温もりを心の奥に感じた。

けれど桃子は続けて言った。

「やっぱり私は男の子が好きなんだな」

今まで何度も感じてきた痛みが心にチクリと刺さった。けれど温まった心はその痛みをすぐに癒した。

「そっか」

「うん。なんか、ゆうちゃん見てたらそう思ったよ」

「…そっか」

「うん」

女の前で泣きそうになってしまった自己嫌悪と穏やかな温もりの入り混じった心は、桃子の優しさに性的な気持ちで接することをできなくしてしまった。

それから長い時間、肌を寄せ合って、ソファで横並びに取り留めのない話を続けた。

夜が明けたら桃子は未来の王子様を探しに旅立ってしまう。

どうしてわたしにはち◯ちんじゃない方がついてるんだろう。どうしてわたしは男の子じゃないんだろう。素敵な子がわたしの前から去っていくたびに思ってしまう。けれどそんなこと、今更考えたって仕方ない。

だからこの夜が永遠に続けばいいのにと願いながら、眠たくなるまでずっとずっと、桃子の手を握って話していた。


・・・


翌朝。

「よし!じゃあ、そろそろ仕事行こっかな!」

桃子が朝ごはんに出してくれた謎のシリアル(異常に美味い)でお腹を満たしたわたしは、うんと背伸びをしてレースカーテンの向こうの朝日を見た。

「私も今日、二限からだよー。はあー、めんどくさいよー。サボっちゃおっかなー」

「はあ?わたしはちゃんと仕事行くんだから、ももちゃんもちゃんと学校行ってよ」

「はーい。ごめんなさーい」

無防備にペコリと頭を下げる桃子の可愛さに後ろ髪を引かれそうになったので、わたしはさっさと立ち上がってクローゼットに向かった。

色とりどりの鮮やかな着衣の中で唯一真っ黒なモッズコートを手に取って、袖に腕を通していると桃子がわたしの背中に話しかけてきた。

「あのさ」

「うん?」

「ゆうちゃんってさ、本当に今、彼女いないの?」

「うん。いないよ」

「そっか」

「うん」

モッズコートのポケットから財布を取り出し、残金で一日を乗り切れるか確認した。仕事行くだけなら問題ない残金である。

「ゆうちゃんってさ、彼女できたら一途なタイプ?」

「ははは、そうだなあ。いい女なら一途なタイプかもな」

「そっか」

「うん」

けれど昨日ケンちゃんのバーにチャリを置いて来たことを思い出した。チャリがないなら交通費がかかる。わたしは計算し直した。

「私っていい女の中に入ってる?」

「うん」

え?と脳内で何かが煌めいて、わたしは即座に桃子を振り返った。

するとそこには、正座した膝にピンと張った両腕を伸ばし、少し赤い頬でわたしを睨むように見つめる女の緊張した姿があった。(ピンと張った両腕に押し込まれた胸のふくらみは、本人の意思とは無関係に胸元でいやらしい谷間を作っていた。)

桃子は言った。

「あのね」

「うん」

「私、自分からこんなこと言うの初めてなんだけど」

「うん」

「…」

「…」

「…よかったら」

「うん」

「…」

「…」

「…私と付き合ってください!」

「うん。付き合おう」

「え」と口に出した桃子は驚いた顔を不審げな色に変えて言った。

「…なんか軽くない?」

「ん?」

「いや。私、こんなこと言うの初めてなんだけどって言ったよね?」

「うん」

「つまり私の人生で初めての告白なわけだよね?」

「うん」

「なのに何か軽くない?」

「…」

「…」

「…じゃあもっかいやり直そう」

「いいよもう」

「なんでだよ!いいじゃんいいじゃん、もっかいやり直そう!ほら!」

「いいってもう!はあー、やっぱ私、男の子のこういうとこって嫌いかも」

「ごめんって!ね!もっかいやろ!ね!」

「いーいー!うーるーさーいー!はーなーしーてー」

心は男だ女だ、などと言いながら、今まで身体に振り回されて来たわたしは、実は誰よりも心ではなく身体にこだわっていたのかもしれない。

けれど桃子はわたしの身体を見て、男の子が好きだと感じて、わたしと付き合いたいと言ってくれた。

王子様を求めて旅立った姫が、道中出会った狩人に疲れて、それを慰めてくれた淫乱な魔女にうっかり心ほだされてしまっただけなのかもしれないので、魔女的にはまだまだ姫に完全に心を明け渡すのは怖いのだが、少なくとも姫がいい子で良かった。

そしてそんないい子と出会えたことが、わたしは何より嬉しかった。

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姫と魔女 まいたけ @maitake_33

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