竜の牙
浜 彩水
序章
第1話 来襲
黒い炎が街を焼く。鋭い爪が人を裂く。
深紅に染まった黄昏の下、街の人々は恐怖に怯え、目に涙を溜めながらただ必死に走っていた。
背後の、異形の敵から逃げるために。
「助けて…助けて!!殺される…!!」
「いやだ、怖い…!…ぎゃぁぁっ!!」
「助けてください…子供がやられたんです!あの怪物たちに襲われてっ…!」
「なんだよ…あれ…何なんだよあいつら!!」
昼間の人々の平和な笑い声は、夕暮れ時に悲鳴に変わった。家屋は壊され神社は焼かれ、深い爪痕が刻まれた大きな鳥居がぐらりと倒れて、民家を押しつぶしていた。
この街は「彼ら」によって、血の色をした空を地上の黒い火炎が仰ぐ、地獄と化した。
「彼ら」に酷い怪我を負わされた人々は、血を流しながら道に横たわって呻いている。
「うぅ…痛い…!あいつらに肩を噛まれた…!」
「逃げろ…みんな…っ、あいつらは…、恐ろしい、
何の罪もない人々を無差別に襲う、
血に飢えていて獰猛で、目を爛々と光らせ、人間を刺し貫いてはその鋭利な爪や角に生き血を啜らせた。
民衆だけでは飽き足らず、妖達は牙の生えた口から黒い炎を噴き出し、それまで人間たちが暮らしていた街までもを破滅に追いやった。
邪悪な程に黒く猛る炎の威力は凄まじく、木造の家々に放たれようものならば、まるで地獄の業火のように燃え盛り、暗闇が広がるかの如く街を焼き尽くした。この街で長く愛されてきた桜並木も、幹ごと黒く
人々の中には、どうにか妖を追い払おうとして武器を持ち立ち向かった勇気ある者もいた。
各々刀や
にもかかわらず、理不尽にも妖達の方は絶えず人間を傷つけることが可能なのだ。未知の敵に手も足も出なくなった人間達は、もはや天に助けを乞うしか出来なかった。あのお方なら、きっと自分たちを助けてくれる筈だと。
「
「ああ…神狼シロガネ様…私たちを救ってください…っ!!」
だが、赤黒い空に向かって捧げた祈りも虚しく妖は止まることを知らないままであった。最期まで、救いの手は差し伸べられなかった。
それからどれ程時間が経ったかは分からない。暴れ尽くした妖たちはその後、
家も、家族も、恋人も——何もかもを失い、残された数少ない民衆は、まるで嵐が過ぎ去った後のような砕片の山と化した自分たちの街を、ただ見つめる事しか出来なかった。
どうして突然自分たちを襲ってきたのかすら皆目見当もつかない災厄の如き「彼ら」に、人々は絶望した。
火を吐き人を裂くにも関わらず、自分たちの攻撃が一切通らないあれを止めることなど絶対に不可能であると。
一体誰が、あんな化け物に勝てるのかと。
——その時までは誰も、あの男が立ち上がるなどとは思っていなかった。
竜の牙 浜 彩水 @sousaku
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