平和は何処、遙か彼方

山葵醤油

第1話 プロローグ

『ーーーーーーーーッ!!!』

目の前の怪物から放たれた咆哮が大気を震わせる。ただそれだけのことでその場にいた生徒の大半が膝をつき、己が怪物に貪り食われる未来を幻視した。腰を抜かし、体に力が入らなくなった1人の女子生徒へ向け、怪物が動き出す。最悪の未来が現実のものとなるにはそう時間はかからないだろう。


それを阻止するべく、かろうじて威圧をしのいだ少数の者たちが震える膝を抑えながら立ち上がる。そして長剣や斧、短槍といった各々の武器を手に取り、怪物へと突き立てた。


しかし、立ち上がった者達の気力を振り絞った一撃は、怪物の鎧のような筋肉とそれを覆う分厚い緑の肌に傷一つつけることなく阻まれた。自分の攻撃が全く意味を成さないことをまざまざと示され一瞬呆気にとられてしまった彼らへ怪物の丸太のような腕が横薙ぎに振るわれる。少女の為に立ち向かった勇敢な者達は紙のように吹き飛ばされ、再び立ち上がることはなかった。


もう自分を邪魔する者がないと見て、【オーガ】と呼ばれる緑色の大鬼は当初の獲物へと向きなおる。されどもそこに肉の柔らかそうな食餌はどこにもなく。いつの間に入れ替わったのか、線の細い少年が無機質な半目でオーガを見据えている。


ご馳走を奪われたオーガは苛立ちのままに拳を振るう。先程10人余りをまとめて戦闘不能に追いやった豪腕が、決して屈強には見えない少年を襲い…


何も捉えることなく振り切られた。

その事をオーガが疑問に思う間も無く視界がブレる。一瞬の浮遊感の後に後頭部に激痛が走り、オーガの意識は途切れた。

多くのヒトを恐怖に陥れた人喰い鬼が最後に見たのは、変わらず無機質な目をした少年が、地を這うアリでも見るかのように自分を見下ろしている光景だった。

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