対戦相手としてのAI

 9月4日。


『それではプロジェクトBRIARブライアの前途を祈って!』


 Web会議システムで大写しになったトウモロコ……パーマの効いた茶髪の女性が缶ビールを掲げる。


『乾杯!』


 次の瞬間、音が割れる。参加者が一斉に応じた結果、バリバリして何も聞こえなくなった。しばらくして苦笑が広がる。


『はいはい、これもオンライン会議の定番ってことで。それじゃ各々部屋を分けてやってください。こっちの部屋は聞き専も可なのでぜひ! それではいったん解散!』


 お疲れ様です、という声がして、参加者が三三五五抜けていく。俺も別の会議室へと入りなおした。


『お疲れ様です!』


 待ち構えていたのは、先ほども挨拶をしていた女性。株式会社NoimoGamesのモロオカだ。


「そちらこそ、幹事をするのは大変だろう。お疲れ様」

『ウッ』


 急にモロオカが胸を押さえてのけ反る。


「どうした」

『はー、ゲス、ゲスですねえ。どうです? ミカっち?』

『コイツの何がいいのかわかんねェな』


 頭に苔──髪の表面を緑に染めた女性、マウラがミタカに呼びかけると、ミタカはやる気なくボヤいた。


『はっはっは。俺なんかは好きだけどな、オオトリさんのこういう所』

『おっ。カズミっち×ゲスっちの予感?』

『急に腐らないでくれるかなウラさん』


 眉を顰めるのは、頭にそり込みを入れた髭の濃い男性。NoimoGamesの社長、コムラカズミ。


『男の好きっていうのはそういうんじゃなくてだなぁ……コラ、スタンプを押すのやめろ、どういう空間だこれ』


 画面にはハートが飛び交っていた。……カメラ・マイクオフで参加している人が多いな。


『ッハー! はーはー。いや、いえ、オンラインですからね。これまでのキックオフミーティングに比べたら軽いもんですよ。しかも今回は自社パブリッシングですから、身内だけみたいなものですし!』


 体勢を戻したモロオカが、息を荒げながら言う。


『飲み会もオンラインだから予算を配るだけ! 大変なのは経理だけってことでして』

『せっかく褒められたのに、自分から下げてどうすんだいモロさん』


 コムラは苦笑する。


『ま、このご時世だ。こういう形態の飲み会ってのも慣れていくしかないのかねぇ』

『ウチはおかげさまでめっちゃ快適ですよ!』


 マウラが背景の植物を撫でる。……あれバーチャル背景じゃないんだよな。めちゃくちゃジャングルだが。


『家で家族の世話もできて! 寝て起きてそのまま働ける! リモートワークサイコー!』


 都心のビル内に事務所を構えるNoimoGamesも、新型コロナウイルスの感染対策のため早期からリモートワークに切り替えていた。今はどうしても発生する契約書などの処理のため、少数のメンバーが出社する程度の状況らしい。


『それ経理の前であんま言わないでくれよ、ウラさん』

『書類も全部電子化すればいいんですよ。DocuSignとかどうです?』

『そうしたいんだがねえ。うちはしがない開発会社だから、お上のやり方には従わないといけないんだよなあ』

『それじゃも~、このプロジェクトを大成功させるっきゃないですね!』


 マウラが親指を立てて言う。


『初! 自社パブリッシングの大プロジェクト! プロジェクトBRAIRを!』

『初じゃあないんだがなあ』

『も~、こういう時、小物アプリとかはノーカンにしておくんですよ! これまでとは予算も体制も違うんですから! なんたって、開発・広報をKeMPBが手伝ってくれるんですよ!』


 プロジェクトBRAIR。大人気女性向けスマートフォンアプリ、最上川これくしょんを開発するNoimoGamesの新しいゲーム開発プロジェクトだ。


 ケモプロを運営してはいるものの、普通のゲーム業界というものにはあまり詳しくないのだが、どうもゲームには販売元と開発元というものがあり、最上川これくしょんは開発・運営がNoimoGamesなだけで、販売元──パブリッシャーは別にいるらしい。予想外の大ヒットだったためNoimoGamesに大きな裁量権があるのだとか何とか。


 そして今回、NoimoGamesはプロジェクトBRAIRで開発だけでなく販売も行うことになる。そこにKeMPBからも、ミタカとライム、そして──


『そのうえゲスっちまで参加してくれたんですし!』


 ──俺が協力することになっていた。


「俺でいいのか、という気持ちは実はまだあるんだが」

『なーに言ってるんです! さかのぼれば原案はゲスっちなわけですからね? 参加する権利は当然あるんですよ。ね、モロっち』

『そうそう! 絶対そう! も、気合い入れて作ってますからね──大鳥代表がボイスを当てる新キャラ!』


 ──なぜか、声優として。


 いや、確かに一時『もがこれ』に登場する『ゲスかわ君』こと下須川というキャラの声優に挑戦して、レッスンも受けていたが。


『ゲスかわ君のボイス担当は惜しくも! 惜しくもファン投票で他の声優さんが選ばれましたが! 発表前の新キャラなら誰が声優をやったって文句は言いませんからね!』

『イヤ、ドヘタクソだったらフツーに文句言うだろ』

『大鳥代表もここ数年で成長されましたから、そのイメージを反映して! デザイン班も気合入ってますから!』


 さっきのミーティングでちらっとキャラのラフデザインが発表されていたが、なんとなく成長したゲスかわ君という感じだったな。


『あのデザイン、主人公より気合い入ってねェか?』

『ははは、そんなことは、ははは』

『あれはですねえ、モロっちを協力させるためにウチが、こうやれば合法的にゲスっちを巻き込めるぞって言ったら気合いを入れてくれてですね。デザイナーさんもいい人を連れて来てくれたんですよ』

『ちょ、ウラさん!? なんでバラすの!?』

『いやー、誕生秘話とかみんな聞きたいんじゃないかなって思ったんですけど』

「責任重大だということはよくわかった。前回は不甲斐なかったから、今回はそういうことがないようにやらせてもらう」


 さしあたっては、ボイストレーニングをした方がいいだろうな。オーディション以降はしていなかったから、かなりなまっているはずだ。


『いや~、ゲスっちがそう言ってくれれば百人力ですよ。これは大ヒット間違いなし!』

『ジャンル的にはマイナーだけどな』

『そこはライムっちの手腕に期待ですね! テキストには自信あるんで、なんとか知名度を得られれば!』


 ライムはこの会議室には参加していない。きっといろいろな会議室を梯子して回っているのだろう。


『ケモプロが協力してくれるAIを押し出したゲームですもん、ユーザーの期待は高まるってものです!』

『ケモプロと同じ仕組みじゃねェからな? そこは混同させねェぞ?』

『そりゃ、あそこまではやるわけじゃないですけど。でもでも、ケモプロのAIってやっぱすごいじゃないですか』


 口をへの字にするミタカに、マウラは身を乗り出して語る。


『特に、「ケモプロタワーバトル」ができるのがめちゃくちゃいいなって思ってるんですよ!』

『ア? ……ケモタワが? 別にフツーじゃねェか? ただのCPU対戦だろ?』

『おっとっと、これは本人たちは気づいてないパターンです? ゲーム業界に革命を起こしかけていることに?』

「革命……?」


 ミタカと画面上で目が合う。わからんな?


「確かにケモプロタワーバトルを、ケモプロ内のAI……ケモノ選手たちと遊ぶことはできるが」


 ケモプロタワーバトル。『どうぶつタワーバトル』を許諾を貰ってケモプロ版にした、選手を積んでタワーを作るゲーム。単体で遊ぶこともできるし、ケモプロ内で遊ぶこともできるし、ケモノ選手たちが遊ぶこともできる。つまり、人間とケモノ選手がマッチングして遊べるわけだ……タイミングが合えば。


「少し変わったサービスだとは思うが、革命とまでは思ってなかったな」

『も~、これだから中の人は! それじゃあですねえ』


 マウラは少し腕を組んでから指を立てる。


『ゲスっちは格ゲーやったことあります?』

「ないな。難しそうだし」

『ん~、それじゃあCPUと対戦するゲームは何かないですか?』

「パワプロなら」

『よしじゃあ、野球ゲームでいきましょう。ゲスっちが大好きな野球ゲームがあるとしてですね、それのメインの売りが対戦なんです。ところが、その野球ゲームをやってる人は全然いなくて、オンライン対戦でもマッチングしない』


 俺はとんでもないマイナーゲームをやってるようだな?


『もちろんCPU対戦モードはあるんです。が、対戦ゲームなのでAIも使うチームや選手は同じ、特にストーリーとかもないです。腕前勝負ってヤツで、ガチで勝ったり負けたりするタイプのヤツです。さてこのゲーム──ゲスっちはどれだけやりこめるでしょう?』

「……普通の野球ゲームなんだよな?」

『ですです』


 うーむ。


「俺はゲームがヘタクソだからな……」

『弱いAIを選べば、ゲスっちでも五分五分で勝てる感じです! 最強のAIには1年ぐらいやれば勝てるかも?』

「それは……1年はやりこめないだろうな」

『ふんふん。ミカっちはどうです? CPUとしか対戦できない格ゲーとか!』

『キャラとかストーリーがあンならまだしも、ガチのeスポーツ系でCPU対戦だけやってたら狂人だな』

『その理由ってなんでです?』


 ミタカは少し眉をひそめる。


『そりゃ……CPUに勝ったところでな。対戦なら人間をボコして勝たねェと面白くねェだろ』

「俺も、さすがに負けっぱなしではやる気が出ないと思う。かといって弱いAIに勝っても、それは手加減されているわけだから……気分がよくないな」

『ですよね。そう、CPUと同じ土俵に立って戦う競技的なゲームの場合、勝っても負けてもその時点では面白くないんです。最終的にその鍛えた腕前をぶつける相手がいてこそ、「練習」として受け入れられるだけで』


 初めて勝ったときは達成感はありそうだが、二度目三度目となるとそれもないだろうな。


『ところが、実はですね。バリバリ競技的なゲームで、CPUに勝つと世界的に有名になって嬉しくなれるものがあるんですよ!』

『なんだそりゃ』

『囲碁ですよ、囲碁!』


 囲碁。……あの白と黒の石を使う陣取りゲーム?


『AlphaGo、って知ってるですよね?』

『……あァ。ニューラルネットワークで学習したAIだな。囲碁の中国棋士ランキング1位を、AlphaGo Masterが2017年に3戦全勝したヤツ』

『そうそう』


 マウラは頷く。


『囲碁とか将棋って、いろんな名前のAIがあって、AI同士のタイトル戦も行われてるんですよね。どうです? 格ゲーのCPUに勝つよりは、達成感がありそうな気がしません?』

『そらまァ……格ゲーのCPUは「小足見てから昇龍余裕でした」するわけにゃいかねェだろが』

「なんだそれ」

『アー……CPUは人間の入力を分かってんだから、やろうと思えば常に相手の行動を見てカウンターして完封できんだよ。野球ゲームだって人間がどこに投げんのか分かってんだから、理論上全部ホームランにできるだろが』


 確かに。つまり最強AIでさえ手加減しているわけだな。


『囲碁とか将棋はそうじゃねェ。全力で勝ちに来てる。そら、勝ったら嬉しいんじゃねェか? 真剣勝負だし』

『おお、そういう見方もできるんですね。ウチはですねえ……名前のある、個別のAIだから、勝って嬉しいんだと思うんですよ。1タイトル、1AIじゃなくってですね』


 名前のある、個別のAI。


『土台とAIが別になっているから、手加減は感じないし強くても理不尽さは感じないですよね?』

『イヤ理不尽だとは思うけどな? 何千台もプロセッサ使って、消費カロリーベースでもひとりの人間以上だろ? 物量が違うじゃねェかとは言いたいね』

『あはは、それは確かに。でも、他のCPU対戦と比べたら多少は意味がある、という感じにはなりますよね? ボナンザに勝ったぞ、とか、AlphaGoに勝ったぞ、とか、自慢できそうでしょう? 真剣勝負という意味では、AIの裏にいる開発者に勝ったことにもなりますから、対人要素もなくはないですけど……ともかく』


 マウラはニーッと笑う。


『CPUと戦って勝つのが嬉しくなるためにはですね。名前の付いた個別のAIであればいいと思うんですよ。そして、そのAIに背景やストーリーがあればもっといい。そう──ケモプロの選手みたいに!』

「なるほど……」


 確かに、ケモタワでダイトラに勝ったことを自慢するユーザーは多かった。


『そしてこのコロナ禍による大ゲーム時代、ケモプロは革命を起こせるんじゃないかと思ってるわけですよ!』

『つまり……ゲームの対戦相手に、ケモノAIを採用しようってか?』

『そうです! ほら、バトルロワイヤル系のゲームなんか、最初のマッチングはbotだったりするじゃないですか? あれは勝たせてくるbotだから勝ってもむなしいだけですが、でも、もし名前のある個人だったら? 負けたとき台バンして怒るような相手だったら?』


 相手が、ケモノ選手だったら?


『それってきっと、勝っても負けても楽しいと思うんです。だからですねえ、例えばゲームを遊ぶ友達がいない人向けに……──』

『それをやンなら相手側の許諾を……──』

『やっほー、お待たせ! なになに、何の話? ライムも混ぜて! ……──』


 他の部屋に挨拶回りをしていたライムも合流して、話は加速する。


 夜は杯が渇くよりも早く過ぎ去っていくのだった。

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