第5話 猿文明万歳
「こんにちわ」
声のする方を見ると家の門前に猿が立っていた。
その猿は服を着て頭には大きな葉っぱをのせている。
たかし君はキョロキョロと辺りを見回した。
「こんにちは」
また声が言った。
たかし君は猿を見た。
「私です。喋っているのは私ですよ。こんにちわ」
確かに声は、猿の口から発せられている様だ。
猿にしては少し大きい。
「あのですね、挨拶にうかがいました。このたび、裏山に村ができまして、それのお知らせに来ました。あの、ビックリなさらないで。私は猿なのですが、人間の言葉が喋れます。裏山の家のテレビを見て覚えたんですよ。おもしろいですよねテレビ。私はテレビが大好きなのです。けど、人間が何を言っているのか解らなかった。しかしですね、最近、解るようになったのです。これも神様の仕業でしょうか。ありがたやありがたや。それで、私は仲間の猿を集めて、みんなに人間の言葉を教えました。それから、みんな頭も良くなって、みんなで村を作ろうと言うことになりまして、それで村ができたんです。私達は猿です。猿が村なんて作って生意気だと、人間は思うかもしれません。だけど、私たちを嫌わないで欲しい。私はそれが心配なんです。それで、私は町の人々に挨拶に来たわけなんです。それでですね、ぜひ、町長さんにお会いしたいと思っております」
猿がここまで言うと、
「あ、猿が喋ってる」
と声が聞こえた。
猿から少しはなれた所に、隣の家のお姉さんが立っていた。
「あ、どうも、こんにちは。私は裏山の村から来た猿です。あのですね、猿が喋るからといって、あまり驚かないでくださいよ。私はあなたをビックリさせたくありません。ましてや、あなたに危害をあたえるなどという事はありません。はい、神に誓ってありませんよ。私は町の人々に挨拶に来たのですよ。町長さんに会いに来たのです。それを今ですね、こちらのお坊っちゃまにお話していたのです。私もまだ言葉が話せるようになってから日が浅い。だからまだ、人間の大人は怖いんです。だから、こちらのお坊っちゃまにお願いしていたのです」
猿は隣の家のお姉さんにそう言ってから、たかし君に向き直った。
「あのですね、また明日うかがいます。今日はすみませんでした。いきなりで、ビックリされたでしょう。私も知らない猿に話しかけられたら、それはビックリしますよ。ごめんなさいね。それでも、私たち猿は、あなたたち町の人間と、話し合う必要があると思ったのです。私たちは山の中の村に住んでいますが、最近の山の木々や草、虫、それに動物の変化が大変な事になっているのです。あなた達もお気づきでしょう。それで私たち猿が山の中で生き残るのは大変な事になってきました。ぜひ、町長さんにお会いしてお話がしたいのです。お願いします。どうか町長さんにこの事を伝えてくださいませ。明日、また来ます。では、失礼しました」
猿はお辞儀をすると、とぼとぼと二本足で歩いて去った。
「たかし君、何あれ?」
隣の家のお姉さんが言った。
「知らない」
たかし君は言った。
「ふーん、ついに喋る猿まで出てきたか。どうなっているんだろうね世の中は。あ、でね、これ、またたかし君宛にメール来てたから持ってきたよ」
お姉さんは、紙に印刷した未来からのEメールを、たかし君に渡した。
「たかし君も大変ねえ。色々と忙しいわねえ。メール、また何かお願い事みたいよ」
未来からのEメールは三日に一通は届いた。
差出人はひみこ。
毎回、何か神社の石碑の下に埋めてくれというお願いが書かれてあった。
人類の未来を救うために。
その度に、隣の家のお姉さんが手紙と一緒に埋める物を持ってきてくれる。
「なんか、今回はたかし君の髪の毛を、埋めてくれって書いてあったわよ。何に使うのかしら。クローン人間でも作る気かしらねえ」
お姉さんがそう言うと、たかし君は嫌そうな顔をした。
「ねえ、たかし君は未来の世界を救うのに忙しいし、猿の事は町長さんに、私から話しておいてあげるから、任せておいて」
とお姉さんは言った。
次の日。朝から、町長さんが家に来た。
たかし君とその家族、隣の家のお姉さん、警察官、消防隊員、新聞記者、テレビ局などが、たかし君の家で猿が来るのを待っていた。
台所では、町内の夫人の会の人たちが、ご馳走を作っている。
町内から集まった男たちは居間で話し合いをしていた。
子供たちは門の前で声をひそめて猿が来るのを待っていた。
昼頃に猿はやってきた。今度は一匹ではなく、三匹でやってきた。
「この度は、皆さんにお集まりいただきまして、まことに感謝しております。私は猿の猿一、こちらが猿次、そしてこちらが猿三郎ともうします」
たかし君の家の居間で三匹の猿と大勢の人間の会議が始まった。
日本語を話す猿に人々は見入った。誰も音もたてない。
「私は、町長の町田といいます。あの本当に何といいますか、ビックリしております。ここ最近の環境の変化の激しいのには、驚いておりましたが、今日これほどの驚きがあろうとは、思ってもおりませんでした。まさに何といいましょうか、未知との遭遇と言いましょうか」
町田町長は視線を床に下ろした。
「はい。私も人間の言葉を話して、人間と交渉をするような事になるとは、思ってもおりませんでしたから、あなたのお気持ちも分かる気がします」
猿一が言った。
「交渉ですか?」
「はい、今日は交渉に来ました」
人々はザワザワとし始めた。
「まず、始めに、私達猿は人類です。人間の言葉を話せる猿は人類でしょう。私達は新しく人類に加わった人間なのです。しかし、あなた達人間と私たち猿が交わるような事は無いでしょう。猿とあなた達人間とでは別の人類だと言えるのです。そこでです。人類同士ではもめごとが起る可能性が高い。あなた達が私たちに危害を加えれば、私達はそれに報復するでしょう。逆もまたしかり。私達があなた達を害すれば、あなた達も私達に報復するでしょう。私達にはルールが必要なのです。私達に争いが起らないように。そして、この大変に変化している世の中で、共に生き残るためにはお互いに強力が必要なのです。お願いします。今日はこの様なお話をさせてもらいに来ました」
うーんなるほど、と唸った町田町長。
それにしても相手は猿なのだ。
どうしたらよいものか。
情報が必要だった。
人々は猿に色々と質問した。
猿は人間の事をかなり知り尽くしている様だった。
人間の知らない猿の情報は多かった。
分かったことは、猿の村の様子、村に居る猿の数が千を越える事、日本中の猿が言葉を話し出したことなどだった。
そのような事が分かっても、誰もどうしたものか分からなかった。
しかし、どうして猿が喋りだしたりしたものだろうか。
とても面倒な事になったものだ。
町長は言った。
「あなたたち猿がですね、新しい人類だというのは、正直どうも納得がいかない。昨日まで猿だったものが今日は人類だという。いくら日本語を話して、あなたが人だと言っても、私たちに混じって生活をするのは無理でしょう。猿と人間は今まで別物だったのですから、これからもそうでしょう。猿は山の猿の村で生き、我々は我々の世界で生きる。その内に置いては争いも起こりにくいでしょう」
町田町長はため息をついて、上を見上げた。
「正直、まったくどうしたものか、分かりません。今一番の問題はあなた達猿が言葉を話しているという事です。これが進化というものでしょうか。あまりにもとっぴな話じゃないですか」
それを聞いて猿が言った。
「いや、まったくその通りで。おかしなものですね。ついこの前までウキーとしか言えなかった私が喋り出したのですから。それに食べ物以外の事も考えられる様になりました。本当に、とっぴな話です。いやいや、でわ、そろそろおいとまします。我々が帰らないと、村の者達が心配しますので。まあ、今日は挨拶ということで。お会いしてくれて有難うございました。それではまた、さようなら」
三匹の猿はぴょこぴょこと歩いて山の方に帰って行った。
その後、交渉と称して猿は町にはやって来なかった。
たまに、物々交換をしてくれと言って、木の実やキノコなどを持ってやって来る。それと引きかえに民家の家の庭に転がっている粗大ゴミなどを持って行く。粗大ゴミの日に来ては、古いコンピューターや家具を持って行った。猿は人間のゴミをリサイクルしていた。
気がつくと、猿の村から町へと道ができていた。
その道を行ってみると、猿の町が出来上がっていた。その光景は、江戸時代の様だった。木造の家。商家。その木造の家の屋根に何処から手に入れたのか分からないが、ソーラーパネルが取り付けられていた。
自転車に乗った猿。下駄をはいた猿。タバコを吸う猿。携帯電話で話す猿。
そこには人間が関わった痕跡があった。
猿達と人間達は、こっそり取引していたようだ。噂では各国の政府が猿達と取引をしているとか、ヤクザが裏に居るとか言われていた。
言葉を喋る猿を見るために、沢山の旅行者がやって来た。
猿の町はそのおかげで、大変に発展した。
短い期間に猿の町は、色々な人種が住む都市へとなった。
技術力が上がり、新しい文化が芽生え、一大猿文明が起った。
猿文明にあやかろうと人間は、積極的に猿と交流する様になった。
猿の文明はこの激変した世界にとても順応したものだったからだ。
人々は猿文明無しには生き残れなかっただろう。
ああ、猿文明万歳。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます