21歳

すぷらぴ

やわらか梅酒のソーダ割りと唐揚げ

「にじゅういっさい」。「JK」って記号が消えて、「ハタチ」って称号も消えて、なんかださい。

夢はあるのって聞かないで欲しい。だって、今更バカみたいでしょ。何になりたいか考えたって自分の能力の底が見えちゃってるし、小さい頃からの夢なんてとっくに滅びたし、この生活だって滅びちゃえって思ってる。

ついでに、右隣に座っているこいつの毛根も死滅してしまえって思ってる。まだフサフサだけど。だって、3歳しか違わないし。

「ミカちゃん何がいい」

青と紫のネオンがチカチカするオシャレな空間は広く居心地が悪い。カウンター席か立ち飲みテーブルしかないのも気がひける。

キョロキョロと店内を見回すと、テーブルから少し離れた場所でパリピ同士がダーツ勝負をしている。少し楽しそうだ。ダーツの矢が的に当たるとダーツ盤がキラキラと光る。

その隣にはビリヤードのコーナーがある。ビリヤードのルールなんて知らないけどハイタッチして盛り上がっているのをみると私も混ざりたくなる。混ざらないけど。だってパリピだし。どうしようもなく暗く沈んでいる私とは違うもの。

「ミカちゃんどうしたの」

パリピたちがうおーとかきゃーとか手を叩いて腕を振り上げて歓声をあげている。

「やわらか梅酒のソーダ割と唐揚げ」

え、とハヤトは首をかしげた。わざとボソッと言ったせいだ。困らせてしまえ。

外国のアップテンポな音楽が大音量で流れているのとパリピの歓声が頂点に達しているのと相まって私の声は届かない。

これ以上ないってくらい近い距離なのに、おかしいよね。

カウンターごしに直接注文しようと思って正面を向く。金髪のちゃらい店員さんはパリピと話していて、さっきまでいた外国人の店員さんは見当たらない。

ひやっと頰に冷たい感触がした。

ハヤトは両手で私のほっぺたに触れ、店員さんを探すためにそっぽを向く体制にはいった私の顔を自分のほうへぐいっと引き寄せてた。私のおでことハヤトのおでこがごっつんこした。よく少女マンガで熱を測るみたいな構図。さらりと、まあ、よくやるもんだ。

「ねえ。何て言ったの」

ハヤトはずるいなあと思う。

「やわらか梅酒のソーダ割、と唐揚げ」

ハヤトの家に住まわせもらっているのだから、どこか食べに行こうという誘いは断るなんて出来ない。一緒にコンビニへ行ってアイスを買ったり、ベッドでゴロゴロしたり、こういうのって、恋人がすることなんじゃないの、なんて言えない。 何にも言えない。

ハヤトってお金持ちなんでしょ。私は家もないし、生きるので精一杯なんだよ。タダ飯して宿があって、一円もかからない今の生活ってね、楽なんだよ。 今までにないくらい楽だから、いろいろ考えちゃうんだよ。同い年ぐらいで成功してる人と私を隔ててるものって何なのかな。努力だけなのかな。何も出来なくて誰にも相手にされない私を構う人なんて誰もいなくて。そう。ハヤトみたいな人は、普通は、私なんかに構うことないよね。じゃあ、なんで。

「ミカちゃんはいつも同じもの頼むよね、可愛いなあ」

ほっぺたから移動した手は私の髪をぐしゃぐしゃに撫でまわす。

いつの間にか変わっていく世界に慣れっこになってる。破滅しろなんていつも思うけど、わざわざ自分から壊そうとしない。楽な生活が続いたほうが楽だから壊す必要もないから。変わっていく世界で言えない言葉だけが溜まっていく。

私が一番に滅びてしまえ、なんて言葉も、美味しい料理を平らげたあとには覚えていないけど、体のどこかに染みついて消えないのだ。滅びの呪文。

「あ、すみません。注文お願いします」

ハヤトの左腕が私の肩を抱く。ハヤトの肩によりかかる。この店には似つかわしくない上品で淡いシトラスの香りがした。

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