優しい夢

バークシー

優しい夢

 「全部、夢なんじゃないかな」

 「え、なぁに? かばんちゃん」

 ボクは言葉を紡ぐ。ボクの隣で笑っている友達に向かって。

 「つまりねサーバルちゃん、ボクは時々こう思うんだ。全部夢なんじゃないかって。初めてサーバルちゃんと出会ったあの日。右も左もわからずにいたボクに手を差し伸べてくれたことも。それからラッキーさんと出会って、色んな場所を回って。たくさんのフレンズさんと仲良くなって。みんな親切で優しかった」

 でも。

 ボクを一番救ってくれたのは。

 「だけどねサーバルちゃん、もしもだよ、それもこれも全部まとめて一から十まで夢なんだとしたら?」

 「ふーん。かばんちゃんはこれがみんな夢なんだって、思うの?」

 ボクの言葉を受け取って、サーバルちゃんは言う。ボクに笑いかけながら。

 「そう、夢。夢としか思えないんだ。こうしてサーバルちゃんと話している、今この瞬間でさえも儚く消え去っていく夢。そうしてボクに残されるものはと言えば、ほんの少しの輝きと、ほんの少しの切なさ。それだけなんだ。それだけでしかないんだよ」

 「……」

 彼女は笑っている。陽だまりのような笑顔でボクを見つめながら。

 「だからボクは今眠ってるんだ。時間を忘れて泥のように。そのうちお日さまが昇ってボクの顔に眩しい光を投げかける。目を覚ましたボクは眠い目をこすりながら辺りを見渡すんだ。そこではボクと同じヒトが周りにたくさんいて。ヒトは絶滅なんかしてなくて。そしてボクはこう思うんだ。『ああ、ボクは一人ぼっちじゃなかったんだ』って。そこがボクの居場所なんだ。そこがボクの本当に帰るべき場所なんだよ」

 そしてボクは自分の居場所で平穏な日々を過ごすのだろう。

 夢の中で隣にいた君のことさえ次第に忘れていきながら。

 「かばんちゃんの言う通り、これが夢だったとしてもさ、かばんちゃんは一人ぼっちなんかじゃないよ! だってみんながいるもん! もちろんわたしもね! それとも、かばんちゃんはやっぱり寂しい? わたしと一緒にいるの、楽しくない……?」

 少し不安そうな顔で、サーバルちゃんは言う。

 「そんなことない、楽しいよ。ボクにはもったいなさすぎるほどにね。だからこそ、だからこそなんだよサーバルちゃん。そうであるからこそ、ボクは今が夢だと思わずにはいられないんだ」

 「どうして? どうして楽しいと、それが夢だって決めつけちゃうの?」

 「それは……」

 どうしてだろう。

 ボクは言葉に詰まる。

 そういえばそうだ。

 楽しいということと、夢であるということはイコールで結びつかない。

 楽しいから夢。

 なら、楽しくなかったら現実なのか。

 そうじゃない。

 そもそも、そんな単純なものじゃないだろう。

 そんな単純に分けられるほど、夢と現実っていうのは……

 サーバルちゃんはピョンと数回飛び跳ねながらボクの正面に移動した。

 そして言う。

 黙り込んでしまったボクを包み込むように。

 「かばんちゃんはさ、考えることが得意なフレンズなんだね。だから色々考えて、考えすぎちゃって、それで身動きが取れなくなることもあるんだと思うよ。もっと気楽にしたらどうかな、わたしみたいに!」

 「サーバルちゃん……」

 水面に。

 一滴の雫が落ちて、波紋を広げるかのごとく。

 サーバルちゃんの言葉は、ボクの心に染み渡っていった。

 考えすぎる。

 確かに。

 確かにその通りだ。

 ボクは走ることも苦手だし、泳ぎも得意じゃないし、空を自由に飛ぶこともできない。できることといえば思考すること。思考して、再考して、熟考した果てに掴んだ答えに、答えらしきものにすがりついて行動する。それぐらいしかできない。

 でも。

 だったら。

 時には頭を休めることも、必要なんじゃないだろうか。

 張り詰めた糸は、そのまま力をかけ続けると、やがて切れてしまう。

 思いつめすぎないことも、重要なんじゃないだろうか。

 「……そうだね。ボクは少し、考えすぎてたみたい。サーバルちゃんの言う通りだよ」

 そう言って、ボクは笑った。

 「あ、かばんちゃん、やっと笑ってくれた!」

 「え?」

 「かばんちゃん、さっきからずっと難しい顔してたんだもん。真剣な顔のかばんちゃんも好きだけど、わたしは笑顔のかばんちゃんの方がもっと好きだな!」

 「そ、そうかな……?」

 照れ隠しに、ボクは頬を掻く。サーバルちゃんは満足そうに頷いて言った。

 「かばんちゃんも元気になったみたいだし、もう大丈夫だね! それじゃ、そろそろ帰る時間だよ! みんな待ってるんだから!」

 「サーバルちゃん……?」

 サーバルちゃんの言葉と同時に。

 どこからともなく、光が溢れてきて。

 「……!」

 辺りが白く染まっていく。

 眩しさにボクは目を細める。

 「これは……!? サーバルちゃん、どこ……!?」

 「――、――!」

 光の中で。

 ボクを呼ぶ声が、聞こえた気がした。

 吸い寄せられるように、ボクはその方向へと向かう。

 「サーバルちゃん……!」

 「――!」

 声は次第に大きくなっていき。

 反対に、光は収束していく。

 そして。

 「……ぅ」

 気づいたら、ボクは地面に倒れていた。

 草の匂い。

 判然としない記憶のまま上体を起こすと、目の前に誰かがいた。

 視界がぼやけていてはっきりとは見えないけど、誰かはわかる。

 「サーバル……ちゃん……」

 そこにはサーバルちゃんがいて。

 ボクとサーバルちゃんを囲むように、みんながいて。

 「……ボクは……そうか……」

 思い出した。

 ボクは、黒いセルリアンに飲み込まれて……

 夢を、見ていたのか。

 「かばんちゃん……っ!」

 サーバルちゃんが、ボクを抱きしめる。

 みんなが心配そうに、ボクを見つめている。

 「……」

 ああ。

 ここには。

 こんなにも。

 「……………あったかい……な……」

 そうしてボクは戻ってきた。

 みんなが待ってくれている場所に。



………

……



 「かばんちゃん、ねー、かばんちゃんってば!」

 「……あ、ごめん、サーバルちゃん。なに?」

 「どうしたの? ぼーっとして」

 「ううん……少し、思い出してたんだ。これまでのこと」

 寄せては返す波の音を聞きながら、ボクとサーバルちゃんは何をするでもなく、海の向こうを見つめていた。

 今が夢か現実か。

 どうしてボクは、この日々を夢なんだと思い込もうとしたのか。

 「かばんちゃん?」

 つまるところボクは。

 この時が。

 この瞬間が。

 どうしようもなく愛おしくて。

 どうしようもなくかけがえのないもので。

 夢のように尊くて。

 自明のように幸せで。

 だから消えてなくなるのが怖くて。

 それで夢なんだと。

 夢だから消えて当たり前なんだと。

 そんな袋小路に逃げ込んで。

 それこそ現実から目を逸らしていた。

 現実を見ようとしていなかった。

 「んー……えい!」

 そんなことを考えていると、いきなりサーバルちゃんに両頬を引っ張られた。

 「ひゃ、ひゃに、ひゃーばるひゃん!?」

 痛くはないけど、言葉がうまく発音できなくて愉快なことになってしまっている。

 「かばんちゃん、難しい顔してるー。そんなに顔をしかめてたら楽しいことも逃げていっちゃうよ? ほら、笑って笑って! えいえーい!」

 「ひゃめへ、ひゃめへー!」

 「あはははは!」

 結局のところ。

 今が夢なのかそうじゃないのか。

 そんなことは、取るに足りない問題だったんだ。

 大切なのは、今を精一杯楽しもうとする気持ち。

 それだけで十分なんだ。

 それだけで、ボクはどこでだって笑って生きていける。

 「……ふふっ! あははは!」

 だけど。

 だけどボクは。

 もう少し。

 もう少しだけ。

 この夢に包まれながら生きていこうと思う。

 この、隣に君がいる、優しい夢の中で。



 終

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優しい夢 バークシー @09sea

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