けものフレンズ ふしぎの島のフィロソフィア

毎月10万円欲太郎(ほしたろう)

ねぇ、ヒトってなんなの?


「わたしはここだよ……わたしはここに、いるよ」

 どれだけ呼んでも仲間は来なかった……。

 わたしはいつからここにいるんだろ……。思い出せる最初の思い出。おにいさんとおねえさん、おとうとといもうと。たくさんいた兄弟たちと一緒にお母さんにくっついて眠ったこと。

 おかあさん、いいにおいがした。すごくあたたかかった。


 ある時、気がついたらわたしは一人だった。どうしてそうなったかは覚えていない。ひとりでいた時間のほうがずっとずっと長かった気がする。

 

 喉がかわいたな。

 昨日は寝床に帰らずに眠ってしまったんだっけ……。


 起きよう。体を綺麗にして……あれ? 足がなんか変だ……毛並みが…それに舌が届かない。いつもは足の先まで伸ばせるのに……。


 立ち上がる。

 ……おかしい。見える景色がどこか前と違っている。遠くまで見渡せる。

 気がつけば前足を使っていない。後ろ足だけ、二本足で歩いている? 前足の感覚が変だ。指が曲がる…自由に動く……。


 喉が乾いた。

 たまらない。たどりついた水場で、わたしは夢中で水を飲んだ。喉の渇きがおさまった。


 口をつけた水面の毛羽立ちが収まり、鏡のようになる。

 その水鏡に映った物体をみて、私はぎょっと、あとずさった。


『これはだれ? わたし……なの…?!』

 前につきでていた鼻と口がひっこんでいて、肌も変わって、なにより……

「耳が増えてる……!?」

 どうして、耳が4つに増えたの? 顔の横と、頭の上に2つずつある……。

 指が伸びている。顔中、体中を触って、体の変化を確かめた。毛が無い。なんだか、……すべすべしてる。


「だれかきて、わたしはここ」

 何が起こっているのか判らない…。胸を突いた想いが遠吠えになる。気がつけばいつも声を上げていた遠吠え。

「わたしはここだよ……わたしはここにいるよー」

 声に出した音色が昨日までと違っていた。だが変わらないのは返事が無いこと。


 いいえ。


 今日は違う、近づいてくる気配がする……。

 気配を感じて、私は岩の陰に隠れた。


「歌をたどってここまできたけど…ビンゴね! サンドスターの濃度があがってきてるわ、マヌルちゃんどう?」

「フレンズの気配がするだス」

 白い頭ののっぽと、……なんだろう、私よりちょっと小柄なもさもさした灰色の毛玉が話しながら歩いてくる。

 2つとも2本足で。

『仲間じゃない……だれだ……』

 さっき水に映ったわたしの姿に似ているような気がする。仲間じゃないのにわたしをさがしている? ……なんで? そうか、エサにする気かもしれない。

 ……逃げよう! きびすを返した足が、枯れ枝を踏んで乾いた音を立てた……。

『しまった!』

 灰色の毛玉が、びょーんと跳ねた! 空中でくるくるとまわって私が進もうとした先に着地する。

「むんス。見つけただス」

 目線が合った。わたしよりすこし低い背で、なんだかぽっちゃりしている。灰色の毛並みがもさもさして、やはり耳が四つあった。まるいかおが、なんだかむすっとして不機嫌そうにしている。

「やめて、マヌルちゃん! そのフレンズさんが怖がるわ!」

 白い頭ののっぽが私の背中に近づいてくる。はさまれた。

 ……にげられない、なら!

「わああああーッ!」

 私は白いのっぽに突進した。直感でこっちが弱そうだと思った。弱そうなのを倒して逃げるんだ。体がぶつかるっ!

「きゃっ!」

 私のからだは前より重くなっている。白いのっぽは、簡単にふきとん……、

「えっ?」

 あたまがとれた。白いのっぽのあたまから、白いかわがとれた……。

「あ、あうぅぅ……」

 どうしよう……、大けがをさせてしまった。胸がどきどきする……! 

 !?

 どうしてそんなことを考えたんだろう。エサにしようとした敵なのに。ただ倒れた先生の苦しそうな顔をみて、やってはいけないことをしたと思った。この気持ちは後で罪悪感だと先生に教わるんだ……。


 頭の白かったのっぽは、金色の毛並みを出して倒れている。でも、私のほうを見て、微笑みかけてきた。

「痛たたた……ごめんね、びっくりさせたわね、あなたはケガはない?」

 白い肌に茶色の目が私を見た。

 やさしい目だった。ずっと前に、こんな目をみたことがある。むねのあたりが、どきんと、した。


「あああああああああ、お前ーッ!!」

 灰色のむすっとしたのが、叫んで飛んできた。

「ふえっ?」

「よくも先生をなぐっただスな! ゆるさんだス!」

 片手で。ものすごい力で首のあたりをつかまれてもちあげられた。

「まって、やめてマヌルちゃん!」

「はっけよーい……」

 もう片方の手の平が開いて、

「ドーンだス!」

 わたしのむねにばーんと当たった。あとで教わったけれど、これはマヌルちゃんのはり手っていうワザ。マヌルネコは、蒙古のネコだから、モンゴル相撲の心得があるんだって……。

 わたしの体は軽々と、空にはじきとばされた。

 息ができない、それより、受け身を取らなきゃ……。いけない、体のつくりが変わっていて、うまく姿勢がととのえられない……。

 地面に……ぶつかるッ……。

「うごふっ……!」

 そのとき、先生が、体で大の字をつくって落ちてくるわたしをうけとめた……。その胸にどすんと落ちた。

「いたたたた……はあぁ……間に合ったわ……、骨いったかな……」

「どうして? わたしあなたを」

「どうしてかなぁ……ヒトってそういうもんなのよ」

「ヒト……?」

「そう、ヒト」

 ぎゅっと、先生にだきしめられた。

 いいにおいがした。すごくあたたかかった。これがヒト。これは、ずっとほしかった……なかま……いいえ、

「おかあさん」

「んー…それはちょっとフクザツかも、まだそんなトシじゃないわよ~」

「先生、なんで助けただスか! 先生をぶっただスの……あ!」

 むすっとした子が白い皮=帽子を拾ってやってくる。

「おまえ、先生から離れるだスッ! こら早くはなれるだス、ずるいだスッ!」

「んもう……」

 今度はマヌルちゃんといっしょに、わたしは先生にもう一度ぎゅっとされた。


「ニューギニアハイランドワイルドドッグ……歌う野犬か」

 すりむいたひざのけがを治してもらっていると、採集した血のDNAを先生がタブレットで分析する。

「長いだス」

「じゃあニューちゃんね」

「ニューちゃん……」

 それがわたしの名前になった。

「ニューちゃん、あなたは自分の姿がかわってしまったのに気が付いてる?」

 わたしは頷いた。

「その姿はヒト。この島では動物が突然ヒトに変わってしまうことがあるの……フレンズ化っていうのよ」

「ヒト……」

 動くようになった指をまじまじと見た。

「あなたはワイルドドッグだけど、今はヒトでもあるの。そしてフレンズが元の姿に戻る方法はまだ解明されていない。ニューちゃんの体は前のように森で暮らすにはかなり不便になっているわ」

「うん……」

 わかる。この体で前のような狩りはできない……。

「だからヒトに近くなったフレンズさんのために、私達は居場所をつくったの……。ヒトにはヒトが住む場所がある。……よかったら私達と一緒にこない?」


 先生とマヌルちゃんについて、私は歩く。

 白い大きな大きな山のような卵が海辺に見えた。ドームだ。

「私達調査隊の基地、ジャパリパークよ。ニューちゃんみたいな、生まれたばかりのフレンズの皆がたくさん住んでるわ」

「せんせーい、マヌルちゃーん!」

 ドームの前で、フレンズの子が手をふっている。

「あ、サーバルちゃん。お迎えにきてくれたのね……さぁきて、ニューちゃん! 皆を紹介するわ」

 こうして、わたしのジャパリパークでの日々がはじまった。

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