あしのゆから報告会(下)
「梯子を? ……どういうことだ?」
「『育成野球ダイリーグ』は、『野球くじ』をやるんだって言ってたでしょ? まずはゲーム内のポイント。それからカジノ内と、プロ野球のスポーツ振興くじに乗っかって仮想通貨でって。でもね」
ライムは虚空にニュース記事を投影する。
「これ今日の記事ね。NPBが、野球くじの導入を見送ったってやつ!」
「ユウ様、私もツヅラさん経由で確認してまいりました。少なくとも来年の導入はないそうです」
「……それは、タイミングが悪かったな」
乗っかると言った対象が、いきなりどこかにいってしまったわけか。
「以前KeMPBを買収したいという企業があった、という話をしましたが、参加企業の中の『株式会社ライブラ』の親会社がそうですね。かなり自信を持って野球くじの話をしていましたが……」
「あー、例の十億のッスか? デカい会社なんスね」
「こん中だとミョウゴとライブラがデケェな。まァライブラは親会社の金融系の方がだが……あとは次点でトイタラテか。残りはベンチャーって感じだ」
おもちゃ屋みたいな名前なのに有名なんだな、トイタラテ。……お好み焼きサンドってテイクアウトできるかな。
「カジノの方はどうなんだ?」
「IR法案は通るでしょうね。ただこの調子ですと、カジノのオープンは2年どころかそれ以上かかりそうですね……あそこまではっきり構想を語っているのですから、オープンさえすれば実現する何かしらの確証があると思いますが」
「カジノのゲームとして流行るか、ってことなら微妙じゃね? 初見の奴には勝率計算もできねェだろ? ランダムに予想を立てる『BIG』と同じ仕組みを使や初見でも問題ねェだろーが……カジノに来てまで宝くじするか?」
「んー、どうだろ? でもアメリカでも、これまでネバダ州――あ、ラスベガスのある州ね! あそこではいろんなスポーツのブックをやってるんだよ。全米での解禁もいま最高裁でやってるし……そういえばイギリスは日本のスポーツもブックやってたっけ。うん、そう考えると、けっこーあるかもよ? 日本のカジノで『育成野球ダイリーグ』が人気になるの!」
なるほど。こう聞くと投資する側の気持ちも分かるな。先行例があるなら期待できる。
「エ。でも、それなら普通にNPBが賭けの対象になるノデハ?」
「ムフ。かもね~。いちおう、ダイリーグには試合数が多いってメリットはあるけど。BIGの結果もすぐにでて回転率がいい?」
「……ふむ。そうなるとダイリーグは、まず海外のギャンブルの対象になるのが必要か?」
「オマエがダイリーグの戦略を考えてどうすんだよ」
それもそうだな。
「確かに考えるべきはケモプロのことだ。ダイリーグという競合が出てきたわけだが、反応はどんなものだろうか?」
「現オーナーの皆様からは、ケモプロをより一層支持するというお言葉をいただきました。ただ……」
「追加6球団入りの検討をしていた会社は、みんなまた『考えさせてほしい』だって。ま、正直白紙になっちゃったよね」
ライムは頬を膨らませる。そんなエモートも入れていたのか。
「競合がでてきたことで集客率が減るとか、ダイリーグの方が新規参入に分があるとか……そんなこと言ってたよ。まったく、優柔不断な上に移り気なんだから!」
「どこのハーレムラノベの主人公だって感じデスネ」
「しかもさ、何社かはダイリーグから営業を受けてるんだって」
「チッ……」
ミタカが舌打ちする。気持ちは分かる。
「うまいな」
「あァ?」
「ケモプロへの参入を考えていた企業に、新規リーグの勧誘をする。いい手だと思う。興味があることはわかっているわけだし」
「……あのな、世間じゃ横取りっつーんだよ」
「比較検討されるのは仕方ないことだろう」
そこは早い者勝ち、というわけでもないし。
「そういえば、ダイリーグはこの発表時点ですでに6球団揃っていて、12球団に向けての募集だったか。ケモプロの時は4球団しか決まってなかった。それを考えると、ダイリーグの営業はやり手なんだろうな」
「イヤ、それこそケモプロのおかげだろ?」
ミタカが身を乗り出して言う。
「ケモプロの成功があってこそ、二匹目のドジョウに食いついてんだと思うぜ?」
「それでも6球団も揃えているのはすごいことだろう」
「つってもよ。アイツら、全部東京の企業だぜ?」
「……え、そうなのか?」
そういえば確かに地名がついているチームは少なかったが。
「この……め……めば? というのは?」
「ユウ様、かやば、ですよ。中央区にある日本橋茅場町のことでしょう。株式会社ミョウゴの本社もそこにありますので」
「うんうん。あとはSorafulもライブラも、本社は六本木だね! hiraminおじさんの泉フェニックスは謎だけど、港区のタワマンに住んでるってブログで自慢してたから、東京でしょ? ていうか六本木も港区だし、青山もお台場も港区。ほぼ港区リーグだよ」
思ったよりも一極集中してたんだな。
「ムフ。ケモプロは島根、鳥取、東京、青森、静岡。都道府県の数ではあっとーてきだよ! その点に関しては、お兄さんはカリストよりもやり手だと思うな。ね、アスカお姉さんもそう思ったでしょ?」
「うっせェ」
「あとはIT企業だけで固まってるのも、らいむどうかと思うな。もちろん協業しやすいだろうし、それぞれの分野は違ってるけど。これじゃあ残りの6球団に応募してくるのも、IT企業が多くなっちゃうんじゃないかな? だったらさ――」
ライムは雲のように笑う。
「ケモプロは別業種を積極的にひろっていけばいいと思わない? あと6社、手広く行こうよ! ちょっと後追いのサービスが出てきたからって引いちゃうところなんて、ケモプロの良さをわかってない企業だったんだよ。事前にわかってよかったな、って切り替えていこ? だいじょーぶ、次のシーズン開始までにはなんとかなるなる!」
「……それなんだが」
俺はライムをさえぎった。
「ひとつ、皆に確認したいことがある」
「オ? なんデス?」
皆のアバターの顔がこちらを向く。
「……プロ野球の12球団、すぐに言える自信のない人は手を挙げてくれ」
なお、俺は言いながら挙げた。おずおずと従姉が挙げ、他の皆はぶつぶつ呟いたり何か数える仕草をして――従姉とずーみーとニャニアンとシオミが手を挙げた。
「多いなオイィ!? 仮にも野球ゲームを運営してるだろが!?」
「うぇ、えへへ……」
「イヤー、ハッハ。面目ナイ」
「や、書けば全部出るとは思うんスけど、今すぐはちょっと」
「不勉強で申し訳ありません……」
予想より多かったが、まあいいか。本題はここからだ。
「今回、ダイリーグが6球団を発表しただろう? これでバーチャルな球団はケモプロとダイリーグをあわせると12球団になる。実現はしないだろうが交流戦なんかできたら面白いだろうな、と組み合わせを考えようとして……ダイリーグのチーム名が半分ぐらい出てこないのに気づいた。記事を読んだ直後なのにだ」
己の頭のポンコツ具合にちょっと気が遠くなったものだ。
「よく考えてみたら、プロ野球の12球団だってサッと出てこない。一息に言おうと思えば絶対に詰まる。それで思ったんだが……12球団というのは、実は多すぎないか?」
「いやいや、んなこたねェだろ」
ミタカが呆れたように手を振る。
「リアルじゃNPB以外に独立リーグだってあるし、プロも16球団構想なんかの話もある。プロ野球再編問題の時は減らすって意見もあったらしいが、少なくとも今は主流じゃねェ。12球団で多すぎるってのは言いすぎじゃねェか? ダイリーグの6球団だって、実際に動き出せば記憶できるだろ?」
「俺はケモプロの6球団は把握している。運営側だからということもあるだろうが、一通り各球団の主要選手もいえるぐらいには。ただこれが12球団になって、選手数が今の倍になると……正直、自信がない」
スタメンだけ覚えようとしても、約60人が倍の120人に? 物量に潰れそうだ。
「運営とか実況は覚えてた方がいいだろーがよ、別にいちファンとしちゃ、自分が応援する球団だけ把握してりゃいいんじゃねェか?」
「極端な話、ひとつの球団しか興味がなかったら、毎日よく知らない球団と戦ってよく分からない理由で勝ったり負けたりしてるのは……面白くないと思う」
対戦相手がどういう選手なのか、それを知ってこそ応援するチームがどう攻略するか考える楽しみというものがあるんじゃないだろうか。もちろん実況解説を聞けばその時点で必要な情報は入ってくるが、短い時間で全てが伝わるわけでもない。
「少なくとも、今俺がケモプロを楽しめているのは、全球団を把握しているからだと思うんだ」
そして今シーズンの成功も、すくなからずその側面があると思う。
「ん~。っていうことは、お兄さんは12球団にするのは反対なの?」
「ただ増やすだけなら、良くないと思う」
「工夫が必要だってこと?」
「12球団すべて、インパクトをもって覚えられるような形になればいいと思う」
こう、サラッと『来シーズンから2リーグ12球団の体制になりました』という感じで増えられても、覚えられそうにない。というか何らかの理由がなければ、既存の球団のファンは覚える気にならないんじゃないかとも思う。
「もしくは覚えていなくても楽しめるような仕組みだな。……どうだろう?」
「ん、わかったよ。じゃ、2リーグ12球団にするのはやめよっか」
「ってオイ、いいのかよそれで?」
「濃度が薄まるってことでしょ? 現実の野球と競合しない空白地も少ないから、企業探しも苦労してたしね。それにさ、アスカお姉さん。ケモプロのメインターゲット層、そのモデルとなるのはお兄さんだよ。野球は好きだけど、イマイチプロ野球に興味を持てない人。――そのお兄さんが覚えられそうにないなら、『普通に』12球団にするのはよくないって思うな」
ライムは雲のように笑う。
「特にダイリーグなんてのも出てきたしね。バーチャル球団が24もあったら、そりゃ覚えきれないよ。うんうん……オッケー、来シーズンは6球団でいこう?」
「言っておいてなんだが、いいのか?」
「うん。12球団にするならするで、もっとイイ形にしないとね。シオミお姉さん、どう?」
「数字は引きなおしになりますが……機材の追加はまだしていませんから、ひとまず問題ないかと」
「ハッハッハ。サーバー追加してたら、引き返せませんデシタネ!」
「ええ。その時は無理にでも12球団にしていただかなければなりませんでした」
実はこの間、今使っているサーバーと同じモデルがセールになっていて、買っておくか迷ったんだよな。買っていたら今のような話もできなかったわけだ。
「ツグ姉とずーみーはどうだ?」
「自分は先輩についていくッスよ!」
「わ、わたしも……それでいいと思う」
全員の顔が、残り一人――ミタカに向かう。
「ミタカはどうだろうか」
「チッ。わーったよ、6球団でいい。12球団にすりゃニュースバリューが出るが、それだけじゃ向こうと被るからな。ただし、ただしだ。6球団で続けるにしろ、結局12球団にするにしろ、その時は――向こうに負けない要素を持ってこい」
「負けない要素か」
「そーだ。いくらか違う要素が足されているとはいえ、アイツらはケモプロに喧嘩を売ってきてやがんだ。負けるわけにはいかねェだろ」
「……そうだな」
ヒナタにも言われたが、負けてはいられない。
「皆の力を信じている。これからもよろしく頼む」
「おッ……オウ」
「お? アスカお姉さん、照れてるー?」
「ねェよ。つか、オマエ何かたくらんでねェか? ア?」
「えぇ~。ひどいよ風評被害だよ~!」
「うわっ、泣くエモートまで入れたんスか……って、うおっ!? 涙で水が溢れて!?」
「しっ、浸水!?」
「オー、バーチャルならではデスネ」
ライムのアバターが流す涙が、地面にたまってどんどん水位を上げてくる。……シオミ、慌ててこけてるが大丈夫か?
……水面が膝まで来るとあれだな、足湯に入っている気分になるな。
もう一回浸かってくるか、足湯。
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