ジャガーは密林に夢を見る
まくわうり
じゃんぐるちほーにて
密林に漂うむせ返るような湿度がますます強くなっていた。
かつて獣だった時のように、密林に生い茂る太い枝の一つに俯せに寝そべり、ジャガーは浅い眠りの中にいた。
ずんぐりむっくりとも称される発達した四肢の特徴はフレンズ化の際にいくらか置き去りにされていて、枝から跨った状態のまま垂らした両手足が以前より伸びたせいで、あちこちの蔦に引っかかるのが玉に瑕だった。
それさえ除けば、お気に入りの枝の上での昼寝は何にも代えがたい至福の時間だ。
それなのに、目を閉じたままのジャガーの尻尾は神経質そうにゆらゆらと動き、耳はピクピクと周囲を気にして動いていた。
彼女の本能が雨が近い事を告げている。髭先に湿度が纏わりついて小さな水滴が出来ればそれは、雨が近い証拠だ。今の彼女にかつての髭は無いものの、毛皮がない事で空気に直に触れるようになった肌と直感がそれを補う。
耳がピクリと動き、ジャガーは弾かれるように顔を上げた。
不安定な枝の上を思わせない軽々とした身のこなしで跳ね起き、影のように枝から枝へ飛び移る。程なくして眼前に飛び出した大河は上流の雨を受けて増水し、勢いが増していた。
そこへ、ジャガーは躊躇なく身を投げる。
豪雨の先駆けとなる雨粒が落ちてきている水面に、大きな水柱が上がった。
幸いにも今回は、近い。
虎とも共通する「潜れる」ネコ科の例にもれず、水中で耳はペタリと閉じられている。それでも水面で暴れる誰かの水音は簡単に聞き取る事ができ、視界の聞かない濁流の中でも迷う心配は無い。
水底には既に先客が何匹も集まってきていた。大河の主、体長7~8メートルはあるワニの集団である。ジャガーはそのうちの今にも噛み付こうとしている一匹を踏んづけると、その勢いのままワニの輪の中でもがいている両足の間にぬっと頭を滑り込ませた。
「ひゃばああっ!!」
甲高い悲鳴と一際派手な水飛沫があがる。
ネコ科の中でも、特に骨格が頑丈で筋力に優れているのがジャガーである。
その筋力にまかせてジャガーは溺れかけていたフレンズを肩車したまま、軽々と水面へ飛び上がり、ついでに集まってきていたワニの背を踏んで岸辺へと着地した。
「よっ……と。ふぅ、大丈夫かい?」
そのフレンズの両足を肩に抱えたまま振り返った相手はしかし、ひっくり返ったまま白目をむいて泡を吹いていた。
本格的に降り出した雨を避け、茂った木の下に横たえられた彼女は、程なくして目を覚ました。
「あ゛…ありがとうございましたぁ」
しきりに恐縮する彼女は、ノロジカのフレンズと名乗った。
つい最近、フレンズになったばかりだという。
「…スミマセン、図書館に行きたかったんですが、思っていた以上に河の流れが激しくて…」
「うんうん、そうなんだよね。フレンズになって日が浅い子は、つい無理をしちゃうんだよね」
「おまけにあんなにワニがいるなんて…」
「この辺は多いよ。フレンズが食べられた所はまだ見た事が無いけど、獣のままだったらあいつらの腹の中だっただろうね」
「はい…」
耳を垂らして肩を落とす彼女に、ジャガーは苦笑した。
「…あの、でもどうして助けてくれたんですか?」
「多いんだよ。雨季にサンドスターの噴火が起きるとね。
自分の正体を知る為に図書館に行こうとして、慣れない体で増水した河を渡って溺れるフレンズの子が。あんまり多いから、最近は河の近くで寝るのが習慣になっててさ」
それは"どうして助けたか"の答えではなかったが、ジャガーの人となりを伝えるには十分だった。
「ごめんなさい…」
「謝る事なんてないけど、危ないから気を付けなよ。今回は私が背負ってあげるから」
「えええっ、で、でも悪いですよぉ」
「大丈夫。ジャガーを食べようとするワニなんていないから。みんな私を見ると一目散に逃げてくからね。
それじゃあ、これ以上河が増水する前に渡っちゃおう」
しきりに恐縮するノロジカを再び肩車し、雨の中、ジャガーは河に入っていく。
ジャガーの上で油断していたノロジカは、しかし突如河から飛び出してきた黒い影に完全に不意をつかれた。
「やっほー!ジャガー何してるの」
「ひーっ!!ワニ!」
驚いてずり落ちかけたノロジカを支えつつ、ジャガーは急に目の前に現れたコツメカワウソに気さくに返事をする。
「この子が向こうに渡るそうだから、乗せてあげてるんだ」
「へーっ!たのしそーっ!私も乗りたいなぁ」
「お前は自分で泳げるじゃないか」
何故かついてくるコツメカワウソをあしらいつつ、背中にノロジカを乗せたまま、ジャガーは危なげなく反対岸へと辿り着いた。
「本当に、本当にありがとうございました!」
「気にしないでいいよ。こっから先はさばくちほーだからね。気をつけるんだよ」
何度も例を言い、去っていくノロジカを見送ったジャガーの背に、コツメカワウソが声をかける。
「ねーねージャガー」
「うん?」
「どうしてジャガーは、わざわざ溺れてる子を探しだして、乗せて運んであげてるの?」
先ほどのノロジカと同じような問いだったが、彼女の瞳にはもっと純粋な疑問に満ちていた。ジャガーはしばし彼女を見つめ返し、腕を組んで空を見上げる。
「わからん」
「えー?」
「……昔は逆の事をしていたから…かも」
首をかしげるコツメカワウソに、ジャガーは苦笑を浮かべる。
「フレンズになる前……獣だった頃は、河で溺れて困っている誰かは、私にとってごはんだった。サンドスターを浴びてこの体になって…もうその誰かはごはん何かじゃないんだけれど、本能がどうしてもその音を聞き取ってしまうから。
…だからフレンズとして、今度は逆の事をしてみたくなった」
「ふーん…?」
少し難しかったのか、彼女はジャガーの言葉の意味をしばしば吟味するように首を傾げ、考え考え言葉を続ける。
「つまり、ジャガーは転職したんだ?」
「…転職かぁ」
そういうもんか、とジャガーは苦笑した。
勿論「転職」という言葉の本当の意味はどちらも知らなかったが、何となくその言葉はしっくりくるような気がした。
「じゃあ、今度からもっと本格的に渡し守をしてみるかな……河を渡りたいフレンズを筏に乗せて運ぶとか」
「それおっもしろそー!今度のせてー!」
「いいよ」
気楽に返答しながら、ジャガーはふと未来の自分を思い浮かべた。
筏に沢山のフレンズを乗せて、渡し守として河を渡っている自分の姿だ。
それも悪くない気がした。
せっかくフレンズの体になったのだから、獣では出来ない事を沢山してみよう。
そうでなければ、せっかく生まれた意味が無いじゃないか。
ジャガーは密林に夢を見る まくわうり @planegray
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