第6話 ちぐはぐな歯車

「……さて、ここからどうしたものか」

「……は?」


 クルーデを追うと言ったものの、テリオ自身はそれほどルヴニールの外に出たことがない。剣の腕が立つだけの青年に過ぎないテリオが、急に村を飛び出したところで何をできるという訳でもなく。肝心のクルーデに辿り着くまでに何をすべきか、テリオは皆目見当が付いていなかった。


「……呆れるな。何も考えずに飛び出したのか」


 やれやれと言わんばかりに頭を押さえるキビィ。そんなどうしようもないテリオに向けて、ここは旅の先輩らしく、とアドバイスをかける。


「このあたりに隠れていたとしても、すぐに追っ手が来るのは分かりきっているだろう。ならば少しでも見つかる可能性を低くしようと、船を使って別の大陸へと移動するのではないか?」

「なるほど……船か」


 クルーデは騎士団の任務により、あちこちを訪れていた。基本は馬車だが、海を渡る時は当然船を利用する。空路を選ぶことは――この世界においてはまず有り得ない。


「まぁ、ただ漠然と動くわけにもいかないだろう。となると、ある程度の目星をつけておく必要があるんだが。――地図は?」

「ちょっと待ってくれ、持ってきてる筈だ。――ほら」


 キビィはテリオから地図を受け取ると慣れた手つきで広げ、現在の位置を確認し始める。よく見えるようにと、キビィの手元に明かりを寄せるテリオ。


 五つあるうちの一番小さいものが、テリオたちのいる大陸である。地図は大まかな情報しか描かれていないもので、大陸や街の位置関係を知るにも微妙なところだったが――キビィは何も言わず、ルヴニールの位置に指を置いたまま、周りの街をチェックしていく。


「……そのクルーデという奴が騎士団として訪れた所で、一番近いのは?」

「――アルデンだ。昔そこで野盗の討伐を行ったって話を聞いた」


 アルデンで行われた野盗討伐。クルーデの始めての大陸外での任務。無事に任務を終えて村へ戻ってきたクルーデを、孤児院の皆で祝ったことをテリオは思い出す。この頃のクルーデはまだ街での宿舎住まいではなく、村から街へと通っていた。まだ、三人の距離がバラバラではない時だった。


「それじゃあ、ひとまずの目的地はアルデン行きの船が出る港町だな」

「となると、ファリネに寄ることになるのか……ん?」


 空いている方の手で、アルデンまでの道のりをなぞっていくキビィ。港町リナードは、騎士団の本部があるファリネの街を挟んだ先にあった。ルヴニールからファリネまでは、歩いたとしても半日あれば着く程度の距離である。


「クルーデがわざわざファリネの付近を通る道を選ぶとは思えないが、別の場所から船で移動することはないのか?」

「……個人で船を持てたとしてもたかが知れているだろう。碌にモノもない船じゃ海上で魔物に襲われた段階でお陀仏だ。それならば港から出る船に乗った方が確実じゃないか」


「それに、騒動が起きて直ぐならば混乱に乗じてどうとでもなる。まさか森を一人で抜けられられない程度の男じゃないんだろう?」


 傷を負って動けないでいる間、騎士団員が一度だけ村の方に顔を出したとテリオはカリダから聞いていた。団員は村で起きたこととクルーデが逃げた方向だけ確認して、直ぐに戻ってしまったらしいのだが――それがキビィの言う通り混乱の真っただ中にあったとするのなら、十分に合点がいくことだとテリオは頷く。


「よし、それじゃあファリネで情報収集がてら――おっと」


 テリオが納得したことを確認して。地図を収めて彼の前を歩き始めようとしたキビィが、急に後ろへと飛びのく。何事かとテリオがそちらの方を見ると、小型の魔物がいたのだった。


「こんな街道に……魔物?」


 毛を逆立たせて威嚇をしているが、力はそれほど強くもなく。当時子供だったテリオたちでも退治できる程度の魔物。森でクルーデと共に、よく狩っていた魔物である。


「森にもよくいたやつだな……無理に倒す必要もない。元々は臆病な性格だから、武器があるのが分かれば逃げて――っ!」


 そう言ってテリオが剣を抜いた矢先だった。魔物は間髪入れず、テリオに向かって飛び掛かる。爪も牙も、それほど鋭くはないため余程の事が無い限りは大怪我を負うことはない。そういった油断もあって、不意を打たれたテリオは、対応するのに一歩遅れてしまう。


「くそっ――」

「――ふっ!」


 まさに一瞬の出来事――


 テリオの目の前で、急に魔物が真横に吹っ飛ばされた。少なくとも、テリオの目にはそう見えたのだが――実際にはテリオが剣を振り上げるよりも早く、キビィの拳が魔物の横っ腹を打ち抜いていたのだった。


「なっ……!?」


 村に来た時点では一人で旅をしていた以上、キビィも“多少は”戦えるものだと思っていた。それが――目の前で見せられたのは、少なくとも“多少”とは言えない速度。予想以上の動きを突然目の当たりにして、テリオは開いた口が塞がらない。


「最初からこの調子では、前途多難だな――」


 唖然とするテリオを横目に、キビィやれやれと言わんばかりにため息を吐く。


「……少し油断しただけだ」


『これなら自分が護衛する必要なんてないんじゃないか』という気持ちになりながらも、キビィの言葉に気を取り直し、剣を構えて魔物の動きに注意するテリオ。


 吹き飛ばされた魔物は戦意を失っておらず、すぐさま体勢を立て直していた。そして、まるで狂ったかのように、先と同じ勢いでテリオへと飛び掛かっていく。


「――――」


 近づいてくる魔物の牙を難なく躱し、すれ違い様に一撃。体の中心から真っ二つに切り裂かれた魔物は、その場でドサリと地面に落ちた。


「……様子がおかしい。ここまで獰猛なのは初めてだ」

「そのことを含めて、街で情報収集をする必要がある、か……」






「そのクルーデというのは、どういう男なんだ?」


 しばらく無言で歩いていた二人。暗い夜道、『いい天気ですね』のような会話もできる状況ではなく、静寂に耐えかねたキビィがテリオに問いかける。


「……あぁ、そうか。クルーデのこと知らないんだよな。そりゃそうだ、知ってたら付いていくなんて言い出すはずがない」

「ほぉ……?」


 テリオの意趣返しのような物言いに、キビィもカチンときた。――実際の所、クルーデに対して興味があるわけでもなく、ただ聞いてみただけだったために尚更だった。


「いいから話せ、形式上付いていく形になっているが――私たちは雇用関係であって、雇い主は私だ。護衛として私の身を守る以上、話を聞いておくのが筋というものだろう」


 半ば無理やりの関係に一言言いたくもなったテリオだったが、これ以上は旅を進める上で問題になると、仕方なくキビィに答えることにする。


「‟銀腕の”クルーデ。ファリネ騎士団のエース、村の子供たちの憧れだよ。剣の腕なら団長である“竜屠りの”ルティスさんにも引けを取らないとまで言われているぐらいさ」

「“竜屠り”と――ねぇ。……で、その騎士団のエースをお前が追う理由は?」


「……最初に『親友だ』って言ったんだが。クルーデは孤児院のころからの幼馴染だ。家族みたいなもんだよ」

「先日の戦いを見た限りでは、そのような関係とは思えなかったがな」


 キビィの目に映ったクルーデは、真剣にテリオを殺しにかかっていた。あの時建物が倒れて来なければ、それの下敷きになりそうなところをキビィが助けなければ、確実に命を落としていたことだろう。


「なにか恨まれるようなことをしたのか?」

「……そんなわけないだろ。理由なんて、俺にはさっぱり分からない。『一からやり直す』って言っていた意味も、他のことも、何もかも――」


 考える時間はベッドの上にいる間、十分にあった。けれども――テリオには何も見えてこなかったのだ。始めに騎士団長を襲ったわけも、村まできて火を放ったことも。そして、自分に刃を向けてきたことも――


「……家族といえば、ミーテとかいう女も置いていっただろう。夜中に一人で、黙って出ていくのもどうなのかと思うぞ」

「起きるのを待っていたら、絶対に付いて来たがる。それに、ミーテはあいつクルーデの彼女だ。これ以上世話になり続けるのも気が引けるだろう」


 幼少期から長い時間を共に過ごしてきたテリオだからこそ、諦めるよう説得するのは一筋縄ではないのが分かりきっていたため、申し訳程度の書置きだけ残して出たのだった。


「ほぉ……意外だな。それにしても距離が近いように見えたが」

「……孤児院で長い付き合いだからさ」


 ミーテは昔以上に三人でいることに拘っていたし、クルーデは変わらず騎士団としての仕事に集中していたし。元々家族のような関係だったが故に、こうなってしまったのだとは思うけれども、三人の中で自分だけが妙に気にしてしまって。――どこか自分の存在が、歪なものなんじゃないかとテリオは感じていた。


 努力をして夢を掴んだクルーデに、ミーテが魅かれたのも当然だとテリオは感じていたし、そこに嫉妬の感情は無い。二人が結ばれたときにはテリオも祝福したし、二人はそれを喜んでいた。それで何もかもがきっちりと収まっていたはずだった。だからこそ――


 クルーデがなぜあんな行動を取ったのか、テリオには理解できなかった。

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