第12話 やっすー



恋は、実った試しがなかった。




友達は多い方だと思う。


でも、好きな人が誰なのかを、友達に打ち明けたことはなかった。



ずっと片想い。

誰も振り向いてくれない。



初めて好きになった人は、さらさらの長い髪に、甘い良いにおい。

いっぱい言葉を交わして仲良くなった。




でも、手を繋ぐ隣の男は誰?

なんでお互い照れ臭そうにしてるの?


『付き合ってるの。みんなには内緒にしてて。ね、お願い。』


その言葉を聞いて、絶望した。









どうして自分は彼女と同じ女なんだろうと。









男の子っぽいショートヘアの安富(やすとみ)は、ハウスの料理提供サービスをほとんど利用しない、ハウス内では珍しい人物だった。

使うのは土日の朝と夜くらい。

彼女は昼からフルタイムで焼肉屋、空いた日は居酒屋の仕込みのバイトをこなすフリーターで、朝はギリギリまで寝たい派のため、なかなか利用できないでいる。

たた、ハウスの雰囲気が好きでずっと暮らしており、ヨシばあが新しいメニューを考えている時に訊ねるくらいに料理が得意だ。


安富はやっすーと呼ばれている。

下の名前は恵梨奈(えりな)。

ハウス以外でも、みんなやっすーと呼ぶ。



いや、呼ばせているという方が正しい。

やっすーは、恵梨奈と呼ばれるのが大嫌いだった。








自分の性別に違和感を持ったことはない。

女性として生まれ、そのまま女性であることを受け入れている。

ただ、何故か男性に興味がなかった。


初めは自分の周りの女の子と同じ『好き』なのだと思っていて、でも、それは時間をかけて『違う』ということにたどり着いた。


ある時、好きな異性に対して、緊張して話せなくなると言った女友達の言葉を聞いて、ああ、今自分が感じているこれは『みんなが思っている好き』とは違う『特別に好き』な感情なのだと納得した。


初めの方は自分もいずれ異性に対してそう思うのだろうと気楽に考えた。


しかし、高校生になり異性との交流が盛んになっても、男子に惹かれることはなく、特定の女の子への気持ちばかり強まった。



同性のカップルが知り合いにいなかった彼女が大切にしたことは、関係を壊さない、ということ。


友達のままでいれば、一緒にいられる。

振られることもない。



納得していたはずだった。

それでも、その子に彼氏が出来て、体の関係を持った話を聞くと、相手の男への憎しみが沸く。





どうして自分は女なのか。

いっそのこと、男に生まれたかった。


なんの違和感もなく彼女に告白出来て、誰よりも近くにいられる。

自分が知ることのない彼女を知ることが出来る。なんて羨ましいのだろう。




この時に全てを泣きながら話したのは、母親だった。

ただ静かに話に耳を傾け、最後にはそっと抱き締めてくれた。暖かな腕だった。





「もっと早く気付いてあげられればよかったね、ごめんね。」


この言葉が今でも忘れられない。





高校は関係を維持したまま卒業式を迎え、やがて短大に入学した。

これまで好きになった子とはみんな離れた。


新しいスタートだと感じたのも束の間で、短大でも好きな人が出来、それもやはり女性だった。



どうしても気持ちを押さえられない。

今までで一番好きかもしれない。


そして初めての告白をした。




関係を壊さないことを一番に考えていた自分が、後先考えずに勢いで告白をした、と、後になって思う。


その人はありがとうと答え、でも、よそよそしいというか、気まずそうな雰囲気で、はにかみながらその先の展開を伺っていた。


その時に、これはやらかしたと分かった。


「ごめん、気持ちだけ伝えたくて。」

「そっか…。うん、ありがとう。」



断る言葉も否定の言葉も口にされなかった。

しかし、共感や同情もそこにはない。

上部だけの、この場をやり過ごす為だけの、ありがとうだ。




そして翌日から目に見えてよそよそしくされるようになった。




いつも一緒にいる子ではなかったため、周りにそのよそよそしさを気付かれることはなかった。そして、噂にならなかったのは幸いだったと思う。



それでもこの出来事は、やっすーを、より今のやっすーに近づけるような、大きな出来事だった。





「やっすーみんなでラムネ飲んでるの、一緒に飲もうよー!」

「懐かしい。いいね、ちょっと荷物置いてくるわ。」

「うん!」

「……やっすーさん相変わらず忙しそうですね。」

「ねえ~。もっと女子トークしたーい!」

「あはは、そーゆーところ、あずきちゃんは今のハウスの中で一番女子って感じですよ。」

「そうかなあ。殿ちゃんはいつも落ち着いてるよね。紫乃さんとはまた別の。」

「瀬川さんはクールビューティですから。」

「お待たせ。」

「あ、やっすー久しぶりー。ほいよ。」

「サンキュー。」

「そういや新作のロンハン買った?」

「買った買った。やること増えてゲージの種類も増えたからちょっとめんどくさくない?」

「わかる!前作が操作的にはちょうどよかったな。サナが可愛い。」

「あたしはターニャ派かな。」

「おお~そっちでしたか~。」

「ニヤニヤすんなよ。キモいな。」

「えー酷い。」

「やっすーとあっくん仲良しだよね。ゲーム仲間?」

「そうそう、ロンハンってゲームがお互い好きでさ。あとはファブとかエルシーとか。」

「全然分からん。」

「あずきはゲームに興味無さそう。」

「ないなあ。」

「でも俺らゲーム以外ほぼ話ないし。」

「うん、確かに。」





ハウスのみんなはやっすーを男っぽくてかっこいいヤツ、と思っている。

料理が上手で、口数が少ない。でも喋ると面白い。

男性陣は、群れない、どちらかといえば一匹狼的な女性だと感じている。

女性陣は、いざとなった時に頼りになる女性と思っている。




でも本当のやっすーは話好きで、恋愛トークも好きな、ちょっと男っぽいだけの女性だ。





少し距離を置いているのは、関係が壊れないようにするため。







もう、身近な人に、恋をしないため。



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