シロサイと脱衣場

ドスタム

温泉、脱衣場、西洋甲冑。




「ええー!?なんですって?!このよろい、取れるんですのー!!??」



 温泉。


「服は脱げる。」


 ということをかばんちゃんに教えてもらって以来、それをやってきたフレンズたちに教えるのもギンギツネたちの楽しみの一つになっていたが、この日へいげんちほーからライオンたちと一緒にやってきたシロサイほど、そのことに驚いてくれたけものはいなかった。



「ええ、そうよ。ほら、こうして”ぼたん”を外して脱いでいくの。」



 シロサイのオーバー気味なリアクションに少しびっくりはしたものの、慣れた手つきでボタンを外し、上着を”外して”みせるギンギツネ。シロサイはその様子を感嘆した顔で見つめている。



「こ、この・・・この重いよろいが取れる・・・取れるんですの・・・。」



 すっかり上気した顔で、ギンギツネの手つきを見よう見まねに、シロサイも左手の手甲を右手で掴み、思い切って前に引っ張ってみた。するとすぐ「ガシャッ」という音がして、あっけなく手甲が外れる。中から自分でも初めて見るツルツルの自分の手が現れ、そして一気に左手が軽くなった。



「すごーい!!すごいすごい!!すごいですわー!!」



 大興奮するシロサイ。

 よろいを重いとは思っていたが、外せるとも、外すことでこんなに体が軽くなるとも思っていなかった。

 ガシャン!ガシャン!と大きな音を立てながら、次々とよろいを外していくシロサイの周りに、そばにいたフレンズたちも「なんだろう?」と首をかしげながら集まってくる。


 フレンズが"ツルツル"になるのは見慣れているギンギツネとキタキツネも、シロサイの着ているような服を見るのは初めてで、興味津々しんしんでシロサイの服を観察している。


 床に落ちたシロサイの手甲を拾って、アラビアオリックスが驚きの声を上げた。



「すごーい!!シロサイの服、重ーい!!」



 臑当すねあての部分を持ち上げたオーロックスも、驚きを隠せない。



「やべぇよ!シロサイの服やべぇよ!!」



「もしかしてシロサイの服って、みんなの服で一番重いんじゃないか?」



 ヘラジカが、手甲と自分の服を交互に持ち比べながら、感心した様子で言った。



「だからいつもすぐ疲れてたのか。」



 そして最後にお腹と背中をぐるりと覆っている、胴当ての部分を外すのに成功したシロサイは、生まれて初めて感じる全身の蝶のような身軽さに、思わず感嘆の声を上げた。



「軽い!!!体が軽いですわー!!!!」



 そして喜びのあまり、一糸纏いっしまとわぬ姿で脱衣場の中を走りだすシロサイ。こんなに嬉しそうな、そして素早い動きのシロサイを、フレンズたちは誰も見たことがなかった。しかもこんなに速く動き回っているのに、ちっともいつもみたいに息切れしないのだ。



「「すごーい!シロサイはやーい!!」」



 フレンズたちの間から次々に歓声が上がる。



(す、すごいですわ!!!わ、私こんなに走り回っているのに、ち、ちっとも息切れしませんわ!!わ、私もう服を着るのをやめますわ!!ず、ずっとこのままでいますわ!!)



 重いよろいを着て合戦をしていた頃が遠い過去のことのように思われるほど、軽い、軽い、軽くなった自分の身軽さに、シロサイはもう服を着るのはやめ、ずっとこのままの姿で過ごそうと思った。



(そうだ、試しに今からこのまま外に出てみましょう!そしてツルツルのまま過ごすのがどれだけ快適か、身をもって確かめるんですわ!)



「皆様、私、一足先にこのままへいげんちほーに帰らせていただきますわ!!」



 そう言ってほかのみんなが呆然としている中、シロサイは颯爽さっそうと脱衣所の扉に向かい、ドアを開いた。


 しかし。

 ドアを開け、一歩足を外に踏み出そうとした瞬間、突然、言いようのない恥ずかしさが、電流のようにシロサイの全身を貫いた。

 それはこれまで一度も感じたことのない、得体の知れない種類の、しかし絶対的な恥ずかしさだった。


 突然シロサイの動きが止まったので、ほかのフレンズはシロサイに何かあったのでは?と不安になった。普段あんまり動き回らないのに、あんな風に一気に走り回るから・・。


 みんながそわそわする中、シロサイは顔を真っ赤に染め、もじもじと両手で体を隠しながら脱衣場に引き返してきた。



「ど、どうしたのシロサイ、大丈夫・・・?」



 アフリカタテガミヤマアラシが心配そうに声をかける。



「だ、大丈夫ですわ・・。た、ただ、な、何故かわかりませんけど・・・、こ、この姿のまま外に出るのが、も、ものすごく恥ずかしかったんですの!!」



「えーっ?何それ、すごーい!」



 そう言って、いつの間にか誰よりも早くお風呂から上がっていたライオンが、おもしろそうな顔をしながら脱衣場の扉の方へ向かっていった。


 と、たちまちライオンも声にならない悲鳴をあげ、顔を真っ赤に染めながら、みんなのところに引き返してきた。



「だ、ダメだ・・なぜかわからないが、この姿のまま・・外に出ることができない・・・。」



「ライオン殿、声がマジトーンでござる・・。」



「「えー何で何でー!?!?」」



 百獣の王のライオンが困り果てているのを見て、フレンズたちは一気に盛り上がった。特にヘラジカは、ライバルのライオンが目の前でもじもじしているのを見て闘争心に火がついたらしい。



「裸で外に出るのが恥ずかしいだと?あっはっは!そんなはずあるまい。どれ、次は私がやってみよう!」



 そう言うなり、豪快ごうかいに出口に向かって駆け出すヘラジカ。しかしシロサイやライオン同様、その足取りは扉の手前でピタリと止まった。



「だ、ダメだ・・・。わ、私の中にある何かが、この姿のまま外に出て行くことを私に許さない・・。」



 信じられないほど顔を真っ赤にさせ、引き返してくるヘラジカ。

 フレンズたちはヘラジカが頬を赤くする姿を初めてみた。

 猪突猛進ちょとつもうしんのヘラジカでさえ無理。

 フレンズたちは徐々に恐怖を感じ始めていた。



「どうやら、服を脱いだまま外に出ようとすると、そんな風になるようね。」



 ギンギツネが興味深そうに独りごちる。



「お風呂は大丈夫なのに、それ以外のところはダメなんて、なんだか不思議ね。」



 キタキツネも興味深そうに相槌を打つ。



「でもきっと、服ってそういうものなんだと思うわ。」



 横で一連の騒動をじーーっと見ていたハシビロコウも、納得した様子でうなずいている。



「服って、単に体をおおっているだけではありませんのね・・。」



 諦めたように、感心したように、もうさっきみたいな恥ずかしい思いはごめんだと、自分のよろいを眺めながら、そっとため息をつくシロサイであった。


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