双子人魚の沈没船:参加人数四名

プリプレイ 双子人魚の沈没船

この世界は娯楽に飢えていた。


小説、アニメ、漫画、スポーツ、ギャンブル、あるいは近所の友達とのバカ騒ぎ。大雑把に区分けしてもこれだけの娯楽が存在するが、それでもまだまだ足りなかった。


そして、あるとき誰かがこう言ったのだろう。もっと激しい娯楽が欲しいと。


故に、デスゲーム『ゴーストセッション』は産まれた。誰が産んだのかはもうわからない。運営に傅くヒューマノイド、ナイトメアですらも。

わかる必要はないし、そもそも知ったところで何になるというのだろう。新たな娯楽が産まれるのに理由はいらない。仮に存在したとしても『退屈で死にそうだったから』という、薄っぺらな事実だけだ。


さて、ゲームの運営に所属するナイトメアの一人、シリウスは、真っ暗な空間でスポットライトを浴びながら、満面の笑みを浮かべていた。


前回に回したゲーム、キャプテン・メランコリックの海賊船の評価が上々だったからだ。

シリウスは、ライトで照らされていない虚空に仰々しく演技かかった口調で告げる。


「もっとエンターテイメントを! もっとカタルシスを! ワタシと彼らならきっと可能デス!」


闇の向こうから誰かが問う。

具体的に何が欲しい?


「参加者デス。ワタシが指定した人たちに、今夜のゲームへの参加を促してください。あ、小雨さんと滝さんにはワタシからスカウトかけマスので」


闇の向こうからまた声が。

一体何を見せる気だい?


その問いに対し、待ってましたと言わんばかりのキラキラ輝く笑顔を見せ、シリウスは答えた。


「ゲームを! 血の凍るようなゲームを! 魂が震えるようなゲームを! そして、ワタシ自身が見たくてしょうがない、彼らの叫びを! 希望を! 絶望を! 命の証を! 意思を! 絆を! すべてすべてすべてッ!」


いいだろう。キミは稼働開始から随分といい働きを見せてくれた。それに少しばかり報いるのも悪くない。

闇の向こうの肯定の声を聞き、興奮極まったシリウスは、畏まった調子で頭を下げる。


「ご期待に応えましょう。そして、その暁には、ワタシを……」


もちろん、考えておくさ。

そして、闇の向こうにあったはずの気配は完全に消え失せる。後に残されたシリウスは、上機嫌で頭を上げ、踵を返してスポットライトの明かりの外へと歩き出した。


「さあ。次のゲームの始まりデス。ワタシをガッカリさせないで……ね?」


◆◆

どうしてこうなったか、と問われれば答えることは簡単だろう。

ちゃんと落ち着いて頭を働かせることさえできれば。


「……何故俺は滝に抱き着かれた状態で眠っているんだ?」


さて、状況を整理しよう。ここは晃の自宅兼職場。いつも彼とくだらない話を喋って時間を潰している茶亭の二階。その一室。

終電を逃し、家に帰れない状態の二人を、嫌々ながらも押し切られた晃が通したのは、どういうわけだか家を空けることが多い彼の姉の部屋だという。


『別にこの程度でガタガタ抜かすような狭量な人じゃないし、そもそも滝は何回か姉さんと一緒にその部屋で寝てるし、多分大丈夫だよ』


なんだかんだで世話好きで、しかも心優しい少年の言葉に甘え、まだ見ぬ彼の姉にも感謝しつつ、滝と小雨は一緒の部屋の一緒の布団に潜り込み……


そこで何かが狂った。いや前提からおかしかった。


――いや待て。なんでそもそも一緒の部屋で寝てるんだ!?


念のために確認するが、お互いに着衣にはほぼ(異常な)乱れはなく、きちんと昨日の風呂上りの後で着ていたのと同じものを着こんでいる。特に口にするのも憚られるような行為は行っていない。


段々と小雨の思考がはっきりしてくる。

そう、彼女の精神疾患が原因だ。すぐに思い当たる。


彼女、霊院滝れいいんたきなのだ。

暗い部屋では一人で寝られないほどの。


――段々と思い出せてきた。コイツ、確か昨日はこう言ってたな。


記憶が芋蔓式に蘇ってくる。


『普段の私は寝るときに、アンパンさんのぬいぐるみを抱いてないとダメなんだ。アカネ姐さんの隣で寝るときも確実に持参している。が! 今回はないので、お前がアンパンさんの代わりになれ。頼んだぞ!』


おかしい。狂ってる。間違ってる、と思いながらも押し切られ、一緒の布団で寝ることになり、やきもきしながらもゲームの疲れからすぐに泥のように眠ってしまった。

そして現在、朝。すっかり辺りは明るくなり、もうアンパンさん代行はしなくてもいい。しなくてもいいはずなのだが。


「お、おーい滝……朝だぞー……」

「んん……知らん……」


まだ眠っている。すやすやと、気持ちよさそうに。声をかければ最低限、凄まじく不機嫌そうな顔になりながらも返事はしてくれるので、眠りは浅いようだが。


「いや知らんって言われても……」

「眠い。今日土曜だから別にいいだろ……」

「明るいからもう俺いなくってもいいだろ?」

「……ふんっ」


小雨が先ほどから滝から逃げられない理由はたった一つ。腕に絡みつかれているからだ。体を預けるような密着感で、しっかりと逃れられないように。


その束縛が今、強くなった。何故かは知らないが。


女性特有の体の柔らかさがダイレクトに伝わってくる。あの海賊船のときとは違い、お互いにかなり薄着なのでたまったものではない。

体温、吐息、触覚、匂い、そのすべてが小雨の中の理性を甘くドロドロに溶かしていく。リアリティ皆無の身体能力を持つこの少女は、数多くのシンパを作るほどの絶世の美貌の持ち主でもあるのだ。


「ああーーーッ! やばい! これは多分やばい! 昨日の時点でとても危なかったけど!」

「眠い。うるさい。黙れ」

「もちろんそっとしておいてあげるよ! 俺を開放してくれたらなぁ!」

「そんなわけに行くか」

「なんで!?」

「別にいいだろ? どうせこの時間になったら晃は店で仕込み。二人きりなんだから誰に憚ることもない。アカネ姐さんはしばらく新宿で別の仕事らしいし……あ、いや下北沢で優雅な休日だったっけな……」


こうして話している内に、彼女の目も覚めてきたらしい。既に目を開けて、小雨とばっちり目を合わせている。至近距離で。

少しばかり顔が赤くなってきているが、これはおそらく小雨の気のせいではないだろう。


「眠いから、もうちょっと……」

「もう完全に起きているように見えますが?」

「……眠い。眠い眠い眠い」


もうまともに話すつもりもないらしい。

何故かはまったく想像つかないが、どうも滝は小雨から離れたくないようだ。既に外も、部屋の中も太陽の光で満たされているのだが。


「……ああ、もう。勝手にしてくれよ」

「するともさ。ああ、そうさせてもらうぜ。この幸せを簡単に手放すわけが……」


真っ赤な顔でニヤける滝に、なにか危ないものを感じはじめたそのときだった。廊下から、ドタドタと足音が聞こえる。


「ああ、こら! お前っ! 土足で人ん家に入るな! っていうかどこから入った!?」

「ナイトメアに侵入手段は必要ないのデス! テレポーテーションできるので!」


怒鳴る声は晃のもの。そして、もう片方の声は。まだ耳に残っているあの崩れた日本語を操るのは――


「グッモーニンお二人さーーーん! あなたのシリウスが迎えに参りましたよーーーっと!」


部屋のドアを明るく開けたのは、シリウスだった。顔の入れ墨はファンデーションか何かで隠しているのか見えず、服装もレディーススーツ。金髪と碧眼のせいで結局派手だが、常識の範囲内の格好をしていた。

ただ、屋内だというのにパンプスを脱がず、ずかずかと部屋に入ってくる。


「おや? おやおやおや? グランドホテルでの一夜を放棄してどこに行ったかと思いきや、こんなところでピーチクパーチクしていたとは! いやスパークサンダーボルト? ズーム&アウト? イントゥザダークネス&ライフクリエイト!?」

「死ね。そして出てけ」

「げふああああああ!?」

「ああ、やっと追いついた! お前一体誰ぎゃああああああ!」


滝が勝手な憶測をまくし立てているシリウスを蹴り飛ばし、それに巻き込まれて晃も盛大に吹き飛ぶ。滝はドアをバタンと閉め、一息吐くと頭をかいた。


「……起きるか」

「そうだな」


どうもまだ、ゲームは終わってないらしい。

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