ハカセとジョシュは、一緒じゃないけどずっと一緒だった

鳥人間

助手の悩み事

 巨大セルリアン騒動の数日後、ある日のこと。

 港の一角で、ワシミミズクが佇んでいた。その顔はなにか悩み事を抱えているような、そんなふうに見える表情だった。


「ジョシュ、一人でいるなんて珍しいね?」


 ワシミミズクが声に反応して振り返ると、そこにいたのはサーバルだった。

 るんるんとした様子で、体を左右に振りながら、ずいっと顔を近付けてきたものだから、ワシミミズクは思わず後ろに仰け反ってしまった。


「なんですか。食べる気ですか」

「食べないよ! って、それはかばんちゃんのやつ! もー!」


 もー!などと言いつつも嬉しそうなサーバルを見て、ワシミミズクは「はぁ」と溜息を吐いた。

 サーバルは、かばんの話となると嬉々とした表情で話し始めるものだから、よほどの信頼関係で結ばれているのだな。とワシミミズクは考えていた。


「どうしたの? 悩み事かな」

「たいしたことでは無いのです。気にしないでください」


 ワシミミズクはこれ以上関わられまいと、飛び去ろうとした。が、飛び立つよりも先にサーバルに腕を掴まれてしまった。


「いたっ! 何をするのですか」

「あっ、ご、ごめんね!」


 謝罪の言葉を述べつつも腕を離そうとしないサーバルに、ワシミミズクは苛立ちを隠せなかった。


「早く離すのです。サーバルと話すことは何も無いのです」


 グイッと手を離そうと力を入れるが、存外に力強く握られており簡単には振りほどけそうに無かった。


「どういうつもりなのです」

「だって、ジョシュ、とても悲しそうな顔していたから。それなのにたいしたことじゃないって。嘘を吐いているって思ったんだ」


 図星をつかれてしまった。実際、サーバルの言う通り、ワシミミズクは深刻な悩みを抱えていた。

 しかし、それを誰かに看破などされたくはなく、ずっと胸にしまっているつもりであったのだ。

 なのに、サーバルは呆気無く見破ってきたものだから、私の顔はよほど深刻な悩みを抱えているという顔をしていたのだろう。と、ワシミミズクは悟った。


「……このままではいずれにしても博士のもとへは戻れません。不本意ではありますが、あなたに悩みを打ち明けてみましょう」

「うん! まっかせて!」


 サーバルがようやく腕を掴んでいた手を離した。腕が少しだけ痛む。後で仕返ししてやろうとワシミミズクは思っていた。


「サーバル、単刀直入に聞きますが、あなたはかばんと自分との信頼関係をどう思っていますか」

「えっ、私とかばんちゃんの?」


 サーバルは、突然自分のことを聞かれたものだから少し戸惑っていた。が、難しいことを聞かれたわけでもないといった様子で、すぐに返答した。


「私はかばんちゃんのことをとっても信頼しているよ! すごく頼りになるんだから!」


 嬉々とした表情で語るサーバルに、ワシミミズクはまた少し苛立ってしまった。


「かばんからはどうなのですか」


 思わず、ほんの少しだけ。サーバルにはきっと悟られていまい。という程度に語気を荒げてしまった。


「かばんちゃんから? それはわかんないや」

「わからない? わからないというのに、そんなに嬉しそうにできるものですか」


 サーバルは、相変わらず嬉々とした表情をしていた。


「だって、かばんちゃんの気持ちはかばんちゃんしかわからないでしょ?」


 もちろんその通りだ。だけれども、信頼されていると思っているからこそ、嬉々として語れるのでは無いのか。そんな疑問がワシミミズクのなかで、ぐるぐると渦巻いていた。


「でも、なんでそんなことを聞いたの? ジョシュの悩みはなんなの?」

「一度にあれもこれも聞くな、です。……私は、博士との信頼関係をちゃんと築けているのか、不安になっているのです」


 ワシミミズクは伏し目がちに、ついに悩みを打ち明けた。

 少しの沈黙のあと、ワシミミズクがチラリとサーバルの方を見ると、考えているのか考えていないのか、よくわからない表情で「うーんうーん」とサーバルは唸っていた。


「サーバルとかばんは、強い信頼関係で結ばれていると思っています。そして、お互いにそれを理解し合っていると思っていました」

「そうだったら嬉しいな!」


 わからない。私にはわからない。と、ワシミミズクは混乱するしか無かった。


「どうして、相手から信頼されているかもわからずに、そんなに嬉しそうに出来るのですか」

「そんなの、友達だからに決まっているじゃない!」


 ワシミミズクは、先ほどよりもずっと大きな溜息を吐いた。


「それは理由になっていないです」

「そうかなぁ。ねぇねぇ、ジョシュはハカセのことを信頼しているのかな?」


 藪から棒に何を、と思いつつもワシミミズクは答えた。


「信頼しているに決まっているのです。博士は信頼すべき方ですから」


 また、サーバルは何とも言えない表情で唸り始めたが、今度はすぐに終わった。


「ジョシュがさ、ハカセのことを信頼しているならば、ハカセもきっとそれに応えてくれているはずだよ」

「信頼関係は、そんな単純なものでは無いのですよ」


 サーバルは「そっかぁ」とだけ言って、また唸り始めてしまったものだから、「やはり相談するだけ無駄でした」と言い残して、ワシミミズクは去ろうとした。


「私も、かばんちゃんとは最初からは信頼関係を築けてなかったと思うよ」

「興味深いですね」

「最初にちょっと怖がらせちゃって。でも一緒に冒険して、少しずつ仲良くなって、それでお互い信頼し合えるようになっていったんじゃないかなって。ジョシュだって、ハカセとは一緒にいーっぱいいろんなことしてきたんだよね? だから、大丈夫だよ!」

「…………」



 サーバルは、とことんポジティブ思考だ。私の思考がいかにネガティブであるかを思い知らされる。

 博士もまた、いつもポジティブ思考だ。アライグマとフェネックにタイヤのことを託したときも、根拠はないが大丈夫という私には理解できない思考だった。

 思考が真逆の私と博士に、信頼関係などあるのだろうか。そう思ってしまうのも無理は無いだろう。

 ただ、サーバルの言ったことはもっともであるとも思えた。博士とはたくさんのことを一緒にしてきた仲だ。

 だから、私は博士のことをとても信頼できていたし、だから―――



「助手、こんなところにいたのですか」

「あっ、ハカセ!」


 突然現れたコノハ博士に、思わずワシミミズクは「わぁ!」と声をあげてしまった。


「どうしたのですか。助手らしくもない間の抜けた驚き方なのです」


 ワシミミズクは赤面してしまった。


「ねぇハカセ! ハカセはジョシュのこと、信頼しているの?」

「えっ、ちょ、ちょっとサーバル!」


 ますます赤面してしまうワシミミズク。単刀直入に聞くやつがあるか、と思うほか無かった。


「なに言っているのですか。信頼しているに決まっているのです。ね、助手」

「えっ……。あっ、はい、もちろんです。私も信頼しているのです」

「ほらー! やっぱりね!」

「何がやっぱり、なのですか。それよりも助手、用事が済んだら後で遊園地にすぐ来るのです。もう一仕事待っているのですよ」


 それだけ言い残すと、コノハ博士は去っていった。


「ちゃんと信頼されていて良かったね!」

「……ありがとうなのです」

「良いって良いって! それより、お仕事あるんでしょ? ハカセが待っているよ。いってらっしゃい!」

「そうさせてもらいます」


 ワシミミズクは、もう少しだけポジティブに物事を考えてもいいかもしれない。そんなことを考えながら飛び立っていった。

 その表情は、とても嬉々としたものだった。


おわり

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