私たちのかばん
攻撃色@S二十三号
第1話 森林ちほー 博士と助手
小柄な二人の猛禽が、お互いの方へと小首をかしげながら言った。
「ヒグマ。今日はおまえに頼みがあって、来てもらったのです」
「頼みがあってきてもらったのです。もちろん、聞いてくれますね」
この島の長を名乗るこの二人。
そしてここ≪図書館≫の主でもあるこの二人。
アフリカオオコノハズクの博士。ワシミミズクの助手、二人の猛禽フレンズ。
その二人の前で、困ったような顔をしているのは……
「あなたたちが頼み、だって? 長として、命令、ではなくて?」
数ヶ月前の巨大セルリアン戦を戦い抜いたハンター、ヒグマ。
彼女は、自分たちの腰ほどまでしか無い大きさの博士と助手を前にして……それでも、拳で語り合い、そして背中を預けられる強者に向かい合うときのようにして、話していた。
「また火を使って、その。りょうり、だったっけ。あれをしろという?」
「ヒグマはクマのくせにせっかちなのです。話は最後まで聞くのです」
「話はしっかり聞くのです。頼みというのは他でもありません、あなたに……あなたたちに、あるものを探してきてほしいのです」
「そうです。探してきてほしいものがあるのです」
「よいですか、ヒグマ。知識への探求に終わりはありません。それと同じようにわれわれの 料理 への欲求……探求にも終わりはないのです」
二人の小さな賢者、その欲望をぶつけられたヒグマは手指で髪と耳をかき、
「……やっぱり、りょうり、じゃないか。それで、何をすればいいんだい?」
やれやれ、と言ったヒグマに。
だが、博士は……くりっとした目を、図書館の中を貫いて伸びる大木、そしてその向こうに見えている空に向けて。その空を見ながら、言った。
「かばんたちがゴコクちほーに旅立ってから、もう一月たったのです。そのあとわれわれはかばんの作った料理について、くわしく調べたのです」
「詳しく調べたのです。とくに……」
こくっと、じゅるりと。博士と助手の口、喉が同時に鳴っていた。
「カレー、です。あの料理について我々は探求に探求を重ねたのです、ヒグマ」
「ああ、カレーか。みんなとゆうえんちにいたときの、あれか。……私もかばんに教えられて何度も作ったなあ。あれを、また作れっていうことかい?」
「だから話は最後まで聞くのです。そんなだからおまえはいつも指をヤケドするのです」
「話は最後まで聞くのですよ。我々は、かばんが行ってしまったあともこの図書館でカレーについて調べました。そして……ついに、発見したのです」
「発見したのです……! カレーをさらにおいしく、あまくする方法を!」
「甘く? カレーはカライのがいいんじゃないのか?」
「……そ、それはそれなのです。とにかく」
「我々はカレーを美味しくするものをみつけたのです。あなたにはそれを探してきてほしいのですよ、ヒグマ。もちろん、タダとはいいません。これは頼みなのですから」
「われわれは太っ腹なので。タダとは言わないのです。もしそれを見つけてきたら……」
「へえ。何か、ごほうびをくれるっていうのかい?」
意外そうな顔をしたヒグマに、小さな賢者たちはえへん!と小さな胸を張った。
「新しい料理をつくる、そのレシピをおしえてやるのです」
「今度は油を使った、フライという料理です。どうです、やる気が出てきたでしょう」
……それ、ごほうびじゃない!じゃないか!
ヒグマはがっくりしかけた身体を立て直し。
なんだかんだで逆らえない、この島の可愛らしい暴君たちに向かって、
「それで? なにをさがしてくればいいんだい? カレーを美味しく、甘くするっていう、そいつは?」
「よく聞くのです。それは、ふたつ……」
「必要な材料は二つ、です。それをいつものカレーに入れれば……」
「カレーは、とろ~り、とろける甘さになるはずなのです」
「……。それって、甘いジャパリまんじゃ駄目なのかい? 赤いのは甘いぞ……」
言ってから、しまったとヒグマは思った。
だが、もう遅かった……
そのあと、博士と助手のお小言のハーモニーにヒグマは小一時間耐えねばならなくなった……
◆
「……ああ。ヒグマの姉御、おつかれさまです」
「すまんな、ツキノワ。こんなところまで呼びつけて」
図書館の外で待っていた黒い影が、ヒグマよりは若干小柄だが引き締まった体つきの猛獣のフレンズ、ツキノワグマが立ち上がってぺこり、頭を下げる。
「博士たち、どんな面倒事を押し付けてきたんです?」
「……面倒事とか、声が大きいぞツキノワ。あの子たちは耳もいいんだ。……歩きながら話そう」
ヒグマとツキノワ、この島の実力者のピラミッドでは上から数えたほうが早いその二人は、ほかのフレンズが火を見るときのような目で図書館を見……そして小さく肩をすくめて森の出口の方へ歩きだした。
「また、火を使って……りょうり、でしたか? 何かあれを作れと?」
「ああ。カレーを作らされるのは、そうなんだが……それに入れる材料を集めてこいと頼まれてしまったよ。すまないな、ツキノワまでまきこんで」
「いえ、姉御のお手伝いができるなら。それに……へいげんの方も、最近は落ち着いていて。ライオンの大将も私たちも、城を出てしまいましたし」
「ああ、たしか……かばんのおかげだったか、そっちも」
ええ、とにっこり笑ったツキノワグマは。彼女の敬愛するヒグマと共闘した、二人の爪痕の証となった三日月ハンマーを抱くようにして持ちながら。
「私も、姉御みたいに火の使い方をりょうりを覚えて……ライオンの大将やみんな、ヘラジカのとこの連中にも食べさせてやりたいんですよね」
「ははは、物好きだなツキノワも……」
二人は少し歩いてから。木漏れ日が揺れる小道で、ヒグマは考え込むようにして、
「……リンゴと、はちみつ」
「えっ?」
「木になる果物の、リンゴ。それと……こっちはわかるな、蜂蜜だ。博士たちはその二つを探してきてこいと……そういうことだ」
「果物のリンゴと、蜂蜜ですか……。その、その味なら……黄色と、赤のジャパリまんじゃあ駄目なんですか?」
ヒグマは、さっきの小一時間を思い出して苦笑し首を振った。
「それなら私たちが呼ばれたりはしないさ。どっちも面倒そうだが……いちおう、あてはあるんだ。行こうか」
ヒグマは妹分に笑って見せると、手に持っていた……博士たちに持たされた、かばんの叡智、その遺品である道具を。
ツタを編んで作った網袋と、図書館にあった小ぶりなツボを手に下げ、笑った。
「……なんです、姉御。それは」
「これにリンゴと蜂蜜を入れるんだ。……これが、私たちのかばんだよ」
つづく
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