花と雨

ふかい うみ

第0話 プロローグ

春の日差しが心地よいですね。

などとベンチでくつろぐ私に嫌味をいってきた播磨さんは傘を持っていたのを思い出した。

間も無くして

青い空は次第にねずみ色の重たい雲に覆われて、雷様までお出ましになるほどの土砂降りに見舞われてしまった。

仕方なく研究室に長らく置き去りにされていた番傘を使うとしよう。かろうじて雨はしのげるだろうと、積もった埃を払いつつ昇降口に向かった。


すれ違いざまの女子学生たちが「桜、散っちゃうね」と残念そうに言いあっているのを聞いて、思わず胸ポケットを握った。小さくくしゃりと紙が崩れる音がして、慌てて手を離した。ちらりと音の正体を取り出して見ると、古びた栞は随分しわくちゃで施された押し花が無残な姿になっていた。直さなければ。と、気持ちばかりが焦る。


いつも思い出す。

この時期になると思い出す。


あの人の命日が近い。


青砥一花あおといちかは横目で散りゆく桜を見やった。




「花見でもしたいね」


気分がいいと、布団から起き出して縁側に座りながら、七分咲き程度の桜の大樹を眺めていった。


「もう時期満開になるだろうね」


陽に透けるほど白い肌の横顔の持ち主の美しい男、花丘九十九はなおかつくもは花見をすることなく死んだのだそうだ。


身辺整理と銘打って、何冊か蔵書を拝借しに来た。九十九の家には今、忘れ形見の一花が眠りに帰る程度の古びた屋敷と化していた。


「家っていうのは人が住まねぇと傷んじまうもんだぞ」


「分かってはいるんですけど、ね」


力なく笑う一花の目の下には黒ぐろとクマがのさばっていた。


「そんなに忙しいのか」


「ええ、まあいろいろと」


曖昧な返答を寄越した一花の手元の蔵書の量は先程から大して変化ない。


「お前…」


言いかけてやめた言葉は運良く一花には聞こえてなかったらしく反応を示さなかった。

その横顔にはっとして口を噤んだのだ。

九十九によく似ていた。

九十九の手から大切なものが離れていってしまったとき、もぬけの殻になってしまった横顔にそっくりだった。

血を分けた兄弟でも、まして親子でもない二人の間には確かに似通ったものがある。本人達が知らないだけで、叔父と甥という関係を超えた何が2人にはあると、東清居あずまきよいは知っていた。

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