ジャパリカフェで優雅なひと時を――。

いぬぶくろ

ジャパリカフェで優雅なひと時を――

 キィ――、と古く痛んだ、しかし、丁寧に手入れされた木製の扉が優しく開かれた。

 木製の扉から中へ入ると、そこは高山に建てられた一軒のカフェ――ジャパリカフェが、優しいお茶の香りがお客さんを出迎えてくれる。

「あっ、いらっしゃぁい。待ったよぉ~」

 このジャパリカフェの店主のアルパカは、入店したお客さんを心の底から歓迎した。

「こんにちわ。また来たわ」

 入って来たのは、かつて自身が何のフレンズなのか調べるために、サーバルと共にじゃぱりとしょかんへ向かっていた、かばん・・・と呼ばれたヒトのフレンズと共に来店したトキだった。

 初めてこのジャパリカフェを訪れ、アルパカが淹れた紅茶に魅了され、以来、ファンとなって足しげく通うようになった。

「なに飲むぅ? いつもの紅茶?」

「喉に良い紅茶をお願いするわ」

「待ってねぇ。すぐに準備するからぁ」

 彼女たちが来るまで、このジャパリカフェは誰にも知られることなくひっそりと営業を続け、普段はアルパカが自分で紅茶を淹れ、自分で消費しているだけだった。

 しかし、こうしてお客さんが来店するようになり、アルパカはお客さんに紅茶を淹れて提供することで、喜んでもらえる嬉しさ知ることができた。

 さらに、アルパカ自身も紅茶を淹れる技術が高くなり、さらに美味しい紅茶を淹れることができるようになる、という好回転ができあがっていた。

「あぁっ!?」

 紅茶が入っている缶を開けたアルパカが、その中を見て驚いた。

「どうしたのかしら?」

「ごめんねぇ。お茶っぱきらしていたみたいでぇ……」

「あら、本当だわ」

 茶葉は、缶の底に少しだけ残っているだけだった。普段から紅茶を淹れるところを見ているトキも、この茶葉の量では美味しい紅茶は淹れることが出来ない、と悟った。

「しかたがないわ。じゃぁ、他の物を――」

「他の物は……。コーヒィコーヒーがあるねぇ」

「コーヒー……」

 アルパカから提示された飲み物の名を聞き、トキは戦慄した。思い出すのは、初めてコーヒーを飲んだ時の思い出だった。

 じゃぱりとしょかんに住む博士から貰ったコーヒーという飲み物を、アルパカが試しに淹れるというので、トキも一緒に飲んだ時のことだ。その淹れ方というのが非常にワイルドなやり方だったからだ。


コーヒィコーヒーは、こうやっ淹れるって博士が言ってたんだよぉ」

 と、かなり高い位置から、アルパカはコーヒーをカップに注いだ。冷ましながら淹れる工夫、と博士から教えてもらったらしいが、ほとんど冷めていないコーヒーの飛沫がトキの顔面を襲った。

 その飛沫の熱さに驚き、トキはジャパリカフェに使われる全てのガラスを震わす叫びを上げて、石畳の床を転がった。

 飛沫の熱さに悶えるだけでなく、綺麗なトキ色の羽に染みを作りながらも、アルパカが淹れてくれたコーヒーをトキはその味を楽しみに飲んだ。

 その瞬間、トキは舌や鼻だけでなく喉にも、今まで味わったことがない衝撃がはしった。

 淹れている最中は、不思議ではあるがそれなりに好みの香りがしていた。しかし、飲んだ瞬間に口いっぱいに広がる凄まじい苦みに、鼻へ抜ける煙のような臭い。さらに、我慢して飲み込めば喉に走る痺れ。

 これは本当に飲み物だろうか、と声にならない声を上げながら、このことをアルパカに訴えようと顔を上げた。

「変わっ味だけど、美味しいねぇ」

 心のそこからそう思っている顔で、アルパカはそう言った。

 かつて自分の歌を聞き、「いい歌」と評価してくれたかばんと同じ表情をしていたので、本当にそう思っているんだ、とトキは理解した。

「そっ、そうね……。でも私は、普段の紅茶がいいかしら」

 にがみに悶えるトキは、こう絞り出すことが精いっぱいだった。


「あんねぇ、前にトキがにがいのダメっ言ったからぁ、博士に聞いたのぉ」

 「はいこれ」と出されたのは、小さな壺だった。フタを開けて中を見ると、そこには乳白色の粉がたっぷりと入っていた。

「なにかしら、これは?」

こなミルクぅ? って言うらしいんだよぉ。砂糖と違ってぇ、苦みが柔らかくなるんだよぉ。試しに淹れてみたけど、全然、苦くなくなったんだよぉ」

 初めてコーヒーを飲んだとき、アルパカの勧めでコーヒーに砂糖を入れたが、甘くはなっても苦みが消えることはなく、コーヒーを全て飲み切ることができなかった。

 それ以来、コーヒーは飲んでいなかったが、せっかく自分のためにここから遠く離れたじゃぱりとしょかんへ行き、博士に聞いて持ってきてくれたのだから、とトキは決心した。

「分かったわ。また、飲んでみる」

「じゃぁ、ちょっと待ってねぇ。すぐに淹れるからぁ」

 トキが飲まなくても、アルパカは一人で自分のために――もしかしたらトキが居ない間にコーヒーが好きなフレンズがやって来て飲んでいたのかもしれない。

 アルパカは手慣れた様子で、ドリッパーに挽きたてのコーヒー豆を入れてお湯を注ぐ。その下には、先ほどまでカップウォーマーで温められていたカップが置いてある。

 鮮やかではあるが落ち着いた手つきで、アルパカは淹れたばかりのコーヒーをトキの前へ置いた。

「入れすぎるとぉ、何がなんだか分んなくなっちゃうからぁ、少しずつ入れた方が良いよぉ」

「分かったわ。ありがとう」

 とはいえ、あの時の惨事を思い出すと、多過ぎるくらいが丁度いいと思ってしまい、トキはティースプーンでさっさ・・・と砂糖と粉ミルクをカップへ入れた。

 そして、きちんとかき混ぜたうえで、震える手でカップを持ち上げ――飲んだ。

「――――――飲める……。美味しいわ、これ」

「でしょぉ? 良ったぁ」

「ありがとう、アルパカ。私のためにわざわざ、こんなのも用意してくれて」

「美味しい物は、一緒に飲んだ方がもぉっと美味しなるからねぇ」

「でも、ちょっと甘すぎるわ。入れすぎちゃったみたいね」

 失敗もまた楽しみだ、とアルパカは笑い、それにつられてトキも笑った。

 二人でコーヒーに舌鼓を打っていると、ドアが開く音が聞こえた。

「あ~、いい匂い。ちょうどいい時に来たわね」

 トキが入って来た時と違い、やや荒めに開かれたドアから入って来たのは、ショウジョウトキだった。

「いらっしゃぁい。待ったよぉ」

 アルパカはショウジョウトキを出迎えながら、新しくコーヒーを淹れるために準備を始めた。

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ジャパリカフェで優雅なひと時を――。 いぬぶくろ @inubukuro

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