グッバイ・ジャパリパーク
秋田川緑
鳥取先生とさよならジャパリパーク
あるところに、鳥取先生という獣医の先生がいました。
子供の頃から動物とお話が出来ると言う、不思議な先生です。
動物と直接お話が出来るので、診断に失敗が少ない名医でした。
ですが、そんな彼は、他の人達からは変わり者と見られて、気味が悪いと爪弾きにされています。
そんな彼がようやく巡り当てたのが、ジャパリパークです。
サンドスターと呼ばれる不思議な物質のおかげで人に変化した動物達が暮らす、とても素晴らしい島でした。
人に変化した動物達はフレンズと呼ばれ、動物の習性や特性を強く引き継いだ女の子達です。
誰もが無邪気で、とても素敵な女の子達でした。
ところで、先生は結婚していません。
動物と話が出来る先生は、人の女の子からも不気味と避けられていたのです。
それがどうでしょうか。
ジャパリパークで生活する人々は、皆、動物のことが大好きなので、動物と話せる鳥取先生はとたんに人気者になりました。
フレンズからは『ジューイさん』と呼ばれ、皆に慕われています。
「良いところだな、先生。ここじゃ皆と友達になれる」
こう話したのは、鳥取先生がジャパリパークに連れてきた犬です。
名前をハッピーと言います。
雑種ですがとても賢い犬で、鳥取先生とは付き合いの長い大切な友達でした。
「そうだね。僕はジャパリパークに来れて、とても幸せだと思うよ。でも、ハッピー。僕は、君もフレンズになれたらなぁって思うんだ。そしたら、君は僕以外の人ともお話できるし、フレンズの皆ともお話できる。それって、とっても素敵なことじゃないか?」
ハッピーは言います。
「いや、俺はこのままで十分だ。今の自分に誇りを持っているからね。
もう少ししたら君ともお別れかもしれないけれど」
ハッピーが言うには、自分は犬として生きて来たのだから、そのまま犬として命を終えたいと、そう言うのです。
ハッピーはもう、14歳。
人間で言うとおじいちゃんで、最近、食べるご飯の量も減っていて、鳥取先生はとても心配していました。
鳥取先生はとたんに悲しくなります。
「君とお別れするなんて嫌だよ。でも、君がそうまで言うなら仕方が無いな」
その時、フレンズが遊びに来ました。
鳥のフレンズで、空から降りてきます。
「ジューイさーん! ハッピー元気?」
「ああ、君か。元気だよ。なぁ、ハッピー?」
ハッピーは鼻を鳴らすと「もちろんさ」と言いました。
ですが、フレンズは動物の話が聞けません。
ハッピーが何を言っているのかが、分からないのです。
「ハッピーなんだって?」
「元気だよって言ってるよ。ところで、今日はどこで遊んできたんだ? どこかで怪我をしている子や動物を見なかったかい?」
そんな幸せな日が続いたすぐ後のことでした。
ジャパリパークで、セルリアンと呼ばれる謎の生物が大量に出現したのです。
セルリアンはフレンズを食べました。
食べられたフレンズは元の動物に戻ってしまい、鳥取先生の診療所は、動物に戻ってしまった元フレンズ達で一杯になります。
先生は、動物達を必死になだめました。
「みんな、大丈夫だよ。落ち着いて」
動物に戻ってしまった元フレンズ達は、フレンズだった頃の記憶があいまいで、鳥取先生の話を聞きながら落ち着かない様子で診療所を歩き回りました。
ジャパリパークは大混乱です。
そうしている内に、人間達にも犠牲者が続出しました。
セルリアンを捕獲しようとした人間達は、捕獲に失敗したどころか食べられてしまい、食べられた人達は記憶や言葉、楽しく笑っていた明るい気持ちなどを失い、人のお医者さんもてんてこまいです。
そうして、ジャパリパークは危険な場所と判断され、人間達の撤退が決定されました。
島から、全員で脱出するのです。
「動物の皆を、置いていけって言うんですか?」
鳥取先生は大反対でした。
元々強い動物だったフレンズの女の子達はなんとか戦っていましたが、危険な状況が変わりません。
セルリアンに打ち勝つには、人の知恵が必要なのです。
ですが、他の人だって、本当はジャパリパークから出るなんて嫌でした。
誰もがジャパリパークのことが大好きで、出来ることなら残りたいと思っていたのです。
でも、セルリアンに襲われた人には、意識不明になった人もいました。
誰もが仕方がないことなのだと涙を流し、拳を握り締めて苦渋の選択を選びます。
鳥取先生は、最後まで抵抗しました。
ですが、他のスタッフの説得と、何よりもフレンズと動物達の必死な説得によって、島を出ることに決めたのです。
たくさんの動物達が鳥取先生のそばで言います。
「元気でね、ジューイさん」
しかし、そんな動物達の声を聞けるのは、鳥取先生だけでした。
フレンズでなくなってしまった動物の声は、普通の人は分からないのです。
たくさんのフレンズや動物達が見送りに現れます。
フレンズは島から出られません。
サンドスターと言う物質は、この島から出ると影響力を無くし、フレンズ達は動物に戻ってしまうと考えられているからです。
「ジューイさん、また帰ってくるんでしょ?」
こう言ったのは、毎日のように遊びに来ていた鳥のフレンズです。
「必ず帰ってくるよ」
鳥取先生は、そう約束しました。
「分かった。みんなで頑張ってセルリアンをやっつけて待ってるから。約束だよ、ジューイさん」
船が港から出航します。
島には人工物が残されています。
ゆくゆくはガイドロボットとして稼動する予定だったロボットもいて、それらも島に残されました。
食べ物を作る施設や食料供給用の畑、バス等の乗り物もそのままです。
先生は思いました。
ああ、全てここに置いて、僕達は船で行ってしまう。
なんとかして、この島の皆を助けたかった。
そう思った先生に、犬のハッピーが言います。
「大丈夫さ。皆きっと、元気でやっていける」
「僕は、心配だよ。もう、会えないかもしれない」
「そうだな。この騒動は難しい問題だ。そして、何年かかるかは分からないが、この状況が変わらなければ、きっと、君のことは忘れられてしまう。俺達は人と違って、そんなに長生きも出来ないからな」
きっと忘れてしまう。
しかし、ハッピーは言葉を続けました。
「でも、あの場所はジャパリパークだ。きっとまた会える。きっとまたお話できるさ。それがどんな形になるかは分からないが。
奇跡を生み出してくれるんだろ? サンドスターは。
……うん、俺もそろそろ眠くなってきたよ。そろそろ眠ろうと思うよ。おやすみ、先生」
ハッピーはそう言うと静かに目を閉じ、揺れる船の中でずっと起きませんでした。
先生は獣医です。
ハッピーがもう、起きることは無いのだということには、すぐに気づきました。
先生は冷たく強張っていくハッピーの体を抱きしめて、言います。
「ああ……! 僕達は、君達が大好きなんだ。皆、ずっと友達だよ。どんな姿になっても。皆が忘れても、僕達は絶対に忘れない。また、会えるのを楽しみにしてるよ。また、いつか、ジャパリパークに行こう。
だから、今は、おやすみ、ハッピー」
その後、先生は偉い人の命令で島に戻ることは出来ませんでしたが、先生や他のスタッフ達が望んだ『島の皆を守りたい』と言う想いを背負って、一人のパークガイドだった女性が島に渡ります。
名前をミライさんと言ったそうです。
彼女がフレンズ達と冒険した物語は別のお話。
いずれ、どこかで語られるかもしれませんが、再びジャパリパークに戻りたいと願った人々の想いは、今も生き続けているのです。
おわり
グッバイ・ジャパリパーク 秋田川緑 @Midoriakitagawa
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