あの春風をもう一度君に

葵蕉

1.再会

 少年は気が付いていた。

 自分が周りと違うことに。

 いや、偶然気が付いてしまったという方が正確だろうか。


 彼が自分の体質に気が付いたのは5歳の時。

 工事現場でクレーンで釣り上げられていたパイプ類が操縦者の不注意で高所から落下。それが不運にも近くの歩道を歩いていた少年と、彼の母親に直撃した。

 不慮の事故。この事故はニュースで取り上げられ、多くの人々が少年と、その母親の不幸を悲しむことになる…はずだった。


 パイプが直撃し意識が遠くなった次の瞬間、少年の意識はその日、家を出る直前に移動した。彼は最初、夢でも見ていたのかと思ったが、念のために駄々をこね、その日出かける予定のなかった公園へと行くように仕向けた。もちろん、その工事現場の近くを通らない場所を。


 正解だった。


 その日、近くの工事現場で事故があったと聞かされた。死傷者はいなかったそうだ。


 その日から今日に至るまで彼は幾度となく死を経験してきた。その度に意識がその時から数時間、はたまた数日前へと戻るのだ。

 死ぬと過去に戻る。少年は自分の異質な点に気がついていたが、一つ疑問に思うことがあった。


 なぜ自分はこんなにも死んでいるのだろうか。


 少年は考えているうちに悟った。自分は死んでも死にきれないと共に、自らの死を招きやすいのだと。そう考える他なかった。


 そして今。暖かい風が頬を撫でる春。

 17歳になった少年は死に強く恐怖している。


 少年の震える視線の先には、


 美しく咲く桜には似ても似つかない、があった。


 ******


「「「今日から3年生だぁー!」」」

 3年A組の教室は先輩という重圧から逃れることができた生徒たちの歓喜で溢れていた。

 少子化が騒がれる中、真っ先にその影響を受け、既に各学年1~2クラスしかない田舎にある高校、県立岩森いわもり高校では本日から新学期。

 それこそ全校でも200人にも満たない高校だが、自然に囲まれた良い環境に恵まれた場所だ。


 そんな賑やかな教室の様子をぼんやりと眺めながら百瀬ももせ己筝みことは憂鬱な表情を浮かべていた。彼からしたら学校よりは春休みのニート生活をもう少し続けていたかったのだ。それに外にあまり出たくなかった。

 自分がインドアなせいでもあるが、それより自分の体質が怖かった。


 小さいころから幾度となく死を経験してきた。それも自ら意図せずに。

 何度死んでも、戻ってしまうのだ。


 


 それを恐れて自然に学校以外では外に出なくなった。おかげで、あまり友好関係も良くはない。クラスで話すことがある生徒は数人だし、後輩にも仲のいい生徒は数えるほどだ。


「なに浮かない顔してんだよ。春だってのに、お前は相変わらずだな。」


 数少ない友人の一人、森江もりえこうが話しかける。


「うっせーな。俺だって好きでこんな顔に生まれてきたわけじゃねーよ。お前も大して変わらないだろ」


 適当にあしらう。


「うっわ、せっかく声かけたってのに酷いなお前。つーか、昨日のプレイなんだよあれッ!酷すぎるだろ!」


「うっさいな。疲れてたんだよ」


「はぁー。とりあえず、今日も20時くらいに集合だからな。今日は勝つぞ」


「はいはい。わかったよ」


 光とは共通のゲームをやっていることから仲が良くなった。

 何もない時は、毎日のように家に帰ってからオンラインゲームを一緒にやっている。


「てかさ、さっきから気になってることがあるんだけどよ」


 ふと、光が声を潜める。


「何さ?」


 自分も声を潜めて聞き返す。


「さっきからドアの隅からチラチラこっちみてる子いるんだけど…俺に気があるのかな」


 ふと入口に目をやると、確かにこちらを見る女子生徒がいた。


「お前を見てるって…いくらなんでもそれは無い」


「何気酷いなお前」


「だろ」


 あれ、待てよ。あの顔どっかで見たことあるような…。


 彼女を凝視してると、あちらもこっちの視線に気が付いたらしく、顔を赤らめて去って行った。


「マジ可愛かったぞあの子!絶対俺のことみてたわっ!」


 光が興奮交じりに言ってくるので、それは無いともう一度軽くあしらい俺はさっきこちらを見ていた女子生徒のことを考えていた。

 どこかで見た記憶あるんだよなぁ・・・。

 過去の記憶を漁ってみるが、これといった有益な情報が思い浮かばない。

 気のせいかな…。


 そろそろ朝のホームルームが始まる。

 しばらくあの女子生徒のことを考えていたが、その時はあまり気にも留めず、授業をこなしていくうちに、いつしか彼女のことを忘れていた。


 ******


 その日の放課後。

 この学校は部活への参加が強制だ。

 だから仕方なく、美術部に所属している。

 部長…といっても俺の同級生だが、なにやら今日は何やら焦り気味だ。


「どうしたんだ。植山部長」


 美術部部長、植山うえやまかおる

 確かうちのクラスの学級委員長もやっていたはずだ。

 俺が話せる数少ない女子の一人でもある。


「うぅ…今年の新入部員なんだけど」


「今年の新入部員がどうしたんだ?」


「まだ…今年の入部届けがゼロなんだ」


「ああ、またか」


 特に驚くようなことではない。

 俺が入った時も、薫と俺とだけ。

 昨年も入部がゼロになりそうなところを何とか他の文化部から数人引っ張ってきたのだ。

 とはいってもその2年達は、ほぼ幽霊部員だが。


「このままだと…美術部の存続が…」


 薫が嘆いている。


「存続って…別に俺たち今年で卒業だろ。そんなに気にすることじゃ…」


 俺がそう言いかけると


「馬鹿っ!私はっ!この部に、誇りを持ってるのよっ!」


「そ…そうか…」


 薫の美術部に対する熱意には気迫される。

 俺には何がこいつをこんなに熱くさせてるのかわからないのだが…。


「あ…あのぅ…」


 ふと、声がした方を見ると、入り口で1年と思われる女子生徒がこちらを覗いていた。


「美術部って…ここ…ですか?」


 何か申し訳なさそうに彼女は言った。


「ああ、そう…」


 俺が答えるよりも薫が駆けつける


「君!入部希望!そうだよね!待ってたよー!」


 彼女は薫の勢いにビクッっとし、数歩後ろに下がった。


「おいおい、そんなに圧迫されたら入るに入れないだろ」


「そ…そうだよね。ごめんね、私興奮しちゃって…」


「い…いえ、大丈夫…です」


 明らかに若干引いてるのは気のせいだろうか。

 あれ、よく見たら朝にこっちを見ていた子じゃ…。


「とりあえずこっち来てお茶でもしない?」


 薫は既に部室内のテーブルにティーカップと菓子を準備している。

 薫のこういうときの行動力と素早さには驚かされる。

 もうこの子を部に入れる気満々らしい。


「は…はい」


 彼女も若干、戸惑いつつも部室に入ってきてちょこんと椅子に座った。

 この子はもう薫から逃げられないな。可哀そうに。

 まあとりあえず、今年は他の部から引き抜きを行わなくて済みそうだ…。

 昨年は先輩に誰でもいいから引き抜いてこいっ!って学校中を走りまわされたからな…。

 結局、その苦労もあまり意味がなかった訳だが。

 とりあえず、俺も薫と新入部員との会話に入ることにした。


「いやぁ!助かったよ!今年は誰も入らないと思ってたからさぁ!ね?己筝」


「そ…そうだな…」


 俺が適当に相槌を返しているなか、時々こっちにと彼女の視線を感じる気がした。光に影響されたんだろうか。俺の気のせいだと思うが。


「そういえば名前を聞いてなかったね。君、名前は何ていうの?」


 薫が躊躇なく質問を続けている。


「えっと…」


 何故か彼女はわかりやすくこちらをチラッとみた。


桜木さくらぎ茅春ちはるっていいます」


「茅春ちゃん!?なんだかすごく春を感じさせる名前だね!」


「なんだその返しは…」


「いいでしょ別にっ!」


 薫が頑張って会話を盛り上げようとしているの横目に俺はふと、脳の片隅に違和感を覚えた。


 桜木…茅春…?

 茅春って…まさかな。名字は違うし。

 ふと、遠い昔の記憶を思い出した…が、振り払った。

 ありえない。だってあいつはもうこの町にいないはず。


 薫が質問を続ける中、俺は思案に暮れていたが気がつくと下校時刻になっていて、その日は解散ということになった。



 ******


 その帰り道。

 おかしい。

 何がおかしいってずっと後ろに気配を感じるのだ。

 いや…誰かは分かってるんだが。


 シュタッ…シュタッ…。

 物陰に隠れながらずっとついてきている。

 こちらが気がづいていないと思ってるんだろうか…。

 シュタッ…シュタッ…。


 気づいていないと思ってるのが段々と可哀そうに感じてきた。

 気が付かないふりをして帰ろうと思っていたが、そろそろ潮時だろうか。


「茅春…ばれてるぞ」


 後ろに向かって声をかける。


「っ…!!」


 電信柱の後ろから声にならない声が聞こえた。

 チラッっとこちらを見た後に、観念したのかとことこと出てきた。


「き…気が付いてるなら言ってくださいよ。己筝先輩…」


「帰ってきてたん…だな。」


「は…はい」


 まさか再会すると思っていなかった。

 もう会うことはないと思っていたのに。

 桜木茅春。ここに居るはずの無い彼女はそこにいた。


 小学生の頃、家が近所だったこともあり俺と茅春は毎日もように遊んでいた。

 とはいっても、俺はあまり家から出たらがらなかったから、もっぱら俺の家でゲームをしていたが。

 俺も妹が欲しかったせいもあり、茅春を妹と思って接していた。


 小学5年の春、彼女は突然引っ越した。

 後から母に聞くと親の転勤だったそうだ。

 ろくな別れの言葉を交わすことなく、俺らは離れ離れになった。

 その後も年賀状を数回やり取りしたが、気づけば年賀状のやり取りもなく、疎遠になっていた。


「いつ帰って来たんだ?」


「昨日です。入学式には…間に合いませんでしたけど」


 通りで見なかったわけだ。

 仕方ないが、できれば来る前に連絡ぐらい欲しかった。


「連絡ぐらい入れてくれてもいいじゃないか」


「だって己筝先輩の連絡先知らないですもん!」


 あ…そうか。

 俺だって携帯電話を買ってもらったのは高校に入ってからだ。

 彼女も同じだったろう。


 それから、何を話そうか迷っているうちに、二人とも無言になってしまった。

 重い空気を打ち破るように茅春が、


「先輩!」


 春空に響くような透き通る声だった。


「おひさし…ぶりです。ずっと会いたかったんですよ。」


「お、おう。俺も…まさかまた会えるとは思ってなかったよ。」


 そして、彼女は少し照れるように笑みを向けながら言った。


「こんなこと言うのもおかしいと思うんですけど…。ただいま。己筝先輩。」


 俺も恥ずかしさを隠すために、自分ができる精一杯の笑顔を向けて答えた。


「あぁ…。おかえり。茅春。」


 高校3年の春。

 少しいつもより風が暖かい。



 そう、感じていた。

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