博士「野球……?」
桐生細目
第1話 「みなさんで野球をしませんか?」
突然のかばんちゃんの提案。この場にいた全員がかばんちゃんの言葉の意味がわからずに首を傾げていた。
「やきう? やきうってなになにー?」
「やきゅうってのは闘えるのかい?」
サーバルたちがかばんちゃんの周りに集まってきている。
みんな、よくわからないけれどもかばんちゃんがすることだからと、信頼をして彼女に集まってきている。
「野球……ですか」
「野球と、かばんは言っていたのです」
博士と助手。他のフレンズとは違い知識の豊富な彼女たちは騒ぐようなことはなかった。
冷静に、沈着に、かばんちゃんと彼女に集まるフレンズたちを眺めている。
「かばんは、いつも突拍子もない事を言うのです。この島で、野球を知っているフレンズがどれだけいると思っていやがるのですか」
「まったくです。アレはルールが複雑なのです」
頷く助手。
「そもそも野球をやるにはここにいるフレンズでは足りないのです」
「そ、そうなのです」
一瞬言葉を詰まらせる博士。
「た、たしかにフレンズは多いほうが良いのですよ。図書館で読んだ本にもたくさんのヒトが描かれていたのです」
思い出す。
図書館の奥にあった本のことを。
そこには今まで読んできた本には書いていないことがたくさん載っていた。知った知識もたくさんある。知り得た感情も同じくらいに。
頬が熱くなっていくのを感じた。いやダメなのです。長である自分は冷静沈着ではなくてはと、顔を振って熱を冷ます。
「しかし意外なのです。かばんがこんな提案をしてくるとは。あんなおとなしそうな顔をして……」
視線の先にはかばんちゃんがいる。彼女の周りにはいつの間にか多くのフレンズたちが集まっていた。みんなかばんちゃんの言葉に耳を傾けていて、わからないことがあれば質問をしている。
あいにく辺りが騒がしくなってきているので博士たちのもとには声までは届いていない。
「いつの間にかギンギツネたちもいるのですね。彼女たちはかばんに色々と教えられたと聞いたのです。けど、やはりその感情を知らないとダメなのですね」
かばんちゃんが手のひらを握ったり開いたりしている。
「ルールを教えているのです。はたして賢い我々以外に教えることができるのですか」
「大丈夫なのです博士。かばんはそれができるフレンズなのです」
また頬が熱くなるのを感じた。教える。それはつまりこの場で実践をするということ。
「かばんにはその感情がないのですか」
こんなにフレンズがいる場所で実戦なんて。頬だけじゃない。顔全体が熱くなってきた。いつかかばんに作ってもらったカレーを食べた時にも似た感覚。しかし違う。この感情はその時のものとはまったく違う。
「かばんが脱ぎだしやがったのです!」
押さえていたはずの感情が溢れ出す。胸のあたりを押さえてかばんちゃんの様子を見る。
「口で説明すればいいだけなのに、まさかかばんはそういう趣味を持っていたのですか」
視線の先で上着を一枚脱いだかばんちゃん。足元に置いてあった袋を持ち上げて、中から別の服を取り出した。
「そういうことですか。本にも書いてあったのです。この野球という遊びは靴下でさえ一枚扱いなのです。つまり、それだけ服を着ていれば有利になるのですよ」
しかしかばんちゃんは取り出した服を羽織り、ボタンで前を閉じていってそれで終わり。最初に脱いだ服は畳んで袋の上に置いた。
「あれは一体どういう意味なのです。あれではただ単に着替えただけなのです。一体なんの意味が……」
口元に手を当てて考え込む。
「考えるのです。かばんがただ着替えただけとは思えないのです」
着替えたかばんの周りを珍しそうにサーバルが回っている。ボタンを開けていったん脱いで、それをサーバルに着させている姿も。
「そうか。わかったのです」
かばんちゃんが脱いだときのことを思い出す。先程までの服は脱ぐために頭を通さなくてはならず、そのため時間がかかる。一方のいま着ている服はボタンを外せばすぐに脱ぐことができる。
「野球で負けた時、すぐに脱げるようにするために着替えやがったのです」
「……ユニフォーム交換なのですか?」
「かばんは野球をすることに慣れていると思うのです。脱ぎ慣れているから、脱ぎやすい格好に着替えたのです。ハレンチ極まりないのです」
「あの、博士?」
隣で助手が声をかけるが、興奮している博士の耳には届かなかった。
「よく見ればかばんは帽子も手袋もあるのです。じゃんけんで負けても脱ぐものがたくさんあるのです。狡猾なのです」
「博士」
「どうしたのです助手」
ようやく声が届いた。その助手はなぜだか頬を薄く染めていた。
「その、博士。非常に言いにくいことがあるのです……」
「どうしたのです。助手らしくないのです。ズバッと言うのです」
博士の言葉に覚悟を決めた。
「博士はその……思い違いをしているのです」
「なにをなのです?」
「かばんがやろうとしているのは、ボールを使う『野球』なのです。球技なのです」
「ッ!」
言葉にならない声を漏らして博士はしゃがみこんだ。いつもポーカーフェイスな彼女が顔を手のひらで隠して、それでも耳まで真っ赤になって、小さく声を上げて悶えていた。
「ちがうのですちがうのです。別の野球と間違えたわけではないのです。かしこい長がそんな間違いをするはずがないのです」
「博士、大丈夫なのですか?」
「だいじょうぶですだいじょうぶです」
そこにサーバルがやってきた。彼女はうずくまっている博士の前に回り込んで
「どうしたの博士? 博士たちは、かばんちゃんたちとやきう? やらないの?」
「もちろんやるのです!」
それまでしゃがんでいた博士が勢いをつけて立ち上がるものだから、目の前にいたサーバルは驚いて後ろへとジャンプした。
「なにを驚いていやがるのです。さっさと野球を始めるのです!さぁ始めるのです!」
ヤケ気味にかばんちゃんへと近寄っていく博士。
「かっ飛ばしてやるのです!」
赤面したまま涙目の博士が、かばんちゃんが投げたボールを気持ちがいいぐらいに打ち上げるのは、数打席後のことだった。
博士「野球……?」 桐生細目 @hosome07
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