第10話 ハウスのこどもの日
今年のゴールデンウィークも相変わらず楽しかった、と、ヨシばあは就寝前のお茶をすすりながら、しみじみと感じていた。
連休はごはんの準備の関係で、前もって部屋にいる日といない日の調査をする。
今回は4月の中旬から25日頃までに提出をお願いし、あっくん以外は期限内に出してくれた。
ちなみにあっくんの忘れ物、提出遅滞はよくあることである。
集計をとると、去年と同じようなメンバーか残るようだ。
■ずっといる組
→あっくん、佐々木、トーモリ
■後半いない組
→あずき、殿(姫路)、やっすー
マリアや瀬川は初日に帰省し、ウーノは連休直前の金曜日に日本をたつらしい。
今年はどこのお店の柏餅を買おうかしら、今年入居組(今のところ姫路のみ)は柏餅嫌いだったらどうしよう。
とにかく、こどもの日とは言えど、子供はハウスにいないので、ヨシばあは食べ物のことばかり考えていた。
そんなゴールデンウィークの初日が近づいてきた日の夜。
「あーあづいー。」
「最近気温高いよな。」
「うー麦茶おかわり!」
「あ、あっくんついであげるー。」
「おう、さんきゅー。」
「おい、俺には?」
「はあ?欲しいなんて言ってないじゃん。」
「聞いてこいよ。一人注ぐのも二人注ぐのもかわんねえだろ。」
「ヤマショー。優しさで注いでくれるんだからそんな風に言わなくてもいいだろ。」
「ちょうだい、の一言であずきちゃんも注いでくれると思いますけど?」
「…。」
「ふんっ。」
あずきは佐々木さんより精神的に大人である。いつもの嫌味に最後は反論せず、コップをぶんどって麦茶を嫌そうな顔で注ぎ、元あった場所に戻した。ちょっと雑に。
これはいつものやり取りで、殿も慣れてきたようだ。
(ちなみに入居から一ヶ月足らずで姫路は殿と呼ばれるようになった。)
「なんか連休中も暑いらしいよ。」
「まじかー。さっぱりした物がいいなあ。」
「ヨシばあ、献立はー?」
「まだ決めてないよ。そうだねえ、何にしようねえ。」
「俺そーめん食べたい。」
「夏かよ。」
「流しそーめん食べたい。ヤマショー竹のヤツ作って。」
「あ?」
「ははっ、ヤマショーは何でも屋かって。でも確かに作れそう。」
「壊して作るの得意分野だろー。」
佐々木さんの職業をみんなちょっと勘違いしているようだ。
得意分野ってなんだ。ちょっとむすっとした。
「でも楽しそう。」
「そうだね。竹どこから持ってくるかだけどね。」
女子も興味があるのか、流し素麺の話を楽しそうにしている。
何よりあずきがうきうきしていた。
よし。
「何でも屋じゃねえけど、竹のヤツ作ってやろうか?」
「え、まじ!?」
学生組は目を輝かせた。
それを見ていたヨシばあはふふっと笑って、じゃあ流し素麺の日を作ろうかねえと言った。
人が多く残っている日がいいだろう。
連休前半の最終日のお昼に素麺と決まった。
流し素麺の日は予報通り快晴だった。
どこからか佐々木さん手作りの竹を割って繋いだものが現れ、ヨシばあと女子は素麺の用意をする。
庭に麺つゆなどを置く簡易テーブルを出すと、茹で上がった麺がざるいっぱいに運ばれてきた。
「誰流す?」
「私やりますよ。」
「じゃあ俺先頭いく。」
殿が流して、あっくんがファーストトライ。
ほとんどあっくんの箸に絡まることなく、麺は水と共に竹を滑り終えて、終点のざるに落ちた。
「やべえ!激むず!」
あっくんの間抜けさにみんな大爆笑である。
「空中で箸スタンバイしてるのが悪いんだよ。」
そう言って今度は佐々木さんがトライ。
竹の中で箸を構え、箸をストッパーにし、そのまま掬い上げる作戦だ。
あっくんは心の中で失敗しろと祈り、あずきはそんなあっくんを見て、こっそり微笑んだ。その様子を殿とトーモリはたまたま目にしてしまい、佐々木さんに同情するのであった。
結果、さっきのあっくんとは比べ物にならないほど、素麺を食べることに成功した。
悔しそうなあっくんに、佐々木さんはどや顔で返す。
それ以降はどんどん流して、流す人も交代しながら、素麺はきれいに食べられていった。
食費は安く上がり、洗い物も普段より少ないので、ヨシばあとしては大満足な一日だ。
その後、平日を挟んで連休の後半がスタートした。
ヨシばあ以外女性陣は皆いなくなり、男3人ばかりの晩ごはんが続く。
朝、昼は誰も頼む人がいなかったので、夜だけダイニングに人が集まっており、会話もそこそこといった感じだ。
佐々木さんもトーモリも仕事でいつも通り。あっくんはフルタイムでバイト。
そのため、日中は休日と言えど静かなものだ。
「明日こどもの日だな。」
「そうだね、柏餅楽しみだなあー。」
「子供かっ。」
「明日ここで一杯やろうぜ。男だけでしんみりさ。」
「じゃあ俺買い出し行ってきますよ。」
「じゃあ俺飲む物買って帰るわ。」
「うっす。」
「俺なにしたらいい?」
「あっくん、柏餅お願いねえ。」
「…あ、そっちから。はーい。」
さりげなく絶妙なタイミングで柏餅を頼むヨシばあ。あっくんには自転車がある。ヨシばあはちょっと遠いところのお店を指定することにした。
こどもの日当日。
男子会は、確かにしんみりしていた。
「なああの竹、どこで手に入れたんだ?」
「ちょっと知り合いがいて。」
「すげて知り合いだな。」
「まあ、ちょっと。」
「……楽しそうでよかったな。」
誰が、とは言わないトーモリ。
しかし佐々木さんに向けて「楽しかったな」ではなく「楽しそうでよかったな」と言ったということは、つまりあずきのことを指していた。
ちょっと照れる佐々木さんは、無言で缶ビールに口付けた。
あっくんはこんな時、口を挟まない。
あずきがあっくんに好意を寄せていることは、あっくん自身なんとなく分かっていたからだ。
「なあ、秋野(=あっくん)。」
「ん?」
「お前付き合ってるやつとかいるっけ?」
「いや、いないけど。」
「そっか…。」
佐々木さんはなにか聞きたいことがあるような言い回しをしてきた。あっくんは冷や汗が出て、ダイニングの空気は重くなる。
「…そういやトーモリさんは彼女の話とか聞かないね。」
「え、俺?…うーん今はいないなあ…。」
「気になってる人も?」
「そうだな。」
「なーんだ。俺はちょっとだけ瀬川さん狙ってるのかなって思ってたのに。」
「え、瀬川?…そう思われてたのか。じゃあ他のやつにもそう思われてるのかな。」
「んーどうだろう。」
「俺はトーモリさんは可愛い系の人が好きそうだと思ってたから、瀬川さんはないと…。」
「おー確かになあ、今まで可愛い系が多かったかもしれない……。秋野のタイプは?」
「俺!?」
「うん。」
「健康的な人。」
「ぶはっ、なんだそれ。」
「身も心も健康的な人がいい。」
「秋野にしては深くてまともな答えだな。」
「普通に誉めてよ。」
重い空気はあっくんの一言で、多少軽くなった。
が、しかし、
「…じゃああずきのことは?」
佐々木さんの一言でダイニングが凍りつく。
空気の流れを感じさせない一瞬があり、真っ直ぐな目があっくんを射貫く。
いつかは聞かれるかもしれないと思っていた。
佐々木さんもあずきの気があっくんに向いていることを感じていた。
「あずきちゃんは…元気だし楽しいし優しいけど、ハウス仲間って感じかな…。」
「…。」
…これ以上何をいったら納得するんだ。
あっくんは焦った。
佐々木さんに伝えた言葉は、あっくんの正直な気持ちだ。付き合いたいかと聞かれたら、分からないと答えるだろう。告白されたらと聞かれたら、彼女を振る権利がそもそもあるんだろうかと考えてしまう。
振る明確な理由が見当たらない。好きかどうかは分からないから付き合えない、というのは、明確な理由になるのだろうか。むしろ、付き合ってから好きになるパターンもあるだろう。
あやふやな理由で振ったら、あずきはショックで泣いてしまうかもしれない。
足りない脳で考えてみたが、結局答えは変わらなかった。
「そうか。」
暫くして佐々木さんは呟いた。
あっくんは攻め立てられるか、もっと質問攻めに合うかと思っていたので、随分あっさり引いたことに驚いた。
「…俺もまだ瀬川はハウス仲間って感じだな。」
室内の温度をあげるために年長者のトーモリが口を開く。
「一途で真っ直ぐなところ、格好いいぞ。」
「………っす。」
「そんなヤマショーに、日本酒を注いでやろう!明日は休みだろ?飲み明かすぞ!」
「いや、日本酒だけは勘弁し…」
「ほらほら、持って!逃げるのなし!」
無理矢理日本酒を飲まされる佐々木さんに、もう険しい顔色は見えない。
なんとなく、自分の中で折り合いがついたような。
あっくんはほっとして、残りのビールを飲み干す。
そんな会話を食器を洗いながら静かに聞き耳を立てていたヨシばあは、微笑ましいなあと思った。
みんな一進一退を繰り返して成長している。
この瞬間にこのハウスがあって、そして自分が立ち会えて、本当に嬉しい。
あっくんに頼んだ柏餅はとても美味しかったし、連休はあっという間に過ぎ、最終日の晩ごはんにはみんなそろってダイニングが賑やかに戻った。
入居者が変わっても、ここは暖かい場所にしなくては。
ヨシばあは湯飲みを洗いながらまた決心するのであった。
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