第四回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会(上)

 9月6日。


 淡い照明で浮かび上がる、大きな白いスクリーンのあるステージに、青い光の粒子が集まる。それはやがて二つの人型にまとまって、色を取り戻した。


「みなさま、大変長らくお待たせいたしました! ただいまより、第4回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会を行います!」


 黒ウサギ女子アバターが手を振って言う。


「KeMPB側の司会担当! フリーランスアイドルのキタミタミです! そして!」

「(BeSLB側の司会担当、ローズマリー・アンブローズです)!」


 振られて隣のアルマジロ女子アバターが手を上げた。


「今年のドラフト会議は、新型コロナウイルス感染症対策のため、オンラインでの開催となりました。ケモプロの中で行うということで、今日は私もケモノアバターの姿です! どうですか、ローズマリーさん?」

「(とってもかわいいわ。私はどう)?」

「めっちゃかわいいですよ! いや最近はですね、アイドル業もなかなかつらいものがありまして。そろそろ私もこのアバターでVtuberデビューかな? っと思っています」


 グラビアの撮影とか、そういうのもなかなかこの情勢では難しいのだと言っていたな。


 そしてそれはケモプロでも同様。4回目を迎えるドラフト会議も、今年はホテルの会場ではなくオンラインでの生放送が主体となった。日本側の配信ではローズマリーの言葉が、アメリカ側ではキタミの言葉が、リアルタイムで字幕表示されているはずだ。


「ちなみに今回、オンライン、しかもケモプロ内での開催ということで、ちょっとした仕掛けがあるんですよね?」

「(そう! ケモプロユーザーの皆さんが、直接この会場に来て観覧することが可能なんです)!」

「いえーい、ケモプロユーザーのみんなー! 聞こえてますかー!?」


 配信画面でカメラが引き、ステージを見守る観客たち──ケモプロアバターを映す。様々な姿のアバターが、歓声を上げるエモートをした。


「おー、ありがとうございます。いやあ大入りですね。ケモプロの野球場と同じ座席のシステムを使用しているので、希望者全員が来場可能ですからね。中には毎回この形式がいいって声も!?」

「(大鳥代表、ぜひ検討してくださいね)!」


 こんな呼びかけもしっかり字幕が出る。……台本にここまで書かなくても、と思うんだが。


「(ちなみにこのドラフト会議の様子は、ケモプロの選手たちも見ています)」

「ケモプロ内で開催しているおかげですね。各チームの寮の談話室にカメラが設置されてますよ!」


 ケモプロ内で行っているイベントだから、もちろんケモノ選手たちも見ることができる。ドラフトを見て一喜一憂する選手の様子にも需要があるだろう、ということでケモプロ内でも配信をしていた。


「さてさて、青森ダークナイトメア・オメガの様子はどうかな~?」


 キタミの呼びかけで、スクリーンに青森ダークナイトメア・オメガの選手寮、その談話室の様子が映し出される。あまり集まっていないようなら「不人気ですね」などと笑いを取るはずだったのだが、かなりの人数が集まっていた。


 ……全員、黒マントを羽織って。


「……はい、このように気になる自チームのオーナーの采配を見守り、新しい後輩、ライバルを確認しようとしているんですね! これはオーナーのみなさん、気が抜けませんね~?」


 少し詰まってから、キタミはその状況をスルーした。……台本ではこんなことになってるなんて予想していないしな。しかし久しぶりに見たな、あの黒マント……一時期流行った後は終息したはずなんだが。


 その後、画面が12分割され各チームの様子が映される。うん、おかしいのは青森だけだな。


「それでは、さっそくドラフト会議から始めていきましょう! 本オープニング、およびドラフト1位の選出までが日米合同、その後は各リーグに分かれてドラフトをし、最後に発表会へと移っていきます」


 ここの流れは昨年と同じ。発表会は日米で別々にやって、最後にもう一度合同配信になる。


「それでは各チームのオーナーに、アバターでご入場いただきます! まずはワールドシリーズを制したケモノリーグから! 三度目の正直で優勝を決めた強豪! 東京セクシーパラディオン!」

「(ビーストリーグからは、初のリーグチャンピオンの座に輝き、南極大杯を手にした、フレズノ・レモンイーターズ)!」


 各チーム呼ばれると、オーナーのアバターが登場し席に移動していく。オーナーたちのケモプロアバター姿は初公開だ。……ダークナイトメアだけは、アバターもダークナイトメア仮面だったが。そしてそれを見て盛り上がるダークナイトメアのケモノたちは何なのだろう。いや、他のチームもオーナーのアバターを見てざわついてはいたのだが……盛り上がってはいなかった。


 ともかく、4回目のドラフト会議が始まる。ケモプロの4年目の始まりだ。今年はどうなるのか、全く予想ができない……だが、それも野球の面白さだろう。


「それでは第1位指名の入札抽選を行います! リージョン制限がないのは1位指名のみですので、各チーム頭を悩ませて……──」



 ◇ ◇ ◇



「それでは、ドラフト会議が終了いたしましたので!」


 今年も各チーム悲喜こもごものドラフトだった。さすがに4年目に入ったので新人が即戦力で活躍することは少ないだろうと言われているが、それでもドライチには期待してしまう。


 が、そうやって戦力分析に思いをはせている時間はない。


「KeMPB代表、オオトリユウより、今後のケモプロの展開についてお話しいただきます。代表、どうぞ!」


 キタミに呼びかけられる。──さあ、俺の出番だ。アバターを移動させてステージへ。


「ご紹介にあずかりました。KeMPB代表社員のオオトリです」


 ステージに立ち、観覧席を見渡す。様々な姿のケモノアバターたちが拍手のエモートで迎えてくれた。ケモプロを支えてくれているユーザーたち。彼らがいなければ、ケモプロは成り立たない。


「みなさまの応援のおかげで、ケモノプロ野球リーグは4年目のスタートラインに立つことができました。これはゲーム業界では長寿な方だと聞いています。ヒットしたゲームでも、5年運営を続けることができているのは10%程度だと。そのような観点で見れば、ケモプロは大成功の部類かもしれません。しかし──」


 まだ、4年目だ。


「KeMPBの目標は変わらず、ケモプロを何十年と続けることです」


 長い道のりのほんの数歩でしかない。


「現在、世界では新型コロナウイルスの影響で様々な影響が出ています。今のところは、ケモプロに負の影響は少ない状況です」


 動画配信のサブスクリプションサービスが大躍進したのと同様、ケモプロも予想以上の収益を上げていた。しかし──


「しかし、今後どうなるかは分かりません」


 それは娯楽に使うお金の余裕があってこそ。経済が回らなければ、いずれケモプロに回ってくる分も少なくなる。


「だからこそ、約5ヶ月もの間、無観客での試合開催を敢行しても乗り切ることができた、86年間も続くプロ野球のように大きくなっていかなければならない。たった4年で足を止めるわけにはいかないと考えています」


 成長し続けなければならない。大きな風が吹いても倒れないように。


「そのための取り組みを続けていきます。まずはこちらの動画をご覧ください」


 ステージのスクリーンで動画を再生する。映し出されたのは遊園地の外縁部で、大きなスペースを取って並んでいるバッティングセンター。ボックスに入ってはバットを振り回し、笑い、周囲から拍手が飛ぶ様子。


「こちらはビーストリーグのボイシ・ブロッサムズのオーナー、コイル・アミューズメント社が運営するブロッサムランドで開催しているアトラクションのひとつです。このバッティングセンターではレーンひとつひとつに、『打撃練習シミュレーター』を用意しています」


 続いてスクリーンに、『打撃練習シミュレーターとは』という簡単な内容の動画を流す。ピッチングマシン、あるいは投手の投げた球を打つと、それがケモノ世界に反映されて守備が行われる。


「この打撃練習シミュレーターについては、現在日本及びアメリカの各球団に販売しています」


 Bass──『野球映像・動作分析システム』、『投球シミュレーター』『投球練習シミュレーター』『打撃練習シミュレーター』。現実の野球を学び、ケモプロで培った技術を、再び現実へ還す。現実世界の野球を支える、KeMPBの収益の柱として成長する事業の流れ。


「また、一般の方にも触れてもらう機会を作るため、各地のバッティングセンターとコラボして『ケモノバッティングレース』というイベントを開催することにしました。ブロッサムランドと同様に、ケモノ選手たちとバッティングで競ってもらうことができます。開催地はこちらです」


 スクリーンに一覧を映し出す。今回は普通のバッティングセンターに設置できるシステムにまとめたので、開催地は多めだ。もう少し絞ったほうが「いつもの」広報戦略としては効果が高いが、人を集めることは感染のリスクを高めるため、可能な限り多くした──とはライムの言だ。……イベント用に貸し出した分ぐらいは売れてくれないと、ちょっと困ることになったが。


「感染症対策のため、現地でのチケット販売はなく、ネットで予約、スマートフォンでのチケット受け取りとなりますのでご了承ください」


 投球練習シミュレーターの時も意外と並んでいたから、バッティングだとさらに混雑する可能性がある。開催地を分散したとはいえ、現地で並ばせない仕組みづくりも必要だった。


「打撃練習シミュレーターについては、投球練習シミュレーターと同じく、アマチュアへの販売も開始いたします。予約はWebから受け付けておりますので、ご検討ください」

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