ザ・グレート・オブ・お嬢さま

泡沫恋歌

〔 お嬢さまの取扱説明書 〕①

「お嬢さま、おはようございます」


 朝の挨拶と共に、いつものように執事の黒鐘くろがねが、わたくしを起こしに来ました。


「あん、もう少し眠らせてちょうだい」

「なりません、お嬢さま。今日は午後から大事なお茶会がございます」

「後、三十分だけ眠らせて……」

「さあ、ブレックファーストの用意が整っております。冷めない内にどうぞ召し上がれ」


 爺やの石頭、全然融通が利かないんだから!

 わたくしは仕方なく、天蓋てんがい付きのベッドからしずしずと起き上がるとシャワーを浴びて、着替えを済ましてから、朝食の席に着きました。

 今朝はサンルームのテーブルにブレックファーストがしつらえてあります。


 ここは温室になっていて、一年中蘭や薔薇が咲いていますの、そこから眺める広いお庭は青々とした芝生と美しい季節の花々が咲き乱れておりますわ。

 だけど、こんな風景もの毎日見ていたら感動なんてありません――。

 いつの間にか、足元にマンチカンのシャナが摺り寄ってきて朝の挨拶をします。まあ、なんて可愛い子なんでしょう。わたくし猫が大好き。だって、いつも自由なんですもの。それに比べてわたくしの日常なんて、雁字搦がんじがらめで何ひとつ自由が利かないんですわ。

 嗚呼、お嬢さまって本当は苦労が多いんですのよ!


 わたくし、蟻巣川麗華ありすかわ れいかは由緒正しき、元華族の家柄ですの。華族といってもお分かりにならない方もいらっしゃるので、執事の黒鐘から、少しだけご説明差し上げますわ。

「――では、執事の黒鐘がご説明いたします。そもそも華族かぞくと申しますのは1869年から1947年まで存在した日本近代の貴族階級のことでございます。公家に由来する華族を公家華族、江戸時代の藩主に由来する華族を大名華族、国家への勲功により華族に加えられたものを新華族、臣籍降下した元皇族を皇親華族、と区別いたします。これにより華族は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五階の爵位に叙されました。ようするに……」

「黒鐘! もういいわ。そんな長い説明聴いていたら……わたくしまた眠くなりそう」

 我が蟻巣川家は皇族の親戚筋の華族ですので元侯爵家でございますわ。そう、だから皆さま、わたくしのことを『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』って呼ぶんですのよ。おほほっ


「失礼いたしました。ではメイドに料理を運ばせましょう」

 執事がチリンとベルを鳴らした。すると、三人のメイドがブレックファーストを運んで参ります。

 トリュフ入りのオムレツ、キャビアの乗ったサラダ、ブルガリアから空輸したヨーグルト、そして本場フランスのパン職人が焼いたクロワッサンなど――。

 バカラのグラスに注がれたフレッシュジュースをひと口飲んで、テーブルに並べられた料理をひと目見るなり、わたくしフンと鼻を鳴らしましたわ。


「要らないわ、全部下げてちょうだい」

「お嬢さま、朝食抜きはお身体に悪うございます。どうか、お召し上がりください」

「要りません」

「そんなことをおっしゃらずに……どうか……」

「食べたくない!」


 わたくしが強くそういうと、黒鐘は困った顔でパンパンと手を打って、メイドに別のものを持って来させました。

 そして、しずしずとマイセンのお皿に乗って運ばれてきたモノは、そう、わたしくの機嫌が悪い時に出される、アレですわ!


『焼きいも』


 甘く美味しそうな匂いがお皿から漂ってきて、わたくしのお腹は「グゥー」と反応します。口の中にはよだれが……ああ、もう我慢できませんわ!

 夢中で焼きいもの皮を剥くと大口をあけて、パクリとかぶりついた。


「トレビアン! 世の中に焼きいもほど美味しいモノはございませんわ」


 わたくし焼きいもを目の前にすると、名家の令嬢のプライドも気品もなくしてしまうの。そんな、わたくしの様子を執事の黒鐘が苦々にがにがしい顔で見ています。

 どんな一流のパティシエの作るスイーツよりも、焼きいもは最高ですわ! おほほっ

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