けものフレンズ二次創作『からおけ』

乙姫式

『からおけ』

 ここはジャパリカフェ。

 高い山の頂上に建てられた、けものたち憩いのカフェです。


「いらっしゃぁい、ようこそジャパリカフェへ~」


 カフェを切り盛りするのは、アルパカさん。

 今日も見るもの全てを癒し尽くす素敵な笑顔で、お客さんを出迎えます。


「こんにちは」

「あ、トキちゃん。こんにちわぁ~」


 店の扉を開けて入ってきたのは、トキ。

 奇麗な“とき色”の羽根が特徴のフレンズで、ジャパリカフェにとって記念すべき最初の常連客の一人です。


「ショウジョウトキもいるんですけどっ!」


 トキに続いて入ってきたのは、ショウジョウトキ。

 全身に“猩々緋しょうじょうひ”と呼ばれる色の羽根を持つ、美しい鳥のフレンズです。トキと同じく、カフェの常連客でもあります。


「ちょっと待っててねぇ。すぐに紅茶いれるからぁ」

「ええ、ありがとう」

「ショウジョウトキは甘い紅茶が飲みたいですっ!」


 トキとショウジョウトキの二人は、ほとんど毎日のようにカフェに来ては、お客さんに歌を押しつ――披露しているのです。


「……あら? これはなに?」


 トキが、テーブルに置かれた物に気づきました。


「あ、それねぇ、昨日、倉庫を片付けたときに見つけたんだけどぉ、なんに使う物なのか全然わかんなくてぇ……トキちゃんたち、何かわかるかなぁ?」


 トキはそれを手に取ってみましたが、全く見たことのない物です。


「ただの木の棒、ではないようね。ギンギツネみたいな色をしているわ」


 棒の片方の先端は丸く膨らんでおり、反対側の先端からは、何やら尻尾のような黒い紐が伸びています。よく見ると、丸く膨らんだ部分は網状になっているようです。


「スベスベしていて、変な感触。でも、不思議と持ちやすい……。小さなでっぱりがたくさんあるけれど、これは何かしら……?」

「ショウジョウトキにも見せてくださいっ! ……むむっ、これは!」


 トキの手から棒を取り上げ、ショウジョウトキはキラリと目を光らせました。


「わかったんですけどっ! これはズバリ、武器です! この丸い部分でセルリアンをこう、パッカーンと殴るのですっ!」

「……そうかしら」


 冷静にショウジョウトキから棒を返してもらいながら、トキは言います。


「これ……私は、歌に関係する物だと思うの」

「うたぁ……? それって、単にトキがいつでもどこでも歌のことしか考えていないだけだと思うんですけどっ」

「歌は好きよ。アナタだって、そうでしょう?」

「まあ、そうですけど……」


 トキとショウジョウトキ、正反対の性格に見える二人ですが、歌が好きという気持ちだけは同じなようです。


 そんな二人の前に淹れたての紅茶を置きながら、アルパカさんは言いました。


「二人にもわかんないかぁ~。やっぱり、こういうことは――」



     ◆



「これはカラオケマイクという道具なのです」


 アフリカオオコノハズクのハカセは、舌っ足らずな口調で断言しました。


「カラオケボックスという場所に行かなければ楽しめないを、どこでも楽しめるように作られた道具なのですよ」


 ワシミミズクの助手は、ハカセの説明を補足するように言いました。


 わからないことがあったら図書館に行って訊く、というのはジャパリパークで暮らすけものたちの間では常識です。

 図書館のある森林地方を縄張りにしているのハカセと助手は、おいしい紅茶とジャパリまんに釣ら――島の長としての使命感に駆られ、ジャパリカフェまで来てくれたのでした。


「さっぱりわからないんですけど?」

「カラオケ……聞いたことがあるわ」


 ハカセと助手の説明に首を傾げるショウジョウトキに対し、トキは目をキラキラさせながら言いました。


「誰に迷惑をかけることもなく、一人で好きなだけ歌うことのできる理想郷アルカディア……それがカラオケだと」


「ハカセ~。あったよぉ~。これが“すぴぃかぁ”かなぁ~?」


 アルパカさんがカフェの奥から姿を見せました。両手に黒い箱のような物をひとつずつ持っています。


「そうなのです。それがスピーカーなのです」

「そのスピーカーに、このカラオケマイクの黒い紐を繋げば、小さい声を大きくして聞かせることができるのですよ」


 ハカセと助手の指示に従い、トキは早速、テーブルに置かれたスピーカーにカラオケマイクの紐を繋ぎました。


「……これで、いいのかしら?」

「バッチリなのです。あとはカラオケマイクの丸い部分に向かって声を出せば――」


 トキはカラオケマイクをしっかりと握り、大きく息を吸い込んで……


「わたーーーしはーーーーとーーきーーーー♪」


 一切の遠慮なく、全力の大声で歌いました。


「ちょっ!? 声が大きすぎるんですけどぉっ!?」

「ば、バカなのですか!? 声が大きくなると言ったのです!」

「もっと小さな声で歌うのです!」


 スピーカーで増幅された大音声がカフェ全体を揺らし、驚いたみんなが悲鳴を上げました。


「ご、ごめんなさい……」


 トキはみんなに謝り、改めて小さな声で歌い始めました。

 すると、今度はちょうどいい具合に増幅された歌声が、カフェに響き渡ります。


 そのまま最後まで歌いきったトキでしたが……


「なんだか、歌った気がしないわ。カラオケって、もっと大きな声で気持ちよく歌えるものではなかったの……?」

「無理を言うな、なのです。かつて存在したというカラオケボックスは外に声が漏れないようになっていたそうですが……」

「今のジャパリパークにそのような場所はないのです」

「そう……」


 トキはしょんぼりと肩を落としました。

 そのとき、不意に、スピーカーから音楽が流れ始めました。


「え、この音楽は……?」

「別に驚くことではないのです。カラオケというのは普通、音楽に合わせて歌うものなのです。しかし、これは……」


 ハカセが説明していると、音楽に合わせて歌が流れてきました。


「どうやらカラオケマイクの録音再生機能のようですね」

「誰かの歌がマイクに記憶され、それが再生されているのですよ」

「ろくおん? ……なんだかよくわかんないけど、とぉっても奇麗な歌だねぇ」


 みんなで歌に聴き入っていると、ショウジョウトキが声を上げました。


「この声、聞いたことがあるんですけどっ!」

「アナタの知り合い?」

「前に砂漠地方に行ったとき、そこで見かけた……えっと、スナトリだかスナイヌだか言う……あーっと……忘れちゃったんですけどっ!」

「なんでそこでドヤ顔するの?」


 歌が終わるまでの間、トキはアルパカの淹れてくれた紅茶を飲みながら、じっと歌声に耳を傾けていました。普段、お客さんに歌を聴かせる立場のトキにとって、それはとても新鮮な体験でした。


「とても素敵な歌ね。歌詞の意味がよくわからないところもあったけれど……多分、友達のことを歌っているのよね」

「じゃあじゃあ、トキちゃんも歌ってみたらどうかなぁ、この歌。きっと、お客さんも喜んでくれるよぉ」


 アルパカさんの提案に、トキは驚いた表情を浮かべました。


「そう言えば、私、誰かが作った歌を歌ったことなんて、なかった……」


 トキは、今までずっと、一人で作った歌を、一人で歌ってきたのです。そばに、歌を作ってくれる仲間も、一緒に歌ってくれる仲間も、いなかったから……。


「……うん。私、この歌、練習してみるわ」

「やったぁ~。歌えるようになったらぁ、一番に聞かせてねぇっ」

「ええ、勿論よ。アルパカは、私の二番目のファンだもの」


 そしていつか、最初のファンのあの子にも聞かせてあげよう――


 トキはそんな風に思うのでした。

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けものフレンズ二次創作『からおけ』 乙姫式 @otohimeshiki

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