血塗られた箱に閉じ込められた、姫と僕

苦艾たまき

第1話

泥濘色の空と煤煙色の雲の下、焼ヤモリみたいな枯れ森を抜けて、

有刺鉄線の網を掴んで引きずりながら僕が向かうのは、お姫様の所。


ただ、会うために。僕は、あなたのところへと向かう。

落ち窪んで濁った瞳に、鈍色の柱が見えてくる。


柱じゃあ、ない。

わかっているさ。そんなこと。

進めば、わかるさ。


ヤモリが煩く騒いで、僕をはやし立てている。

極めて憂鬱に思いながらも、僕はごうごうと練り返った温い向かい風に抵抗しながら、

網を引きずって、歩く。


【早く歩け】


僕の体が引きつった。

辺りを見回す。誰もいない。


僕は、気を取り直して歩いた。


誰の声かはわからない。でも答えるなら一つだけ。


言われなくたって、行くさ!

柱じゃない、あれは塔。僕のお姫様の居所。


じくじくと痛む両手が冷たくて、感覚がなくなっていくような気がして

一度下を向いて見たけれど、僕の煤けたズボンが赤錆色に変色して

靴にもべっとりと鉄の香りがする命の水が張り付いていた。

手は白蝋みたいで、手を染めていた赤い色がひび割れて、

破片がばらばらと地面に落ちていた。


【命が足りなくなってきただろ、早くしろよ】


足りなくなる命とはなんだろう。僕の内なる声の主は

何かに焦って僕をせっついている。僕もあせっているけれど、

理由は全く違う。お姫様、君に会いたい。


荒涼たる大地を抜けて、色のない草原に足を一歩進めたとき

僕の眼前にようやく希望の灯が温かく輝いた。


らせん状の煉瓦製の階段が外壁を回る金網と鉄柵の

鳥かごのような塔。


最上階から聞こえる可憐な調べ、ああ何度聞いたことだろうお姫様の唄。


僕は有刺鉄線の網を横抱きにし、階段を駆け上がった。


【急げ】


言われなくとも。

僕は、僕に告げながら鍵盤の黒鍵と白鍵に似た階段を駆け上った。

胸ときめかせ、唇から歓喜の泡を垂らしながら駆け上がった。


哀れなり愚かなり いつまで繰り返すのか

私は誰のものにもならず 得難いがために全てを見失った

お前たちのために祈りを捧げているのに


お姫様は鋼色の肌を震わせて、口内の歯車をぎしぎしと回転させながら

油の涙を空洞の眼窩からだらだらと零して唄を歌っていた。


【引きずり倒せ 抱きしめて 墜ちて逝け】



ああ、なんという歓喜だろうか 僕を見ていないお姫様

鋼のドレス、鋼刃のレースが閃いて鈍く輝く両手を広げて

僕の迎えを待っていた


愛しい人よ 今こそ終わりにしよう 終末の唄を


僕は網を広げて彼女に向かって走り出す 


お姫様の眼窩から赤いオイルが流れ出し 僕は叫びながら

彼女を抱きしめて 柔い肉の体には鋼刃が食い込んで

僕を動かす最たる器官を、姫の熱い心臓が焼き切った――


ああ なんて幸せな終わり

求めた君と同化して世界の絶望を唄う君に抱かれて

この世界は閉じて終わって めでたしめでたし――





「これで何回目だよ!難易度高すぎんだよクソゲーが!」


なんとなく厨二っぽい設定で、内容がおセンチだから

からかい半分で始めたアプリゲームに何時間もつぎ込んで

流石に頭にきたのか、ベッドに携帯端末を叩き付けて

自分の部屋から出ていった。

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血塗られた箱に閉じ込められた、姫と僕 苦艾たまき @a_absintium

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