なかなおりの秘訣

風鈴花

なかなおりの秘訣

「お前なんか、大嫌いだっ!」と言いながら、 走り去っていく親友だったともだちの背中を見ながら、ああやってしまったと後悔する。

 要するに、ぼくたちは喧嘩をしてしまったのだ。原因は他愛もないことで、ぼくたちの間にははじめての喧嘩というどうしようもない深い溝ができてしまった。その日、ぼくは何もせずそのまま家に帰った。


「なぁ、お前らってけんかでもしたのか?」

 次の日、なるべく喧嘩したことを意識しないように学校に行ったら、先生が来る前にもう友達にそう言われてしまった。

「え……なんで?」とぼくはごまかし気味にいう。だって、なんか喧嘩してるって気づかれたら、嫌な雰囲気になっちゃうような気がするから。

「いや、なぁんか距離あるなぁって思ったからさ。もし、したんなら早目に仲直りしろよ。後々になると、しづらくなるからよ」とぼくにアドバイスをしてくれる。

「うん……」とぼくはとりあえずそのアドバイスを聞くものの、心の中ではなかなかその通りに仲直りできそうにないなって思ってた。

結局、その日学校で親友だった友達とは一言も話さずに家に帰ることになった。


 そんな感じで、ともだちのアドバイスを聞かなかった僕は、それから一週間同じような途端につまらなくなった学校生活を送って、日曜日になった。

 日曜日は小学校が休みで、学校に行かなくていい。それだけで、ちょっと気がラクになったような気がした。

 でも、もしこのまま仲直りができなくて、ずっと喧嘩したままだと思うと、悲しくて涙が出てくる。

 はぁ、どうやったら仲直りできるんだろう。ベッドに寝転びながら考える。わかんないな。でも、そういえばおねえちゃんに困ったときにお願いできる場所があるって聞いたことがある。そこにお願いすれば、仲直りできるかな? どこだったっけ。ぼくは思い出しながら、ベッドから起きて、おねえちゃんのところにいく。


「お願いできる場所……? あー、あったっけそんな場所。たしか、裏山の一本杉」

「いっぽんすぎ……?」と僕はききかえす。

「そう、うわさなんだけどね。その一本杉の根元にあるポストに願い事を書いた紙を誰にも見つからずに入れると、次の日にはその願いが叶ってるっていう……」

「へー」

「ふふ、でもなに、そんなこと聞くなんてあんた好きな子でもできたの?」

「ち、ちがうよ。そんなんじゃないから!」とぼくはあわてて、リビングから急いで階段をのぼって自分の部屋に戻る。

 まったく、おねえちゃんは優しいけど、時々ちょっといじわるなこときくんだよね。

 よし、じゃあ、と思いながら、机の引き出しの中から紙と白い便箋を取り出す。

 紙のほうには“ゆーくんと仲直りができますように”と書き、折りたたんで便箋の中にいれる。よし、これで準備完了。あとは、誰にも見つからずに一本杉のある場所まで行けばいいだけ。

 だから、ぼくは夜に向けて布団を頭からかぶって、眠りについた。


 それから夜になって、夕飯ぐらい食べなさいとお母さんに起こされ、お風呂に入って、歯磨きして、そして寝たふりをした。昼間に寝たおかげで全然眠くはならなかった。しばらくそうして布団にもぐってみんなが寝るのを待ってから、僕は着替えて、便箋と懐中電灯を手に持ち、家からそっと抜け出した。

 裏山と僕たちが呼んでいる山はぼくたちの行っている学校の裏からずっと続く山々の一番手前の山のことをいう。そんなに高くはなくて、昔はみんなそこで遊んでいたみたいだけど、今は怪我とかしたら危ないということで親や学校から禁止されている。

 だから、この時間にそこにいる人は誰もいないはずだ。家から自転車に乗って、学校の脇に停め、歩いて山を登る。一本杉といっても分かりやすい場所にあるわけでもなくて、懐中電灯で暗い山道を照らしながら歩く。

 それにしても、暗いなぁ。月も隠れちゃっていて、なんかお化けとか出てきそうな感じだし。もし、クマとかが出てきたら……、ダメだダメだ。考えちゃうと、なんか本当に出てきそうだ。

 おぼつかない足取りで、少しずつ山を登って行って、多分山の半分くらいの高さの所に一本杉と書かれた看板が立てかけてあった。懐中電灯の光を当ててみると、そこは分かれ道になっていて、山を登る道と、そこから横にでている道があった。看板の矢印は横の方を指していて、僕はその矢印通りに道を進む。しばらく進むと、見るからにほかの木より大きな木が道の横に現れた。

 このことかな、一本杉って。確かに太いし、大きいけど、でもポストって。一本杉の下には赤いポストなんかなくて、でも近づいてよく見てみると木に綱引きで使うような太い縄が巻いてあって、そこに木箱がつりさげてあった。赤くないし、ポストでもないけど、でもきっとこのことなんだろう。ちゃんと、いれるところもあるし。

 持ってきた便箋をその中に入れて、手を合わせて祈る。

 ゆーくんと仲直りができますように。

(がさがさっ)

 そのすぐあと、後ろで草をかきわけるような物音がきこえてきた。

 も、もしかして、クマとかかな……。でも、そんなに大きい音じゃないし、別に大丈夫だよね。

 その音にちょっとびくびくしながら、おそるおそる振り返って、その場所に懐中電灯で光をあててみる。僕の腰くらいの高さまである草ががさがさとゆれていて、しばらくして茶色の塊のようなものがばさっと僕の目の前に躍り出た。

 ぼくはその勢いにびっくりしてしまって、「ひっ!」とみっともない声を出しながら、一本杉に背中を預けるような形で尻餅をついてしまった。

 その塊は、じりじりと少しずつ僕の方に近づいてきて、あわててその塊に光をあてると、それは茶色い塊の何かじゃなくて、僕の体くらいの大きさのあるきつねだった。きつねなんか見たのは初めてだったけど、それでもそうと分かるくらいきつねらしいきつねだった。

「な、なんだ、きつねか……」と僕はほっと一息ついて、そっときつねをおどかさないように静かに立ち上がる。そして「ご、ごめんね、びっくりさせちゃって」って謝りながら

そそくさとその場を離れて、山を下った。

 はぁ、びっくりした。だけどまだクマとか恐い動物が出てくるよりはマシだったのかな。でも、そっかぁ、この山にきつねっていたんだね。

 そんなことを思いながら、その夜、ぼくの仲直りのための一人きりのちょっとした冒険は誰にも気づかれないまま布団に入って無事終了した。


 次の日の朝、気付くと僕の頭のすぐ横では目覚まし時計が忙しくうるさく鳴っていた。

指している時間は八時……。しばらく寝ぼけ眼でその時間をぼぉっと眺めて、次の瞬間には慌てた。

 やばっ、八時って、学校八時二十分から始まるのに。急いで布団から飛び上がって、着替えながらランドセルに筆箱とか教科書を入れる。

 すると、視界の端に机の上に白い便箋が置いてあるのが映った。

 あれ、この便箋って昨日の夜たしか……、と不思議に思って手に取り中身を開けて見てみようとしたとき、

「ひーくん、早くしないと学校遅れちゃうわよ! はやく起きなさい!」とお母さんの声がして、「起きてるよ! 今行くから!」と反射的に返事をして、手に持っていた便箋をポケットに押し込んで、ランドセルを担ぎながら急いでリビングに行って食パンをくわえながら「行ってきます」と大きな声で言いながら走って家を出た。

 

 学校の教室に飛び込んだ時見えた時計の針がさしていたのは八時十九分。「ギリギリセーフ」とつぶやきながら、自分の席に着く。直後にチャイムが鳴って、「よーし、じゃあ出席とるぞ」と先生が言って出席をとりはじめたとき、ガラッという扉を開ける音が教室に響いた。

「ふぅ、ギリギリセーフ」と言いながら、教室に入ってきたのは僕の親友だった友達。真面目なあいつにしては珍しいなって思った。

「先生、今俺セーフですよね?」と確認し、

「ああ、だからさっさと席に着け」と言われていた。タイミングだけで言ってしまえば僕とほとんど同じ。喧嘩している最中なのに、気が合ってるのかあっていないのか、まったくよくわからない。

 でも、あれ、てことは僕たちはまだ仲直りしてることにはならないのか。少なくとも、僕がこう思ってるってことは。

 はぁ、結局うわさはうわさだったってことなのかな。無駄足になっちゃったな。

 そんなこと思っていて、どうやって仲直りすればいいかな、と考えているといつの間にか出席は終わっていて(自分がいつ返事したのかも分からなかった)気付くと、「ヒイロ、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」と一週間ぶりにゆーくんに話しかけられていた。

「う、うん、大丈夫だけど……」といきなりのことにどぎまぎとした返答をして、教室の外に出たゆーくんの後についていった。

「あのさ……これ、なんだけど」と言って、取り出したのはどこかで見覚えのある白い便箋……、ってあれ僕が昨日ポストに入れた便箋じゃ……。

「え、なんで……?」と反射的に言葉に出る。

「やっぱりな。これお前のだったんだな。悪いけど、中身みせてもらったよ」と言って、便箋の中から取り出した紙には僕の字で“ゆーくんと仲直りできますように”と書いてあった。

「ちょっと、待って、それ僕も……」

 そうだ、だけどおかしい。ぼくは今朝、その便箋と同じ物が枕元にあって、昨日の夜あのポストに入れたはずなのにここにあるのは不思議だなと思っていて……。そこまで考えて僕はポケットの中から今ゆーくんが持っているのと同じ便箋を出し、中から紙を取り出してみる。そこには“ヒイロと仲直りできますように”とゆーくんの字で書いてあった。

「てことは、これはゆーくんので……」

「……」

「……」

 お互いがお互いに仲直りしたいと思っていて、なぜだかわからないけれどその気持ちを書いた紙を入れた互いの便箋を互いが持っていた。そんな状況がぼくたち二人の間にあるってことをのみこめてから、しばらくの間沈黙が広がった。

 気まずいというわけではなく、なんて話しかけていいのか分からない。言ってみればそんな状況。だけど、それも長くは続かなかった。

「……ふふっ」

 はじまりは僕だった。なんだか、今ぼくたちの置かれている状況を考えてみると、すごく奇妙に思えてきて笑いが自然と抑えようと思っても出てしまった。

「なんでおま、ぷっ、わらっ、はははっ」と、つられ笑いというのか、ゆーくんも僕と同じように笑い出した。

「いや、ふふっ、だって、おかしっくて、ふふっ」

「はははははっ、そりゃ、おかしっ、だろ」

「ふふふっ……。ふぅ、ほんと、おかしいや」

「ははっ、だなっ。俺達、喧嘩しててまだ仲直りなんてしてないはずなのに」

「前までと、同じように話してる」

 それはつまりもう僕たちは仲直りしてるってことで。

「ああ、そうだな。…………今思うと、俺が悪かったな、ごめん」

「いや、僕の方こそ悪かったよ、ごめん」

「……握手でもするか?」

「仲直りの証に、とかで?」

「ああ、そういうのがあったほうが分かりやすくないか?」

「そうだね」

 そうして、ぼくたち二人はお互いの右手を差し出して、握って、そこにある温もりを感じて、仲直りした。

「それにしても、ゆーくんももしかして一本杉のポストのところに行ったの?」

「てことは、やっぱりヒイロも行ったのか?」

「うん、行ったよ。朝、起きたら枕元にこの便箋が置いてあった。てか、なに、だからゆーくん今日はめずらしく遅刻しそうになったの?」

「そうだよ。にしても不思議な話だよな。お前もちゃんとポストの中に便箋入れたんだろ?」

「うん、入れたよ」

「なのに、家に帰って、朝起きたらお互いがポストに入れたお互いの便箋を持っているなんて……」

「キセキ、とかかな」と目を輝かせながら僕は尋ねる。

「かもな……」

(キーンコーンカーンコーン)

 僕たちがそんなことを話していると授業が始まるチャイムが鳴って、結局その話は途切れちゃって、僕たちの仲は自然と元通りになって、その話をすることもその日はもうなかった。

 

「きつねぇ……?」と先生は頭をひねる。

 朝、ゆーくんと仲直りして、でもやっぱりお互いがお互いの便箋を持っていたなんて不思議で、ほんの思い付きで先生に裏山にきつねがいるのかを聞いてみた。確信なんてなくて、ただちょっと昨日あったことで不思議だったことがそれくらいしかなかったから。

「んー、いないいない。そもそもきつねってのはこんな人のいるところには出ないよ」

「でも、ぼく昨日見たんですけど。裏山で」

「裏山ぁ? お前、そこ行っちゃ駄目だろう。危ないんだから」

「すみません。でも、裏山にもきつね、出ないんですか」

「うーん、聞いたことないなぁ。ん、だとしたら見間違いかなんかじゃないのか」

「え……」

「お前、昨日裏山のどこで見たんだ?」

「一本杉の……」

「やっぱりな」

「やっぱりって、どういう……?」

「あそこはな、稲荷神社なんだよ」

「いなり……」

「平たく言えば、きつねを祀ってる神社。昔から、きつねは神様の使いとして……、ま、この話は今はいいか。とにかく、その一本杉はその神社の神木で、今じゃほとんど人が行きゃしないが、きつねの像もある。だから、それを見てきつねと間違えたんだろう」

「そう、かもしれません……」

 決して納得したわけじゃないけど、興味深い話を聞けた。僕が遭ったのは紛れもなく生きているきつねだったけど、もしかしたら神様のところから来たきつねかもしれない。どっちが本当かは分からなくて、だったら確かめてみるしかない。


 今度は別に誰かに見つかっちゃいけないとか、そういうわけじゃないから学校が終わってから家に帰って、すぐにまたあの一本杉の所に行った。

「んー、確かにちょっと字が掠れてて昨日は分からなかったけど、看板の一本杉の後には“稲荷神社”って書いてある……」

 そこからちょっと進むと、道の脇に一本杉があって、その先には鳥居とお賽銭箱があった。

「やっぱり、ここ神社なんだ……。あれ、でも先生が言っていたきつねの像ってどこにも……」

 見渡してみると、きつねの像なんてものはなかった。だけど、石でできてる台みたいなものが僕の目の前にあって。

(がさがさっ)

 そんなこと思っていると昨日と同じように草むらの葉がゆれる音がして、昨日とまったく同じように道の横の所からきつねが出てきた。

 今度はさすがに明るいし、びっくりもしなかったけれど、草むらから出てきたきつねにしばらく見つめられて、それから僕の目の前にある石の台の上にきつねが乗って、気付くと灰色で固くて冷たい石像になっていた。

 全然何が起こったのか分からなくて、そのきつねの石造を触ってみたり、叩いたりして見たけど、石像は石像のままで変わりはしなかった。だから、ちょっと混乱した。

 でも、多分、なんとなくだけど、ぼくは確信することができた。

 きっと、今朝ぼくたちの家にお互いの便箋があったのはこのきつねのせいなんだって。

 なんとなくだけどね。

 だから、僕はそのきつねの石像の前で手を合わせて、

「きつねさん、昨日はどうもありがとうございました」とお礼を言った。

 だって、きっとこのきつねがいなかったら、僕たちはまだ喧嘩したままで、もしかしたら一生そのままだったかもしれない。

 だから、ありがとうございました。

 今度、油揚げでも持ってきてお供えしておこうかな。きっと、誰も来なくて寂しいだろうし。

 僕は来た道を戻ろうと踵を返して、そして思った。

 でも、これって、やっぱり奇跡だよね。 

 だってお互いの仲直りしたいっていう気持ちなんて普通分からないもん。

僕たちが仲直りできたのはきっとそんな奇跡のおかげ。

 だからさやっぱり、仲直りは早くしておいたほうがいいっていうアドバイスは聞いておいた方がよかったんだ。

 もちろんそれができないときだってある。だから、そんなときは自分の願いを口に出してみればいい。紙に書いたっていい。もしかしたら、それを神様が見たり聞いたりしていて叶えてくれるかもしれない。

 だけど、きっとそうじゃなくても、そのときにはもう自然と仲直りになっている。

 なんでか分かるかな? 少し前の僕には分からなかった。けど今の僕には分かるんだ。

 

 つまり、それが仲直りの秘訣ってこと……。

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