年度末の報告会
【新人潰しのタイガ 最終戦で大暴れ】 名勝スポーツ
――……登板したタイガ選手は、大村選手に三球勝負を宣告。しかし三球目は山なりのスローボールで、大村はこれをひっかけ二飛。勝負の非情さを大村に教えた。九回表は天間選手がリリーフで登板するとタイガ選手はDHを解除してバッターボックスへ。ヒットを放ち、ルーキーに格の違いを見せつけた。試合には勝ったが、ルーキーには課題が残った。
監督「(大村選手の評価について)野球は海千山千の世界。三球勝負を真に受けてスローボールを振るようでは経験不足と言うしかない。ファームで試合経験を積むことが今の彼女の課題。(天間選手について)タイガ選手には打たれたがラッキーヒットのようなもの。動揺せず後続を抑えたのはよかった。今シーズンの戦力として考えている」
タイガ選手「(試合後、記者の質問に答えて)誰だろうと勝負は非情だ。とにかく叩き潰してやる」……――
◇ ◇ ◇
『経験の差を見せつけられたって感じ』
オープン戦最終戦が終わった後の深夜、ニシンから通話を受けるとさっさとカナに替わられた。しばらく無言の後、苦笑しながら出てきた言葉がそれだった。
『映像を見返してるけど、もう全然外れてるし……そもそもああいう山なりのボールでストライクはとられないんだよね』
「そうなのか? 実況でも似たようなことを言っていたが」
『軌道的に無理があるし、ストライクゾーンをもし通っても審判がコールしたくないと思う……難しい問題なんだよね。ストライクにしたら大事件じゃないかな。……振っちゃったけど』
「そこまで分かっていてどうして?」
『二球目もボールだと思ったんだけどストライクだったから、これもストライクを取る自信があるのかもって……三球勝負だったし』
「ああ、それなんだが」
俺は先ほど通話で聞いた事実を伝える。
「あの三本指は、三球勝負の申し込みじゃなかったそうだぞ」
『えっ……?』
「
カナがプロを目指す前。ケモプロので使うモーションキャプチャーに協力してもらった時、二人は三球勝負をした。
「あの時は勝ったけど、本番ではどうだろう、どれぐらい成長したんだろう、といろいろ試すつもりで投げたらしい。二球目もボールのつもりだったらしいぞ。ストライクで逆にびっくりしたと」
『えぇ……三球目は?』
「やけに緊張してるから、三球勝負のことを思い出してリラックスしてもらおうとトルネードから抜いた球を投げたそうだ。ボールのつもりで」
『う……うん……あのときはチェンジアップだったね……。それが頭にあったんだけど、さらに遅い球で来るから混乱して……えぇ、でも、ランナーがいてトルネードでスローボールだよ……?』
「ランナーの存在は忘れていたそうだ。指摘したら固まっていた」
見逃せば楽々盗塁を許すところだった。カナが打ったためにすべてが上手く回ったと言える。
『………』
「カナ?」
『あはは……なんか力抜けちゃって。ランナーは忘れてた、かぁ』
「それだけカナとの対戦が楽しかったそうだぞ」
『楽しかった……うん、そうだね。楽しかった。また、戦いたいな』
「カナならすぐに機会があるだろう」
『ありがとう。5月末からの交流戦……7月のオールスター……っと、まずは支配下登録されなきゃ。明日からまたイースタンリーグだし、そこで結果を出して……うん』
カナは――通話の向こう側で笑った。
『楽しんで、やってみる』
◇ ◇ ◇
3月30日。
「それでは報告会を始めようか」
『お兄さん、なんか声疲れてるね?』
「収録に行ってきたんだ。なかなかハードだった」
『オオ! ついにデスカ!』
ご当地ソシャゲ、最上川これくしょんのゲスカワくんのボイス収録のため、朝からスタジオにこもりきりだった。案の定というかなんというかリテイクの嵐で、最後には何が正しいのかよく分からない状態になっていたが……。
『フフフ、オーディションイベントのチケットもバッチリ抑えましたカラ、ダイヒョーに組織票を入れてくるデスヨ!』
『サーバが無事だといいな? 何かあったらすぐ引き返せよ? 会場にいてもNoimoに連絡して探してもらうからな?』
『アスカサン……そんなゴムタイナ……』
そもそもニャニアンしか行かないんじゃ組織票も何もあったもんじゃないと思うが。
『そのNoimoGamesからは、クイズアプリのリリース日は問題ない、と報告をいただいております』
『うんうん。審査もバッチリ通ったって! ま、課金要素ないしそんなもんだよね?』
「4月2日の月曜だったな。こちらのアップデートも、予定通り同じ日で問題ないだろうか?」
「うん……大丈夫。遅くなってごめんね」
ケモノ選手たちのオフの日を観察できるようにするアップデートは、3月中の予定だった。だがそのボリュームとAIの学習頼りの進行もあり、4月2日で告知できたのが先週のことだった。
『まァ、初回のコンテンツ量としては十分だろ。あとはコツコツ追加していく感じだな』
「ライムちゃんも手伝ってくれて……助かったよ。思ったより、たくさんやってくれて」
『ムフ。らいむはやればできる女だからね! ツグお姉さんもお疲れ様!』
『疲れたといや、アセット作成とAI教育よりも、インタビューの方が疲れたぜ……』
ミタカが細く長く息を吐き出す。
「今回のアップデートはさすがに俺一人で解説できなかったからな。助かったよ」
『お、おう。まァ、俺も今回のは肝いりだからな。説明したいって気持ちはあったからよ。ただ、一回に話をまとめられないのホント面倒だな……カンファレンス開くやつの気持ちが分かったわ』
『ムフ。記者は独自のネタを求めるものだから、バラバラになるのは仕方ないね!』
『まァ、人によって反応する部分が違ったから、飽きたりはしなかったがよ』
おかげさまで各ゲームメディアの記事の読み比べも楽しそうだ。
「他には何かあるか?」
『はい! はい! 先輩、はいッ!』
「どうした、ずーみーよ」
ケモノ野球伝の連載は順調だし、次回のネームも面白くケモプロを切り取れているはずだが……何か問題でもあっただろうか?
『へっへっへ……自分も黙ってるだけの女じゃないんスよ』
黙っているという印象はないが……むしろこういう場で合いの手をいれてくれてくれるのは助かっている。コミュ障の俺にはできないことだ。
『じゃじゃーん! これを見るッスよ!』
言って貼られた画像は、カラーで小さなイラストがいくつも並んだもの。
『LINEスタンプ! 作ったッス!』
「おお……これはいいな」
視聴者の間で人気の高いケモノ選手で構成されたスタンプ群。オーソドックスなものから、電脳の三クマが川の字になって寝ているところとか、伊豆のバラ助がツンデレしてるところとかのクセの強いものまで揃っている。
ちなみにダイトラは真顔だった。連打したい。
「いつの間に作ったんだ?」
『いやー先輩、学生には春休みってもんがあるんスよ。てことで、もう会社ができて一周年になるじゃないッスか? 会社の誕生日祝いってことで!』
「ああ……そうか、設立してからもう一年になるのか」
節税のためという理由で、四月一日設立、三月末日決算ということに決まったのだった。ケモプロはまだシーズンの途中で、まったく一年経ったという気はしないのだが。
『ほらほら、お兄さん』
「うん?」
『こーいうときは、何かスピーチをするべきじゃない? らいむ聞きたいなあ、お兄さんのスピーチ』
「そういうものか」
スピーチ! スピーチ! とか言われて壇上に上がるのは欧米のイメージなんだが、よく考えたらライムはアメリカ人でもあった。そういう発想が出てくる環境なのだろう。
そうだな、節目ということだし――言わなければ伝わらないこともある。この機会に改めて言っておくのもいいだろう。
「……KeMPBがなければ、今頃俺はニート生活の準備を始めていたことだと思う。皆には感謝している」
今考えるとニート生活の準備とはなんだ、という感じだが、あの頃は真剣にそれを考えていた。
「ツグ姉にはゲームを一緒に作ろうと誘ってもらった。プログラミングなんて何もできない俺の代わりに、全部作ってもらって助かっている」
「いッ、いえいえ、そのォ、でへぇ……」
「ミタカはいろいろな知見をくれるし、問題点を明らかにしてくれる。ツグ姉のよき相棒としてこれからも付き合ってほしい」
『お……オゥ』
「ずーみーのデザインがなければここまで広く人に受け入れられなかったと思う。漫画の連載もケモプロの力のひとつだ。頼りにしている」
『ウッス! 先輩という編集がいてこそッス!』
「ライムがいなければクラウドファンディングも怪しかっただろう。なんだかんだで仕事をうまく取ってきてくれる、コミュ能力の高さを尊敬している」
『ムフ。それほどでもないけど?』
「ニャニアンはゲーム作りの根幹を支えてくれているな。インフラの大切さというものを思い知った。時間を問わずに対応する仕事は大変だ、体に気をつけてくれ」
『瓦ノ下の力持ちデスカラ』
「そして会社の根幹を支えてくれているのがシオミだ」
会社の登記から始まり、経理関係、法務関係、すべてを一手に引き受けている。今月も決算だというので大忙しにしていた。
「シオミがいなければKeMPBという会社ができることもなかった。無事一周年を迎えられるのはシオミのおかげだ。ありがとう」
『……いいえ。こちらこそ』
シオミは少し黙ってから、そう応えた。
『面白い仕事をしている、と思っていますよ。他ではできないことが成されている、それを間近で見て支えられるのは楽しいものです。KeMPBが存続しているのは、間違いなく皆さんのがんばりのおかげです。――正直なところ、ここまでうまく回るとは思っていませんでした』
「そうなのか?」
『二、三年ぐらいは厳しい状況が続くかと。いずれ成功するとは考えていましたが、新規事業を始めて一年目からこの業績なら、上出来というところです』
『四月からお給料アップするんだよね? 楽しみだな!』
「ほんの少しだがな」
収入は増えたが、支出も増えつつある。
『どっちも増えたのはいいことだよ。扱うお金が大きくなってるってこと! 自信持っていいと思うな~、ほら、買収の話もあったじゃん?』
「ば、ばいしゅう……?」
「KeMPBを買いたい、という話だ。つい先日商談をしてきた会社に、口頭で話を持ち出された」
『帰り際だったので本気というわけではないでしょうが……』
そういえば、という感じで訊かれたんだったな。
「参考までにいくらで買いたいのか、と訊いたら、一億といわれた」
『いッ、いちおく!? いちおく……ガバスッスか!?』
「円建てだ」
そもそもガバスはもう流通していないぞ。
『は~……それはまた、すごい値段がついたッスねぇ』
『あァ……すげェナメた値段だな』
『え? あれ? 逆? 少ないッスか?』
『オレらが開発したソフト、調達した機材、発掘した顧客、それら合わせて一億だァ? 安すぎんだろ』
クラウドファンディングで調達した資金だけで約二千万。銀行からの借金や持ち出しの出資金、それらすべてがほぼ機材代に消えて、一年半以上かけて開発して、ようやくここまできた。それを金だけ出して手に入れるなら、一億は安いもの――ということだった。
『……正式な話ではなかったので報告していなかったのですが、実は十億の提案もあります』
「じゅっ!?」
「それは初耳だ」
十億。税金でどれだけ取られるか分からないが、この七人で割っても相当な額だ。
「なんでそんな額になるんだ?」
『広告販売額と課金システムの見直しで増収が見込めることと……一番はスポーツ振興くじ、だそうです』
『スポーツ……なんスか?』
『あァ。スポーツ振興くじな。日本だと今はサッカーだけが対象だ。
『あー、トトビッグとか、キャリーオーバーがなんたらとか、聞いたことあるッス。スポーツ振興なんて名前だとは知らなかったッスけど』
『んー? デモ、野球って賭博禁止デスヨネ?』
『賭博は何であれ今は違法だっつーの』
『NPBは2月にスポーツ振興くじ……通称野球くじの導入を検討し始めています。ツヅラさんにも聞きましたが、確かに交渉が進んでいるようです』
「……しかし、ケモプロはゲームだぞ?」
リアルの野球はスポーツ振興になるだろうが、ケモプロはどうだろう?
もちろん野球人から見て『すごいプレーだ』と参考にしたくなるものを提供していくつもりだが。
『その方はできると確信していたようですが、詳細は教えてもらえませんでした。――売却するなら、教えていただけるでしょうが』
シオミは、声を一段低くする。
『……交渉次第ではより高額で売ることも可能でしょう。新たな事業で起業し、軌道に乗った時点で売却する……特別なことではない、よくある商売のひとつです。そういう生き方を選択することもできます。もちろん、売却後にその企業に雇われる身となって事業に関わり続けることも』
人材込みでならより高値で売れますし、とシオミは言う。
『どうしますか、ユウ様。ケモプロで何十年と食っていく、という目標は達成できるかもしれませんよ』
たとえば、売却した金で慎ましく余生を過ごす。インフレが起きると大変なことになりそうだが、不可能ではないだろう。
たとえば、売却先の企業で働く。……雑用係の仕事があるか分からないが、いくらかの期間は置いてもらえるだろう。その間にできることが見つかるかもしれない。俺以外はどうだろう? みんな優秀だから俺が心配するまでもないか。
どちらでも、食うには困らない……だろう、たぶん。
「……俺が決めていいのか?」
『代表社員はユウ様です。この手の決裁の権限は、ユウ様にだけあります。……ユウ様だけが決められることです』
なら、答えは決まっている。
「売却しない。いくらだろうと」
それしか答えはない。
「十億の価値をつけてくれた企業ほど、これから先うまくケモプロを運営できるかどうかは分からない。十億もらった方がマシだった、という結論になるかもしれない。それでも……売却はしない」
「それは……どうしてなの、同志?」
一番近くにいる従姉が、こちらの目をのぞいてくる。その向こうに全員がいる気がした。
「ケモプロの目標は、『食っていく』ことじゃない。『ケモプロを何十年も続ける』こと、そのためにケモプロで食っていくんだ。売却してケモプロが終わったりしたら意味がない」
「みんなで働いたら……続くかもよ?」
「売却先の企業の意向に沿って……というのは違う気がする。……ケモプロの発展は、ファンに応援してもらうことだ。野球くじなんかを始めれば確かに儲かるだろうし、応援だって白熱するだろう。でもそこの原動力はお金だ。みなもとにあるのは気持ちじゃない。そういう人は球場にアバターを送ることもしないだろう。二種類のユーザー層が生まれて……うまく言えないが、見えないすれ違い、のようなものが起きていくと思う」
完全に分離したユーザー同士が交わることはなくても、運営は両方を見なければいけない。そしていつか天秤は傾いて、一方のユーザーは離れていってしまうのではないか。
そんな運営はしたくない。いや、そもそも野球くじだけじゃなくても――ああ、そうか。
「結局のところ――ケモプロを人の手に渡したくない。俺たちが作っていく方向を変えたくない」
この従姉とゲームを作る。
作ったゲームで食っていく。
何十年と存続させる。
「こんなに面白いこと、人に譲れるものか。俺は……俺たちで、ケモプロを何十年も運営していきたい」
やりたいことをやる。たとえ目先の大金を捨ててでも、それ以上に報いるため。
「俺はそう思う。……一緒にやってもらえるか?」
「うん」
『もちろんッスよ!』
『そこ訊かなければ締まってたかな~?』
『まァ、当分はな』
『課金シマス!』
『それでは満場一致ということで』
いやなんか一部おかしか……まぁ、いいか。
『では、仕事の話に戻りましょう。ホヅミさんのスタンプですが、LINEの審査に通す前にオーナー会に回しておきます。権利的には問題ないですが、突然自分の球団の商品が増えても困るでしょう?』
『あ、そっか、そうスね……すいません、驚かせたくって……』
「モノ自体はいいんだ。気にすることはない」
『うんうん! らいむ、これ早く使いたいな! オーナー会も特に問題ないでしょ? 先に審査に回しちゃおうよ!』
『……まあ、反対されるような点は見当たりませんし、途中で取り下げできるなら進めて構いません』
『やったね! 販売告知はサプライズでいこうかな~、ムフ』
『リリースはともかく、身内にサプライズはやめとけよな』
『うッス、反省したッス』
『うんうん、そうだね、知らないと広報も打てないから! ホーレンソーだよね!』
『お前が言うな』
ライムが雲のように笑い、ミタカがツッコミを入れて、みんながそうだそうだとはやしたてる。どこか緊張していた雰囲気が一気に緩くなり、そのままの流れで報告会は終了し――
『やりやがった、アイツ』
――波乱の二年目が幕を開けるのだった。
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