『けものフレンズ』を生んだ男達  挑戦者《フレンズ》たちの邂逅編

毎月10万円欲太郎(ほしたろう)

奇跡の物語を生み出した男(フレンズ)達の、500日に及ぶけものみち。

 この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


「わー、きみは自分が作ったモノで、皆を元気で楽しい気持ちにしようとしたフレンズなんだねー!」


 これは、奇跡の物語を生み出した男(フレンズ)達の、500日に及ぶけものみち。


 2013年晩秋。

「なんてきれいなどうぶつなんだろう」

 吉崎観音(42)-漫画家。その顔に恍惚が浮かぶ。息子を連れて訪れた動物園。そのとある動物の檻の前で、長く忘れていた感覚に対面していた。

 その感覚とは未知に出会う戸惑いと、知る喜びだった。

 こんなに綺麗な動物を知らなかった。ネコの仲間のようだが、自分の知っているどのネコ科の動物とも異なる毛並みとシルエットをしている。純粋で新鮮な驚きがそこにはあった。

 ―この気持ちはすごいな。

 自分が見逃していただけで、素晴らしいことは常に世界に溢れているんだ。

 ―誰かに、いや、皆に伝えられたら……きっと俺も楽しめるし、皆も楽しいんじゃないか。

 吉崎の元にはKADOKAWAから新しい仕事の依頼が来ていた。吉崎の手で今後角川グループの財産となるキャラクターを作り出せないか?

 いささか煮詰まっていたこの案件に、今抱いた気持ちをぶつけたらどうなるだろうか……。


 その夜―

「サーバルキャット?」

 KADOKAWAの編集者、梶井斉は一通のFAXを受けとる。紙面には生まれたばかりのキャラクター

「サーバルちゃん……」が居た。


 数日後―

飯田橋 ― KADOKAWAタワービル

 『アニマルガールズ』と銘打たれた吉崎の企画書を前に、KADOKAWAの梶井は嘆息した。企画書の中身は吉崎が描き下ろした大量の動物をヒト化させたスケッチだった。その数―。

「50体……」

「こう見せるのが、一番やりたいことが伝わると思ったんで」

「…はぁ……先生……これじゃいけません、進められないですよ」

「……そう……、ですか…………」

 広げた束を整頓しようとした吉崎の手を、梶井が掴んで止めた。

「ちがいますよ、そうじゃなくてね、『ガールズ』は、タイトルが余所とかぶるでしょう? ガールズ&……とか 『ガールズ』は『今』ダメですよ。 新しいタイトル。つけてもらえませんか?」



『けものフレンズ』

 2014年初春。プロジェクトはこうして産声をあげる。

「ジャパリパーク、サンドスター…いいですね。このアイデア、どんな現場に振ってもブレないものが返ってくると思います」

 けものフレンズの展開にあたっては、吉崎の構築したキーとなるアイデア、ジャパリパークを根幹とし、内容やストーリーに関してはさまざまなメディアで独自に作ってもらう手法がとられた。

 コミックの展開とゲームの内容が違ったのはこのためである。


 2014年2月

「製作委員会は大方説得できました。先生のアイデアを中核に、スマホゲームとコミカライズを同時展開、アニメも動かします」

「アニメも?」

「はい。まずPVを作って、ソフトメーカーを抱き込みませんとね……そうだ、面白い現場があるんです。ちょっと、一緒に行ってみませんか?」


 東京都中野区―アニメ制作スタジオ―ヤオヨロズ

「現場Pの福原です」

 福原慶匡。ヤオヨロズの取締役にして、後に『アニメけものフレンズ』の現場を統括することになるプロデューサーである。

「吉崎です。途中で梶井さんに伺いました。生放送アニメってすごい挑戦ですね」

「いやー、もう、ドタバタですわ……でもウチのセル3Dなら、こんなこともできるっていうのを見せて行かないとね」

 豪快に笑う。

「PVの発注お受けします。企画書拝見しましたが……。このキャラ、パワーありますよ。ぜひウチで作らせてください。……出来れば本編もお願いしますよ!」


 KADOKAWAタワービル

「アプリの進捗順調です。それで今日重ねて先方からお願いされたんですが……」

 最初に切りだしたのは梶井だ。

「原作としてのクレジットの件ですか? やはりお断りさせてください。原作は俺じゃない……あくまで動物なんです。動物が原作なんですよ。それに……」

「それに…?」

「傲慢かも知れませんが……俺の名前を前面に出してしまうと、俺についてきてくれているファンに向けたものだと思われてしまいます。『けものフレンズ』は閉じたものにはしたくないんです。まっさらな状態でぶつけてみたい」

 吉崎の胸中には、あの日見たサーバルキャットが今も瑞々しく生きていた。

「しかし、先生の名前を載せないわけにはいかないんです……ではコンセプトデザインではどうでしょうか?」


 2015年初頭-ヤオヨロズ

「アニメ本編。正式にヤオヨロズさんにお願いすることになりました」

 梶井は、対面した福原に軽く頭を下げた。

「お待ちしてました」

 にやりと、福原。

 そのやりとりを同じテーブルに居た吉崎がぎょっとして見ている。

「ちょっと待ってください…映像ソフトを出してくれるところがまだ決まってないでしょ…」

「ええ、はい。ですんで、ウチで出そうかと」

「ウチって、KADOKAWAでですか?」

「進めてくださっているガイドブック企画、あれにBDを付録します」

 梶井は不敵に笑った。

「本としては単価がかなり高いものになりますが、そうすれば装丁にも自由が利かせられますからね。前に先生がおっしゃっていたしっかりした動物図鑑ならぬ、フレンズ図鑑がやれますよ! けものフレンズは動物コンテンツ。動物といえばやはり、図艦あってのものですから」

「しかし……ソフトメーカーを抱き込めないとなると、製作費がかなり切迫するんじゃないですか? 地上波だと波代もかかりますし」

 吉崎は以前にも、自分の作品がアニメ化されたことが幾度かあった。どのようにアニメが作られ、かつどれだけ膨大な予算がかかるかも承知している。

「ウチなら、ヤオヨロズならできますよ」

 言って福原は、内線をとる。

「……あー、俺だけどさー。たつき君いるか? ……いる? おお…じゃあ、会議室まで寄越してくんない?」

 ほどなくしてドアを開けたのは、30がらみの細面の男だ。

「おう、たつき君。昨日話したろ? 吉崎先生と、梶井さん。キミ、挨拶してよ」

「…はぁ…たつきです。はじめまして」

 名刺交換もそこそこに本題に入る。

「彼を監督として抜擢しようと思っています」

「お若いですね」

「実質的な監督業務はほぼこなせています。というか…声優以外のなんでもやっちゃうんですよ、なぁオイ?」

「は、はぁ…」

 ―吉崎が福原の言葉の真の意味を理解するのは、このすぐあとのことである。


 ここに、けものフレンズのキーマン達が揃った。

 後に日本アニメ界の転換点と呼ばれ、アニメ史学のテキストにその名を残す『けものフレンズ』。その二度目の産声であった。


 『挑戦者(フレンズ)たちの邂逅編』・完

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