けもののおしごと

Knightou

第1話

 生まれてこの方、特に怖いものがない。周りに私を襲う奴はいないし、動く物は全部私より小さい。強いて怖いものがあるとすれば空腹くらいだ。何せ私は体が大きい。山の中を少しうろうろするだけで腹が減る。山を歩いて食い物を探し、やっと食い物にありつけたと思えば、歩いて減った分の腹が満ちるだけなんてのはしょっちゅうだ。

 そんな訳だから、敵はいなくとも日々生きる為に必死だ。四六時中食い物の事を考え、食い物を探し、食って寝て起きて、また繰り返す。面倒でも怠けていたら飢え死にするので、毎日仕方なく歩いている。ああ、面倒だ。



 最近、どうも四つん這いがしっくりこない。いつからか、気付くと後ろ足で立って歩く様になっている。毛深かった手足はつるつるになり、ふとした時に昔の私の手が棒の先にくっついて現れるようになった。そんな変化が面白くて、意味もなく振り回したり、木を叩いたりして遊んでいた。

 この姿になって少し経ったある日、鳴かない小さな動く物が近づいてきた。触ろうとすると、そいつはフカフカした丸い食い物をよこして去っていった。そいつは次の日も、また次の日も、毎日それを持ってきた。変な奴だが、この丸い物はうまいし、山を歩かなくていいから助かる。ああ、楽だ。



 退屈だ。

 最近、あの変な物は何を言っても知らんぷりですぐいなくなるから、持て余した時間を潰せる物がない。ただ寝転がって過ごすばかり。

 思えば四つん這いの頃は大変だったが、退屈は無かった。何をするにも飢えの心配がないせいで、逆にどうも必死になれない。面倒なばかりだ。

 ああ、退屈だ。



 ある日、妙な形の何かに襲われた。私と同じくらいの目の高さのそれは、まっすぐ私にぶつかってきた。生まれて初めての「敵」だった。私を食おうとするそれに対し、私は不思議とわくわくしていた。飛びかかってドタバタ取っ組み合っているうちに、そいつの体に付いていた石が砕け、敵は粉々になった。

 キラキラした敵の破片が飛び散る中、私はぐったりと寝そべりながら、全力で戦った疲労に心地よさを感じていた。

 こんなに強く感情を揺さぶられたのは初めてだった。食うか食われるかの攻防は、退屈な生活を送っていた私にとってこの上ない刺激だった。

 楽しい。もっといっぱいこいつを探して狩ろう。

 私は立ち上がり、敵を求めて山を歩いた。



 弱い奴を見つけた。

 敵の事ではない。敵に襲われ逃げ回って助けを呼んでいた奴の事だ。敵に一発かまして粉々にすると、その弱い奴はぺこぺこと頭を下げてきた。この姿になってから初めての、話せる奴だった。どうやらそいつは二つ足で歩くようになってから長いようで、私はそいつに色々な事を聞いた。敵の名前、特徴、この島の事……

 聞きたい事を一通り聞いたので帰ろうとすると、そいつはついてきた。私の強さに惚れたので、一緒に行動して強くなりたいとの事だ。

 私は了解した。悪い気はしなかったし、何より楽しくなりそうな予感がしたからだ。

 これが、セルリアンハンターとしての私の始まりだった。



 仲間というものがよく分からなかった。今までずっと一人で生きてきたし、自分の事だけ考えて生きていればよかったから。

 だがハンターになって仲間がどんどん増え、集団で行動するようになってからはそうもいかない。戦い方がなってない奴に教えなければいけないし、危なっかしい奴を補助しなければいけない。

 正直、一人の方がずっと気楽だ。別に、私は自分が楽しく狩れれば良いのであって、フレンズ助けをしている訳ではない。別に私一人でやってもいいはずだ。

 だが、助けた奴がみんな私に礼を言い、私の仲間は誰かを助けられた事を喜ぶ。

 私が好きでやって達成した事を「すごい」と褒められると、そいつの為にした事じゃなくても何倍も嬉しくなる。私が教えた事で成し遂げた仲間を見ると、私が活躍したみたいに嬉しい。

 だから、もう一人に戻る事は無いだろう。私は今が、仲間たちとの今が、とても楽しいんだから。



 色んな奴が私の周りに集まった。強い奴も弱い奴も、たくさん。

 色んなセルリアンと戦った。強い奴も弱い奴も、たくさん。

 色んな物を見た。セルリアンに食われた奴がどうなるか、この目でたくさん。

 初めて、怖い物ができた。

 色んな事を言った。邪魔だとか、足手まといだとか、たくさん。

 色んな事を言った。怖いとか、嫌だとか、たくさん。

 仲間を失うのが怖かった。助けられない自分が嫌だ。だが怖くても、ハンターとして頼りにされている以上やるしかない。私達の負けは、即ちパークの危機だから。

 色んな事があった。いなくなったり、忘れられたり、たくさん。

 色んな事があった。楽しいだけじゃなかった。たくさんたくさん辛かった。

 いつの間にか、狩りの楽しさよりも、使命感の方が強くなっていた。私達を褒めてくれる奴らの為、仲間の為に狩る使命。もう私は、自分だけ良ければ良いなんて思わなくなった。

 だがその使命すら、私達だけでは果たせなかった。先日の黒セルリアン狩りは、無関係のフレンズをも巻き込む総力戦となった。かばんが作戦を考えていなければ計り知れない被害だった。食われたかばん達が無事だったのも奇跡だ。

 私はハンターでいて良いのか? そんな考えが、あの一件以来頭をぐるぐるかき混ぜる。不甲斐ない、情けない、泥の様なドロドロしたものが、ぐるぐると――



「どっちでも良いのです」

 静かな声にふと我に返った。熱気を感じる手元を見ると、手にした「おたま」という物で茶色っぽい「料理」をぐるぐるとかき混ぜている。立ち込める湯気からは刺激的で複雑な、無性に腹の空く匂いがする。湯気の向こうにはこちらを見つめる白と茶色の小柄なフレンズ。

 ああそうだ。今日は博士達に「料理を教えてやるから作るのです」と言われて遊園地に連れて来られたんだった。

「……私、何か言ってたか?」

「ハンターでいて良いのか? と言っていたのです」

 口に出てたか、恥ずかしい。

「いや、皆を巻き込んじゃったなって。私達の仕事なのに。ああ、辞めるつもりはないぞ。セルリアンはまだいるしハンターは必要だろ――さて、これで煮込みは終わりか。えーと、あとはお米が炊けるのを待てばいいんだったか?」

「ヒグマ」

 火を吹き消して飯盒に向かう途中、不意に博士に呼び止められた。

「別に辞めても良いのです。そもそもハンターだって誰が頼んだ事でもないので」

 淡々とした口調がチクリと胸を刺す。やはり失望されていたか。仕方ない事だが。

 助手が続ける。

「ハンターでなくなっても、お前が助けを呼べば皆がお前を助けるのです。黒セルリアンの一件で見たはずです。かばんの為に駆け付けた者を」

「少なくともお前が助けた者は皆来るのです。それは他のフレンズ達にも同じ事が言えるのです。本当に困った時はちゃんと群れが集まって協力するのです。だからわざわざハンターという役割に縛られる事は無いのです」

 淡々と、だが労わる様な調子だった。

 ふと笑みがこぼれた。なるほど、これが仕事の対価か。礼の為にした事じゃなくとも知らないうちに貰っていたんだな。

「……ありがとう。でもやっぱり辞めない」

 嬉しいんだよ、そういう奴らを守れるのが。

「そうですか」

 飯盒を開け、キラキラと光り湯気を昇らせる米を二つの皿に盛り、料理をかける。これで完成だ。

「……我々の専属料理人にしてやるつもりだったんですが、残念です」

「そういう事かよ」

 思わず苦笑した。

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