『無』属性の俺は神獣と契約して、一からやり直します
@natumi
序章 『無』と神獣の邂逅 前編
ーーどうして。
俺はアンタに少しでも近付きたかっただけなのに。
毎日のようにアンタの背中を見ていた。
皆から信頼されて、尊敬されて。
そんなアンタに、俺もまた、尊敬していたというのに。
ーーなのに、どうして。
アンタのような人になる為に、俺は今まで努力を重ねてきた。
アンタに追い付くために、今まで生きてきたんだ。
「『無』には何も出来ん。この、『グルヴェ』一族の面汚しが」
何言ってんだよ。
面汚しって何だよ。
『無』でも俺はまだやれる。
アンタのようになるんだ。
「通過儀礼である、魔法晶は貴様に反応しなかった。どの色にも輝く事がなかった。それが答えだ。....疾く去ね。さもなくばここで死ね」
死ねって何だよ。
何でそんな事言うんだよ。
何で。
何で、何で、何で。
しかし、俺がどれだけ問いを投げかけようと、親父は背を向けたまま、返事が帰ってくる事は無かった。
伸ばした手を下ろし、俺は項垂れる。
見捨てられたのか、俺は。
目指すべき夢も、『グルヴェ』の姓も、全て捨てなければならないのか。
この屋敷で過ごした日々が泡のように消えていく。
もう、今の俺には無理なのだ。
全てを諦めねばならなくなってしまったのだ。
俺は踵を返す。
せめて俺に出来る事は、迷惑を掛けないよう、このまま『グルヴェ』の屋敷から去ることだ。
そして俺は。
齢16の『ジルフリート・グルヴェ』はーー
今、本当の『無』になった。
◆◆ ◆◆ ◆◆
屋敷を後にした俺は、森の中の、雑草一本生えていない、綺麗にならされた場所に座り込んでいた。
見上げた空は俺の今の心境とは真逆で、澄み渡っていた。
いつもこの場所で鍛錬をしていた事が、今では遠い過去のように感じる。
まさか、自分がこうなってしまうなど、誰が想像出来ただろうか。
今日、やっと親父と同じ舞台に立てると思っていた。
しかし、魔法晶はどの色にも輝かず、親父の態度は一変。
かつての優しい親父は、俺の尊敬していた親父はどこに行ってしまったんだ。
俺が『無』なのなら、簡単に切り捨ててしまうのか。
親父は俺をーー。
俺の頬に涙がつたう。
止まらない、止められない。
どんなに拭おうとも溢れ出てくる、
今の俺は、かつての俺の残滓だ。
全てを失った、ここに居る『ジルフリート』という人間は、言わば残り粕のようなものなのだ。
はは、と自分を嘲笑う。
所詮、俺はこんな状況でも、既に過去になりつつある思い出に縋りついてしまうような情けない人間なのだ。
親父という目標を無くした俺には、一体何が残っているのだろうか?
『無』なのは俺自身じゃないか。
あの時、親父の前で命を断てば良かったのかもしれない。
俺は立ち上がる。
ここからも離れなければ。
あの『グルヴェ』を忘れる為にも、ここに居てはいけない。
ふらふらと俺は森の中をさ迷う。
何も考えず、ただ足をひたすら動かすだけ。
もう、感傷に浸る事も無い。
しばらくさ迷っていると、俺はふと目の前に倒れている少女を見つけ、足を止めた。
ぐったりしており、苦し気な表情をしている。
木漏れ日に照らされ、銀の髪が美しく輝いている。
そして、頭に生えた獣の耳。
おそらく、狼の獣族だろう。
この獣族の少女を助ける必要は無いし、第一、何も出来やしない。
だが、俺は見捨てる事が出来なかった。
自分が見捨てられたから、それと照らし合わせてしまっているのかもしれない。
俺は少女を抱き上げる。
かなり軽い。
少しくぐもった声を漏らすが、意識を失っている為、それ以上の反応は無かった。
俺は何をしているのだろう。
この少女を助ける事なんて出来ないはずなのに。
何が俺をここまで動かすのだろう。
早く、早く森を抜けて、医者に診てもらわねば。
いくら軽いとはいえ、少女を抱き上げて走るのは正直きつい。
息が荒くなり、汗も吹き出す。
森の向こうから別の景色が見えてくる。
あと少し。
あと少しでこの少女を助けてやれる。
しかし俺は、目の前に広がる絶望的な光景にぴたりと立ち止まった。
魔物だ。
『ハイウルフ』の群れと鉢合わせしてしまったのだ。
今の俺には、少女を守って戦うような力は残っていないし、逃げる体力もない。
せいぜい、倒せても数匹くらいだろう。
結局、こうなるのか。
少女さえも守れず、このまま魔物に食い殺されるのか 。
『無』の俺にはお似合いの末路だな。
俺はせめてもと少女の前に立ち塞がる。
乾いた笑みを浮かべた瞬間、大量の鮮血が辺りに飛び散った。
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