守銭奴お嬢様は、今日も修羅場の中で生きている
@natume11
第1話 成金になりましょう!?
「この世は金よ! 金! 金! 金!」
深い森の中。狭い、継ぎ接ぎだらけの材木で建てられた、ボロ屋のような一室で、私は叫んだ。雨漏りが酷く、水はけの悪いこの家は、ほんの僅かな雨ですら、碌に防ぐことはできない。
それもそのはず。この家は、建築に対して何の知識もない私が、数ヶ月の歳月をかけて建てたのだから、そうなるのも必然というものである。
元々、私は公爵家の生まれであった。そして、次期国王候補筆頭と目され、幼馴染みであったスタンリー様との婚約も決まっていた。
そう、まさに人生の絶頂期!
スタンリーの事を私は愛していたし、彼も私を愛してくれている。そう……馬鹿な私は信じて疑うことすらなかった。
それが、ある日突然、スタンリー様は唐突に、私との婚約を解消して欲しいと申し出てきた。何でも、他に好きな人ができた……そんなふざけた理由だったように思うが、当時の私は困惑と絶望で人形のようになってしまっており、記憶は定かではない。
ただ一つ。私の記憶にこびり付いて離れない事がある。
それは、スタンリー様が好きになった人というのは――――私の妹だったのである。
これまた完全な主観となるが、私と妹の関係は、悪くなかった。どころか、とても良好であった……と思う。思いたい……。共に過ごした十数年で、喧嘩など数える程しかなかったし、お互いの誕生日は、必ずお祝いしあった。
しかし、そんな大好きだった私の可愛い妹は、スタンリー様が自分の事を好きだと知るや否や、変貌した。
『スタンリー様のお気持ちは嬉しいのですが……お姉様がお近くにいるのに、とても結婚などできませんわ』
『お姉様をどうかしてくださいませんと……』
『お姉様をどうすればいいか……聡明なスタンリー様なら、もちろんお分かりでしょう?』
『お姉様がいなくなられた暁には……もちろん、私も覚悟を決めすわ』
私は、スタンリー様が内緒で屋敷――――厳密には妹ミーシャの自室――――に訪問していた時の、二人の会話を聞いてしまった。庶民から巻き上げたお金をふんだんに使った豪勢な屋敷にも関わらず、壁が薄かったのだ。人形状態の私の部屋は、物音一つ経たないので、比較的はっかりと、ミーシャの言葉が聞こえてきた。
『お姉様がいなくなられた暁には』
そのフレーズが、私の脳裏から、どうしても消えて無くならない。それにしても、人形状態で感情が凍結していた私を号泣させるとは、我が妹ながら、恐ろしい女だわ……。
また、悲劇はそれだけに止まらなかった。ミーシャの言葉を本気にしたスタンリー様は、即日、私の両親を揺さぶりにかかった。
グリント家には多額の借金があり、王家や他公爵、伯爵家から多額の援助を受けて成り立っている。それというのも、グリント家は王国建国時から続く、武家の家柄であり、資産の運用は代々杜撰なものだった。しかし、無駄に多い武勲や、無駄に広い交友関係、国民にもグリント家が英雄視されていることもあり、グリント家の存続は国家政策とも呼べるものとなっている。一部では、王家が滅んでも、グリント家は存続するのではないか、そんな笑い話にもなっているそう。
スタンリー様は、この状況を利用した。グリント家は、次期国王にスタンリー様を擁立する派閥の筆頭である。その手塩にかけて尽くしてきたはずのスタンリー様に、私を追い出さない限り、将来的な資金援助を全面的に停止すると脅されたのだ。その時の両親の反応はどんなものだったのだろうか。スタンリー様は妹こそ一人いるが、男児の兄弟はいない。ゆえに、両親が別候補に鞍替えしようにも、有力な対象がいないのだ。まして、資金援助を中止されれば、グリント家に生き残る道はない。
結局、父は私よりも、家をとった。
スタンリー様の要求通りに、私を家と生まれ育った土地から追放し、ミーシャをスタンリー様に差し出した。
母は最後まで抵抗してくれ、一緒に国を出るとまで言ってくれたが、元々母は身体が弱く、病床に伏せっている時間の方が長い。そんな母があの家を出て、生きていけるとは到底思えなかった。
私は母に黙って、家を出たのだった……。
そして――――今。
「お金! お金! お金! お金があれば何もいらないわっ!」
私は大量の金貨に囲まれて、ご満悦だった。それというのも、家を補強するために散策中に拾った鎌で、せっせと木を切り落とし、傾いた家の土台をどうにかしようと、えっさえっさと土を掘り返していた所、私は財宝の詰まった、側面に大きな傷のある箱形の黒い手提げ鞄を見つけてしまったのだ!
目も眩むような大金!
家の状況を知ってから、私は自分だけでも……と節制を心がけていたから、こんな金銀財宝に囲まれた経験はなかった。
そして、私は気付く。
「これだけお金があれば……ベツドで寝られる! ううん、……それどころか! お湯だって使えるし、お腹いっぱい食べられるわっ!」
私の頬を滝のような涙が濡らした。
生家を追放されて、早一年。人間不信になって山ごもりを始めた私は、固い床の上で寝て、真冬でも冷たい水で水浴び。雑草やキノコ類……時には、生きるために昆虫すらも口にした。
「もう……晩ご飯で昆虫の殻が硬くて「ペッ」なんて、はしたない真似はしなくていいのねっ!」
感動である。
だが、私はさらに、ある事に気付いた。
「あ……」
大事な事を忘れていた。
「お金を使うって事は……」
そう。人と接しないといけないということに他ならない。
私は途方にくれた。
「っ……!」
物陰に隠れながら。私は人の気配を感じる度にビクつく。その気配の大半は人間ではなく、鳥や小動物であるものの、今の私にそれらを冷静に判断する余裕は微塵もなかった。
「やっぱり……来なければ良かったのかしら……」
若干の後悔。しかし、胸に抱く黒塗りの鞄。その中には大量の金貨、銀貨が詰め込まれている。おまけに、その金貨は現代でも通用するものであり、態々(わざわざ)手間のかかる換金をする必要もない。まるで、私に使って欲しいと、お金達が囁いているようではないか!
「…………」
と、若干、私は冷静になる。
私だって、馬鹿じゃない。このお金が、いわゆる危ないお金だという認識は、しっかりと持っているのだ。
考えても見て欲しい。どこの世界に、地面に穴を掘って、現代でも使えるお金を埋めるお馬鹿さんがいるというのか。鞄の劣化から考えても、埋められてから、そう経っていないだろう。もしかすると、私が現住所にやってきた、ほんの二三日前に埋められていたとしても、なんら不思議ではない。
「本当に……これ、使っていいの……かな?」
良い訳がない。
だが、目の前に積み上げられた現金の魔力はものすごかった。昨日、これを発見してからというもの、どう使うか、何に使うか、それしか考えられないのだから。
迷いながらも、森から一番近い街に向かって、私は歩く。すると、街に入るための門が私の視界に映った。同時に、数人の憲兵の姿と、街への入街申請をしようとする、複数の人々。これは、この国――――リザニウム王国特有の制度である。
たとえば、商人であれば持ち込む物量をチェックされ、帰りの時にどれだけの儲けを出したのか、厳しく精査される。儲けの内、一割がリザニウム王国に税として徴収されるのだ。
また、ただの観光目的ならば、所定の料金を払えば、明らかな不審者でもなければ、誰でも入街することができる。もし、移住しようと考えているのなら、所定の料金プラス一年分の税を問答無用で徴収される。
その税金というのが結構な高額であり、一時は普通にリザニウムの街に移住しようと私も考えていたが、とても払えそうにない金額に泣く泣く断念した過去があった。
まぁ……たった一つだけ手段がないこともなかったが、それは私には絶対に無理な要求だった。公爵令嬢ではなくなったが、貞淑さとプライドまで捨てた覚えはない。
そのせいで始めた森暮らしの影響で、人間不信に拍車がかかったのが痛い誤算だけれどね!
ともかく――。
「今なら、払える……」
そう、今ならば、移住申請ができる。移住さえできてしまえば、リザニウムは近隣でも屈指に発達した、いくつもの街を持つ大国だ。働き口に困ることはないだろう。
「行く……しか、ないっ!」
決断は早かった。
お金が危険と判断した私は、森を旅立つ前に、家を取り壊してきていた。大きな荷物になりそうな持ち物、人がいたと思われる痕跡は、川の近くで燃やしたり、埋め立てたりしてきた。
戻る家は、もうないのだ。
人間不審に関しても、今ならば、まだ乗り越えられるような気がしていた。少なくとも、母は最後まで私の味方だった。母のような……とまではいかずとも、近い人はいるかもしれない。誠意を持って接すれば、誠意を持って返してくれる……そんな当たり前の存在。
大金に目の眩んだ私が、誠意ある人間かどうかの判定については、どうか保留として頂きたい。
私は、鞄から金貨三枚と銀貨一枚を取り出すと、意を決して、憲兵のいる門へと向かった。
「っ……バレませんように!」
荷物検査まではされないはずだ。不審に思われないように、屋敷から持ち出し、いざという時のため、丁寧に保管してきた、お気に入りの青のドレスを身に着けてきた。礼儀作法は、幼少時から厳しく躾けられてきている。
何も可笑しい所などない。どこの夜会に出ても、人目を惹く自信があった。
列を成す順番待ちの人々の最後尾につけ、私は自分の番を待つ。そのほとんどが観光目的だったようで、列はあっという間に進み、いよいよ――。
「次の方、どうぞ!」
呼ばれ、私は前へ進む。両の手脚が同時に出ている気もするが、気にしない。
「ようこそ、リザニウムへ!」
無駄に爽やかな憲兵の声と、表情。金髪に端整な顔立ちと、まるで王子様のような容姿。ある意味、スタンリー様なんかよりも、遙かに王子様らしかった。
私はかつてのように、百点満点の微笑みで目元と口元を形作り、言った。
「移住しましゅっ!」
あっ! と思った時には、もう遅い。百点満点の笑みを浮かべ、大事な部分を盛大に噛んだ私は、足下から脳天まで沸騰しそうなほどの羞恥に襲われた。
「~~~~~~っっ!!」
声も出ない。一年ぶりの人との会話は、見事な大失敗に終わってしまった。
「……あ、ぅ……ああ、ぅ……っ」
すぐに誤魔化すように笑って、話を進めるべき。分かっているのに、私は意味不明な譫言を呟く事しかできない。
もう、いっそ殺して欲しかった……。
というか、死にたい……。
そんな私が、よほど滑稽だったのか、
「っ……くはっ……ごめっ! ……あははっ……ほんと……っっ……ごめんっ! ……ははははっ!」
私の担当をしてくれた憲兵は、盛大に笑った。私は唇を噛んで、俯いた。
「いや! ほんっとうにごめんっ!」
しばらくして、笑い終わった憲兵さんは心から申し訳なさそうに頭を下げた。ここまでされると、むしろこちらが申し訳なくなってくる。だって、あれは誰だって笑う。
「い、いえ……憲兵さんは何も悪くないですから……私が、その……噛んじゃっただけですので……」
「そんなこと! って、もう終わりにしようか。お嬢ちゃんもいつまでもこの話されて、いい気分な訳ないもんね」
「はい、ありがとうございます」
いい人だ。
おまけに、いつの間にか私も普通に喋れていて驚く。
彼の朗らかな人柄のおかげだろうか。
「で、移住したいんだっけ?」
「あ、はい。そうです」
私は握りしめていた金貨三枚と銀貨一枚を、憲兵さんに手渡しした。
「んっ?」
金貨を受け取った憲兵さんは、金貨を手に取った瞬間、何故か驚いたように目を見開いた。
まさか……バレた……の?
「はい、金貨三枚と手数料の銀貨一枚、確かに。これが移住許可証です」
しかし、どうやらそれは杞憂だったようだ。憲兵さんはすぐに元の朗らかな笑みを浮かべると、移住許可証と、大きく判が押された書類を私に手渡してくれた。
「書類には、期限が書いてあります。その期限の一週間以内に、次は街の中にある役所に行ってください。そこで来年分の税の支払い後、移住期間延長となります。延長が五年以上になると、永住許可証が出るので、忘れないようにしてください」
「えーと、はい」
書類を何気なく見ると、確かに憲兵さんの言った通りの内容が記載されていた。
移住許可は、予想していたよりも早く、そしてとても容易にとれた。
「では、リザニウムで素晴らしい日々が訪れんことを、憲兵一同、お祈りしております」
最後に憲兵さんはニカッと笑って、私の門出を祝福してくれた。
そうして、特に何事も起こらずに、私は無事リザニウムに入街することができた。
これから巻き起こる、数々の修羅場を知る術もなく……。
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