舞踏ファイアフライ
陽一
舞踏ファイアフライ
――嫌な夢を見た。
旅を続けて、とうとう図書館に辿り着いて――ぼくが何のフレンズか分かって、縄張りも判明した。
けれどその縄張りは、暗くて、狭くて、寒くて……綺麗なものなんて何もない場所で。
ぼくは、喜んでいいのか悲しむべきなのか分からず、ただ混乱している……そんな夢だった。
* * *
「……ん」
目を開く。ため息をつきながら、体を起こす。嫌な夢のせいで、眠気はどこかへ消えてしまった。
空はまだ真っ暗で、朝は程遠いみたいだ。
それから、気づいた。
「サーバル……ちゃん?」
ぼくの隣で寝ているはずの、友達の姿が見当たらない。
ここは、開けた平原の中心。涼しいし柔らかいし、休むのにちょうどよさそうだったから、ラッキーさんと相談して――サーバルちゃんと一緒に、ここで夜を過ごすことにしたのだ。
……だけど、彼女がいない。
さっきの夢を思い出して、少しだけ怖くなった。
けれど、心配はいらなかった。少し離れた位置に、ぴょこぴょこ動く特徴的な耳が見えたからだ。
サーバルちゃんだ。平原に立つ木のそばで、何かを見ているようだ。
何をしてるんだろう? ぼくは彼女に向かって歩いた。
「サーバルちゃん? どうかした?」
そう呼びかけると、ぴくっと大きな耳が動いてから、彼女は振り向いた。
「あ……ごめんね、かばんちゃん。起こしちゃった?」
サーバルちゃんは少し申し訳なさそうに笑った。ぼくは首を振って、
「ううん、なんだか目がさえちゃって。……それで、どうかしたの? 何か、探してるみたいだったけど」
すると、彼女は少し真面目な顔になった。
「あのね。さっき、たまたま目を開けたら……変な光が見えたの」
「光?」
「うん。ちっちゃい光がね、ぽわーって、私の前を通り過ぎていったの。それを追いかけてきたんだ」
光……ってなんだろう。こんな夜中に?
でも、サーバルちゃんが寝ぼけていたとは思えない。彼女は夜行性だ。今も、夜だというのに目が爛々と輝いている。
「その光は、どこにいったの?」
「あっち。森のほうだよ」
彼女が指差したのは、正面に広がっている、森の入り口だった。
「ね、かばんちゃん。追いかけてみない?」
サーバルちゃんは、疑問三割、好奇心七割、といった顔でぼくに言う。
「うーん……でも、危なくないかな……」
「ダイジョウブ」
と、ぼくの足下から声がした。
「うわっ! ら、ラッキーさん?」
「ボス!」
いつの間にか、ラッキーさんもぼくについてきていたらしい。暗闇で、目がピカピカ光っていた。
「危ナイ物ジャナイト思ウヨ」
……本当かな? 少しだけ心配ではあったけれど――
「ね、かばんちゃん、ボスもこう言ってるし、行ってみようよ!」
――楽しそうに笑うサーバルちゃんを見ていると、不安なんて消えてしまった。
* * *
森の中を歩く。
サーバルちゃんが先頭、ラッキーさんが真ん中で、ぼくは一番最後。というのも、ラッキーさんが、ぼくのために目を光らせて森を照らしてくれるからだ。
枝や葉で夜空が隠された森は本当に暗くて、何も見えない。さっきの嫌な夢を思い出して、少しだけ怖くなる。
けれど、そんな中でも、サーバルちゃんはうきうきとステップしている。突発的に始まった夜の冒険が、楽しいのかもしれない。次第に、何だか変な歌まで歌い始めた。それを聞いていると、ぼくの不安が溶けていくようだった。
「その光は、こっちに来たの?」
「そうだよ! このまま、ずーっと奥のほう!」
明快な答えが返ってきた。サーバルちゃんは、暗闇でも物がよく見えるから、本当だろう。
耳を澄ませてみると、夜の森にはたくさんの音があった。決して不愉快ではない、なんていうか、“静かなうるささ”が響き渡っている。鈴を鳴らすような虫の声がすれば、風にそよいで木々が揺れる音がする。何かのフレンズさんがいるのか、うっすらと寝息も聞こえる。それから、どこか、水のせせらぎも――
「カバン」
と、ラッキーさんが言った。
「ソノ光ハ、コノ先ニアルト思ウヨ」
……ラッキーさんには、光が何か、分かっているのかな?
小さな川に近づいているらしい。せせらぎの音が大きくなってきたな、と思ったとき。
不意に、視界を覆っていた木々が開けて――
* * *
そこには、光の海が広がっていた。
「ぁ――」
まるで、夜空の星を両手でかき集めて、辺り一面にばら撒いたみたいだった。
小さな光の粒が、瞬きながら、浅い川の周りをゆらゆらと泳ぎ回っている。
太陽のように目に眩しい輝きではなく――いつまでも見ていられるような、黄緑がかった優しい光。
「なにこれなにこれー! あはっ! すごいね、かばんちゃんー!」
サーバルちゃんが、楽しそうに笑った。ぼくは、呆気にとられて、口をぽかんと開いていた。
「蛍ダヨ。カバン」
「……ほたる?」
足下のラッキーさんが、そう教えてくれた。この景色を壊さないためか、いつの間にか目の光は元に戻っている。
「コウチュウ目ホタル科ノ昆虫ダネ。自分デ発光スル虫ナンダ」
「自分で、光る……」
「河川ヤ森トイッタ、湿潤ナ場所ニ生息シテイルヨ」
やっぱり、ラッキーさんは分かっていたみたいだ。だから、“危ないものじゃない”って言ったらしい。
「きれーだね、かばんちゃん!」
サーバルちゃんが、蛍の光に照らされてにっこりと笑う。
「なんだか、光が踊ってるみたい!」
「うん、そうだね……って、サーバルちゃんっ!?」
「あはっ! わたしも、まぜてーっ!」
サーバルちゃんが、ぴょんっと川にジャンプして、蛍の群れの中心へと飛び込んだ。
逃げちゃうんじゃないかと思ったけど、蛍は少し驚いたように揺らめいただけで――
やがて、じゃれ合うように、光がサーバルちゃんの側へと寄り添っていく。
「あははっ! わたしとおどろーよ!」
サーバルちゃんが、蛍たちに呼びかける。
すると、一体どこにいたのか、彼女に向けて更に蛍たちが集まってゆく。森から、岩陰から、水辺から、蛍がふわりと飛んで、サーバルちゃんを包んでゆく。その指先を、耳の先を、蛍たちが撫でてゆく。
光の渦の中で、彼女は、くるくると回った。
ふわりと尻尾と髪の毛が翻って、その動きに合わせて、蛍たちもまた宙を舞う。彼女を中心にして、暗闇に光の線が刻まれてゆく。
あたかもそれは、サーバルちゃん自体が――
――温かく、輝いているかのようだった。
「ほら、かばんちゃん」
「……え?」
ぼくがその景色に見とれていると、サーバルちゃんが川に立ったまま、すっと手を差し出してきた。
「おどろ! 一緒に!」
ぼくは、少しだけ驚いたけれど。
自然と体が動いて、川の中に足を踏み入れて、彼女の手をとっていた。
それから、二人で、蛍たちと一緒に踊った。
ぎこちなくて、時々足をもつれさせていたけれど――
ずっと二人で手を握り合って、溢れ出す光の中で遊んでいた。
「ね、かばんちゃん」
サーバルちゃんはそっと笑う。
「うん?」
「綺麗なものって、まだまだいっぱいあるんだね!」
ぼくはその呼びかけに、上手く、答えられなかった。
だから代わりに、笑顔を返した。
嫌な夢のことなんて、とうに、頭から消え失せてしまっていた。
だって、サーバルちゃんがいてくれれば。
それはきっと、どこでも、綺麗なものになっちゃうんだ。
舞踏ファイアフライ 陽一 @youichi_9393
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