グランド・アリツカゲラ・ホテル
ノルウェー産サバ
ようこそ、お待ちしておりました。
「いらっしゃいませ――ああ、あなたでしたか。お待ちしておりました。ご案内します。」
アリツカゲラはにっこり笑ってその日一番の賓客を迎えた。「粗相のないように」と何度も念を押されていたので、普段よりもやや緊張した面持ちだった。この”ロッジ・アリツカ”も今日ばかりはこのお客のために名を改める。
「ようこそ、グランド・アリツカゲラ・ホテルへ」
◆
アリツカゲラにこの話が舞い込んできたのはつい先日のことで、彼女に言わせれば「全くの寝耳に水」の話だった。
その日、博士と助手がロッジで執筆作業に勤しむタイリクオオカミのところへ、「ホラー探偵ギロギロ」シリーズの最新作「ある閉ざされた雪山で〜ダイアウルフ山荘の怪事件〜」の印刷部数とその対価について相談に来ていた。1時間ばかり相談していたかと思うと、博士たちは部屋から出てきていそいそと帰り支度を始めていた。
「うぅ……こわいのです、オオカミはとんでもないものを作るのです」
「そうですね、博士。しかし、こわいものすら楽しんでしまうのが我々賢者なのですよ」
オオカミの原稿らしき紙の束を抱えながら近づいてきた博士たちにアリツカゲラが声をかけた。
「あ、博士さん、助手さん、もうお帰りですか。もう少しゆっくりしていってくださればいいのに。もうすぐアミメキリンさんが帰ってくる頃です、彼女があなたたちに会いたがっていましたよ」
受付に立っていたアリツカゲラに気づいてそちらを向くと、博士はやれやれといった風に首を振った。
「いや、今日のところはもう引き揚げるのです。必要なことは話しましたし、オオカミは我々を驚かせて楽しんでいるのです。まったくこの島のオサをなんだと思っているのですか……それに……」
「アミメキリンに捕まっては大変なのです。延々と的を外した推理譚を聞かせられるのです。この前はひどい目にあったのです……それではまた」
助手が言い終わるや否や彼女たちは出口に向かおうとしたが、ふと思い出したかのように博士がアリツカゲラの前で立ち止まった。
「ああ、ひとつ、忘れていました、危ないところだったのです。あなたにお願いがあるのです」
「お願い、ですか?」
博士がかいつまんで話すと、アリツカゲラは驚いたような声をあげた。
「お誕生日会? しかもこのロッジ・アリツカを貸切で?」
その通り、というように大げさに頷いた博士。しかし、アリツカゲラにはお誕生日会というものがよくわからなかったので、そこのところを質問する必要があった。
「お誕生日会というのは」と助手が口を開いた。「この世に生を受けたことをお祝いする集まりのことなのです。ヒトはお互いにお誕生日を祝いあう風習があるらしいのです、本に書いてあったのです」
そんなことも知らないのか、と助手の顔に書いてあったが、アリツカゲラにはまだ重大なことが見落とされているように思われた。
「しかし、生まれた日なんてわかるのですか? 少なくとも私は自分の生まれた日なんて知りませんよ? それに、そもそも誰のお誕生日を祝おうっていうんです?」
「そう、よく気がつきましたね」と博士。「何を隠そう、今回のお誕生日会はあのジャイアントペンギンさんのために行うのですよ」
「えっ、あの?」
「そう、あの、です」
ジャイアントペンギンといえば、随分と昔、それも大昔に絶滅した動物で、ジャイアントペンギンさんはその化石にサンドスターが当たってフレンズ化したという話だった。フレンズとしては小柄だが、フレンズ化前は人間と比べても遜色ないほどガタイのいい動物だったらしい。その特徴が今でもその堂々とした
「はぁ、それにしても急にまたどうして?」
「それがPPPの5人に頼まれたのです」
アリツカゲラの疑問に博士が短く答え、一呼吸おいてさらに話を続けた。
「ペンギンのフレンズというのはそう多くいるわけではないのです。まぁこの島ではPPPの5人がほとんどすべてのペンギンなのですが、ここにジャイアントペンギンさんという存在もいるわけです。しかし、彼女は歌や踊りがどうも苦手なのでアイドルをやるわけにもいかず、自然とPPPとは離れていることが多いのです」
「でもペンギンというのは仲間と一緒にいることでとても安心するフレンズなのです。ジャイアントペンギンさんは気丈に振舞っていますが、あるいは心の中で寂しい思いをしているかもしれない、そう思ったPPPの連中が華々しく彼女のお誕生日会を開くことを思いついたのです」
「いい話ではありませんか。是非とも協力させてください」
アリツカゲラが感動した声でそう言うと、博士たちはニヤリとした。
「それでは、まずこのロッジ中を飾り付けるのです。それに料理の準備が要りますね。火を使えるヒグマはこちらで用意しますので、材料の準備や調理の手伝いを頼むのです。それから――」
博士は助手に目配せをした。了解した助手が話を継いだ。
「”ロッジ・アリツカ”では名前が地味なのです。我々がいい名前を考えてきたのです。”グランド・アリツカゲラ・ホテル”というのはどうです。ものの本からちょいちょいと拝借したのです、かっこいい名前でしょう」
「ええ?! しかし、うちはロッジですし……そんな名前付けられても……それに博士、ジャイアントペンギンさんのお誕生日は結局いつなんですか?」
「細かいことを気にするのですね……いいですか?……思い立った日がお誕生日なのです! 5日後に開催です! これは決定です! それではさらばなのです!」
さらばです、と続く助手と連れ飛んで行ってしまった博士らは、”グランド・アリツカゲラ・ホテル”についての不満を聞く気は一切ないようだった。呆然として見送るアリツカゲラ。
「まったく、こっちの言うことを聞かないんですから……」
しかし――――
「まぁ、頑張りますか!」
大事なお客のためとあっては引くことはできないし、そのつもりもない。アリツカゲラは5日後、”ロッジ・アリツカ”もとい、”グランド・アリツカゲラ・ホテル”の支配人となる決心をしたのだった。
◆おしまい
グランド・アリツカゲラ・ホテル ノルウェー産サバ @siosaba
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