サプライズ
『えぇ? やるわけないじゃん』
ライムはネットの向こうで怪訝な顔をして言った。
「そうなのか? ネット上の祭りだから、参加するものだとばかり思っていたが……」
『んー、でも日本での全盛期って00年代の前半で、もう古い話だよね。確かにその頃ならアイディア勝負だけでいいアクセス数が稼げただろうし、コスパよかったと思うけど』
古い……まあ、そうだな。俺もその年代だとまだ一桁の年齢だし。
『この数年は数ヶ月前から企画して予算と技術を投入する、ってモノになっちゃったんだよね。参加するところが多くて、そうなるとスゴイところしか目立たないわけで。知り合いのWebデザイナーも毎年作るの疲れたって言ってるような代物だよ』
「確かに……一日で消費するモノを数ヶ月かけて作る、というのはコスト的にも難しいな」
『そうそう。もはや大企業の遊びって感じ。KeMPBはまだそこまで余力はないでしょ?』
「今からやる、というのも難しい話か。あと一ヶ月しかないし」
『うん。ま、やりたければ来年だね』
そうしてライムは、雲のような笑顔を浮かべた。
『だから、らいむ、エイプリルフールやんないよ!』
◇ ◇ ◇
「やってるじゃないか」
4月1日の0時。
俺はケモノプロ野球公式サイトで、ケモノ選手たちをタワー状に積み上げていた。
「ム……そこで合わせダイトラか……これ、三熊は載るのか……?」
『対戦してるんじゃねーよ』
公式サイトに居座るゲームをいじっていると、ミタカがイライラした声で言った。全員をオンラインに呼び出している――これをしかけた当事者以外は。
『サイトのロールバックはできそうか?』
『イヤー……リポジトリからもサーバからも蹴られマスネ。ドメインもダメ。お手上げデス』
『クソ、ご丁寧にアカウント潰してったのか? 本人に連絡は!?』
『スマホの電源を切っているようですね』
『ああーっ、崩れた……うーん、ここで縦バラ助はダメッスねぇ……』
『なら家にトツるっきゃねェのか? アイツどこ住んでるんだ?』
『……日本での住所を控え忘れていましたね……アメリカの住所なら分かるのですが』
「あっ、今マッチングしたのは同志?」
「そうみたいだな。よし、マテン崖掴みを披露しよう……ァァッ……」
『うひゃーッ! リンゴすごい滑るッ……』
『オイコラ、待てや数名』
ミタカが声を低くする。
『何をのんきに遊んでんだよ? サイトがエイプリルフール仕様になってんだぞ』
「ああ。よくできているな」
ケモノプロ野球ではなく、昨年の12月頃にブレイクした『どうぶつタワーバトル』というゲーム――どうぶつを交互に積み上げて崩したほうが負けという対戦ゲームを、ケモプロ選手に置き換えた『ケモプロタワーバトル』を紹介する公式サイトになっていた。
これがなかなか本格的で、しかもゲームもよくできている。チーム選択という原作とはまた違った要素もあって――
『……やけにのんきだが、まさか知ってたのか?』
「いや、知らなかった」
やらないと言っていたし。
『ならダメなんじゃねェのか? アァ?』
「……それもそうだな」
ケモプロはKeMPBだけが関わるものじゃない。六球団のオーナー企業を筆頭に、スポンサーも関わるものになってきている。その公式サイトが誰に報告もなくエイプリルフール仕様になっているのは……『そういう日』だとしても問題だろう。そもそも大規模アップデートが明日に控えているというのに、その情報がまるまる消えているのだ。
トップページだけでなく、サイトは全体にわたって『ケモプロタワーバトル』に改変されている。ケモプロの内容紹介のページはタワーバトルの詳細な説明になっていたし、各球団やスポンサーのページに至っては全面的におもしろ……ふざけた内容に変わっていた。
【初の選手提案商品を、セクシーはらやまから。セクシーを哲学した男がプロデュースするニューアイテムは、「腕毛」。GOLLIRA NO UDEGE。包容力を、手に入れろ。ネット限定販売予定】
【鳥取にリアル『鳥取砂丘神殿跡スタジアム』が出現! 現在詳細調査中!】
【追求した大人の味。漆黒の酩酊。ダークナイトメア・ロゼ、発売予定(国産りんごのみを原料とし、日本国内で醸造された果実酒)】
【白いボールはもう飽きた! これで地獄に落としてやる! ナカジマの次なる一球、ダークナイトメアボール。数量限定発売予定】
【バラ助……あなた、伊豆シャボテン動物公園に!?】
【地元ナシ球団はもう嫌だ。こうなったらKENKOKUするしかない。電脳県プロジェクト開始――ケモノは国を作る夢を見るか?】
【検定編満点まで帰れまセン! 島根県庁、深夜残業、代表代行、休日返上】
……よく見るとおかしいな? 何箇所かオーナー本人の写真が使われているんだが……合成?
『クソが、アップデートは明日なんだぞ』
『アー、なんか、そのうち直すみたいデスヨ?』
『あァ?』
『エートホラ、ここのソース見てクダサイヨ。メッセージ書いてあるデショ?』
そう言ってニャニアンはURLと画像を貼り付ける。Webサイトのソースには、こう書かれていた。
――起きたら戻すね -- Sleeping Beauty――
『あンのガキィ……!』
「Sleeping Beautyって何だ? ライムのハンドルじゃないから別人か?」
『眠り姫ッスよ。眠れる森の美女ってやつッスね』
『美女ってタマかよ。あのガキしか犯人はいないだろ。第三者のハッキングだったらセプ吉を絞める』
『の、ノー! ナイナイ、ありえナイデス! これは、間違いなく、ライムサンデスネ!』
「眠り姫って起きるのか? 寝るのがアイデンティティみたいな名前だが」
『100年寝るんじゃなかったッスかね。最後は王子様のキスで起きる……のは白雪姫だったかな?』
『……ユウ様、悠長なことを言っている場合ではなさそうです』
シオミが硬い声で言う。
『この時間でもコンタクトがとれる日刊オールドウォッチから先に連絡を入れたのですが、強い口調で非難されました。こんな状況はありえない、と』
あのユキミでさえそんな調子か。なるほど。
『クソ。こうなったらセプ吉、現地でシングルユーザーで入ってこい。それでルート取れるだろ』
『エェ……今からデスカ……?』
「いや、俺が行こう」
『ハ? オマエが行ってどうすんだよ?』
「いやデータセンターではなく……本人にやらせた方が早いだろう?」
『ライムちゃんの居場所が分かったんスか!?』
「見当はついた」
ついたし、そこぐらいしかないだろう。代表になって営業に出回っているからといって、『思い出の場所』のようなところがたくさんあるわけじゃない。コミュ障らしく、ライムと仕事以外で行った場所なんてほとんどない。……他のメンバーが思いつかないなら、俺が思ったところで正解だろう。
「行ってくる」
◇ ◇ ◇
狭いエレベーターがガコン、と不穏な音を立てて止まる。扉が開くと、そこはまたすぐに扉だ。
エレベーター前の狭いスペースの床には、チラシや名刺が好き放題に置かれている。そういうものを受け付けるつもりはないのだが、どうしても勝手に置いていかれるので定期的にゴミ出しが必要になる。……最近は少し増えてきたような気がするな。ふーむ、弁当の宅配……ここに常にいるなら検討してもいいが、いないし、そもそも自炊したほうが経済的か……。
床に散らかしておくのもよくないので、ひとまとめにして抱える。
扉に鍵は――かけていないだろう。
「あれ。よく分かったね、お兄さん」
重厚な机の前にぽつんと座り、窓から差し込む街灯の明かり――よりも強い、ノートパソコンのディスプレイの光を受けて、ライムが雲のように笑った。
「Sleeping Beautyに、心当たりがここしかなかったからな」
「ムフ。らいむ、ビューティ?」
「というより、キュートだろう」
「カワイイは正義だよね!」
ライムと初めて会ったのは、この事務所だった。オンボロビルの五階、エレベーターを出てすぐのスペース。そこでスヤスヤと寝ていたのがライムだ。……もう半年以上前の話か。
「来たなら電気つけてもらえる?」
「ああ。……最初からつけておいてもよかったんじゃないか?」
「まー確かにここまで来たら正解だけどさ。そこは最後の抵抗っていうか、ホラ、最後までドキドキしてもらいたいじゃん? ……あんまり効果なかったみたいだけど」
「いるだろうと思っていたからな」
タクシーに乗っている間に、考えもまとまってきたし。
「エイプリルフールの話なんだが」
「ん。書いてあった通り、後で戻すよ。伝統に従って、午後になったらね。メッセージは念のため残しておいただけで、問題が起きるとは思ってなかったけど……何かあった?」
「いや、障害とかは起きてない」
「じゃあ、怒った?」
「怒ってない」
ミタカは切れていたが。
「サイトを見ていて、なんとなくこれは企業に話を通しているという気がした。……少なくとも何人かは、どう見ても企画を理解して写真撮影に応じている感じだし」
「さっすが、お兄さん」
ライムはまた雲のように笑う。
「しかし、エイプリルフールはやらないんじゃなかったか? かかるコストに対して、見返りがそんなに見込めないとか」
「確かに、一日や半日だけのアクセス数稼ぎとしてだけなら、コストは高いよ。それでもらいむはやりました。なぜでしょう?」
「……一日だけじゃない?」
「うんうん。そう、そういうこと。つまり――あれは、ぜーんぶ本当です!」
腕毛、マジか。え、じゃあ鳥取に神殿ができたのも?
「エイプリルフールをネタとして考えると、コストが高すぎるだけの遊びだよ。でも、本当の広報なら話は別だよね。エイプリルフールでまとめられて、その後本当に実現された、って記事でまとめられて二度おいしいし。数年前から、『エイプリルフールのネタが現実に』ってパターン増えてきてるでしょう? そういうことだよ。ウソっぽい、ジョークみたいな企画の宣伝……それがかしこいエイプリルフール!」
「なるほど」
「ま、もちろん何度もやるとシラけちゃうけどね~」
確かに、毎回ウソ企画じゃなくてただの宣伝だとバレたら、穿って見るようになって楽しめなくなるだろう。
「では全オーナーに話を通してあるんだな」
「もちろん。でもKeMPBから連絡があったらしらんぷりするようにお願いしておいたよ!」
なるほど。むしろエイプリルフールを仕掛けた対象は俺たちだったわけか。
「シオミがモロにひっかかっていたぞ。ユキミが名演技だったようだ」
「ムフ。あの人も好きだよね、ノリノリだったよ」
「うちでは、共犯はニャニアンだけか?」
「あれ……バレてた?」
「よく分からないが、ライム一人でサーバーの全権限をどうこうできるようなセキュリティにはしないと思う」
あのミタカが優秀だと認める後輩なのだから、その辺りは万全に違いない。
そもそも本当に計画に噛んでいないのであれば、真っ先にデータセンターに飛んでいったはずだ。
「正解。あとはツグお姉さんもね。ちょっと手伝ってもらったから」
「ツグ姉もか……」
やけに楽しそうにタワーを積み上げていると思ったら、そうか、共犯か。
「何をさせたんだ?」
「そこは、午後までの秘密にしよ?」
「わかった」
「うん……」
ライムが黙り込んだので、俺はソファに腰を下ろす。とりあえず皆に問題ない旨を報告して。解散して寝るように伝える。ミタカは最後までヒートアップしていたが、ニャニアンが一枚噛んでいることを伝えて矛先を逸らしておいた。これでいいだろう。
「二人きりだね、お兄さん」
ふと、ライムが言う。ポップでキュートな14――もう15歳か――は、ぽすり、とソファの隣に座ってきた。さらり、と少し伸びた金の髪が揺れる。
「そうだな」
「なんで来たの? 仕込みだって見当はついてたんでしょ?」
「来てほしいのかと思って」
「えぇ……?」
「それとも、シオミの方がよかったか?」
ライムが事務所の前で寝ていたのを知っているのは、俺とシオミだけだ。
それにニャニアンが手を組んでいる時点で、『不測の事態のため』が理由とは考えづらい。身を隠すだけならメッセージを残す必要はない。
「んー、無粋、無粋だねお兄さん。……ま、らいむも自分じゃ良くわからないけど」
ライムは肩をすくめる。
「……優しいね、お兄さんは」
「聞かなきゃいけないことがあるなら、聞くぞ」
「うーん……やっぱやめとく。でも」
ライムは――にこりと笑った。
「らいむ、KeMPBに入ってよかったな、ってそう思ってるんだ。これからもよろしくね!」
◇ ◇ ◇
「ところでこれからどうする? 帰るなら送るが」
「おっ。お兄さん、らいむのおうちに興味が?」
「そんなに近いのか? タクシーを手配しようと思ったんだが」
「……つまり、送るってビルの下まで? お兄さん……」
「ここで寝るわけにもいかないだろう?」
「んー、まあ、そうだね、寒いし。毛布があればよかったんだけど」
「今後も泊まる予定があるなら買っておくが」
「今あればって話だよ。もー、ノリが悪いなー。……ま、いいけどね。じゃ、帰ろっか!」
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