第百十一話「フェアリー救出作戦開始」
何体ものタンクマンティスがその多脚を動かし歩を進める。
うるさいほどに耳へと届く羽音を撒き散らせながら、特攻蜂の集団は忙しなく移動を繰り返している。
それはその身に刻まれたプログラムを遂行するため。そこには本人の意思など介在しない。
それでも、全員が一点を目掛けて行動する
虫だから気持ち悪いけど。
人と同じくらいの大きさを持つタンクマンティスと、大型犬程もある特攻蜂は、皆一様に大きな木の根本へと集まっていく。
きっと、あの何本も枝分かれしまくっている木がチンチクリンの言っていた“千樹のドルク爺”とやらなのだろう。
しかし、その隊列も今、崩れる。
砲撃。
否、それはただの《跳躍》。
白いウサギが己の足で地面を踏み切っただけのこと。
しかし、その動作が
直撃した大きな緑色の体には風穴が開き、さらにその向こうにいた個体も貫通する。
一瞬、動きの停止したカマキリ達はその後ポリゴンと化し、さっきまでカマキリ達がひしめいていた空間は直線状にポッカリと空いてしまった。
その宙に電子の残骸が舞う土色のカーペット先にいたのは恍惚とした表情のトパーズ。
……うん、満足のいく突撃ができたようでよかったな。
トパーズの通った跡に近かったカマキリや、トパーズ周辺の蜂は集団行動を乱す。
今まで、フェアリーのみを狙っていたのにそこへ表れた異分子。しかも、優先順位の高いプレイヤーのテイムモンスター。
ほら、刻まれたプログラムの命令は絶対だろ?
美味しそうな子ウサギに食らいつけよ。
隊列は乱れた。
トパーズへとタゲが移った敵モブ達が一斉に襲い掛かったのだ。
トパーズはくるりと向きを変え、カマキリ達から離れるように《跳躍》する。
確かに
だが、直線移動なら別だ。その速さはアウィンをも
森の木々を薙ぎ倒しながら突き進むトパーズ。
ホーンラビットって木に刺さるのが弱点じゃなかったっけか……。
「悪いな、チンチクリン。俺には声が聞こえないし、今更、木に意志があるって言われてもそう簡単に常識は変えられないんだ」
『う、うん。それは仕方ないだろうし、幹を折られたぐらいじゃカプラさん達とお喋りできなくなる、なんてことはないんだけど……。さすがに、森を荒らしすぎるのはやめてね?』
「……善処する」
さすが植物。生命力は高いようだ。幹を折られたぐらいって、相当辛いと思うんだがな。
髪を切られたとかの軽さだったらいいんだが、手足がもがれたとかだったら結構、罪悪感を感じるかもしれない。
森を荒らすな
……まあ、できるだけ同じルートを通れるように調整ぐらいはしようか。
現在、ドルク爺から少し離れた場所にいる俺達の目には、カマキリ達へと飛んでいく光がかすかに見えている。あのドルク爺の近くにフェアリーがいるのは間違いない。
つまり、俺達のミッションはドルク爺へと集まる大量の敵をおびき寄せ、引き離すこと。
そのためにトパーズにはアウィンに次いで囮となってもらった。
そして、俺にはまだ頼れる仲間がいる。
「ってことで、頼むぞ、ラピス」
『
うん、ごめんて。
ハーピーはもうないから。
少なくとも俺からハーピーに差し出すことはないと思うから。
……多分。
ラピスとしては、ただただ自分の覚悟を謳っただけなのだろうが、俺の胸にはクリティカルヒットだ。
今からやろうとしていることも相まって罪悪感が凄い。
なんか、さっきから罪悪感ばっかり背負い込んでんな、俺。
だが、これも成功確率を上げるため。できるだけ全員の安全だって考慮している。
「おし、んじゃ行くぞ!」
『覚悟は完了済みです』
ビー玉と同じ大きさまで小さくなったラピスを
一瞬で俺の目からはラピスがどこに行ったのか見えなくなったが、恐らくどこかのカマキリ達へぶつかったことだろう。
ラピスを投げた方向を注視していると、すぐそこのカマキリ集団の動きが変わり始めた。
ドルク爺周辺にいるフェアリー達へ向かっていたはずが、まるで何かに引き寄せられるように固まりだしたのだ。
もちろん、その原因は言わずもがなラピスにある。
相手がプレイヤーであれば、その小ささからラピスが近くにいることすら気付くのは難しい。
だが、プログラムで動いている敵モブであれば、ターゲットは機械的。ラピスを見付けることも簡単なんじゃないかと考えた訳だ。
闘技大会決勝戦を思い出して欲しい。
エリーのテイムモンスター“
あの時はそれを逆手に取って《擬態》と合わせて位置を悟られないようにしていたが、今回は逆だ。
位置をバラして、自分へと敵を集めるのが目的。
ターゲットを集中させ、フェアリーを目指す敵を足止めする役割だ。
だが、ラピスにはトパーズのような瞬間的跳躍力も、アウィンの持つ機動力も備わっていない。
敵を引き付けたところですぐにやられてしまいそうではある。
しかし、ラピスは《物理攻撃無効》スキルを備えている。
そして、あのカマキリ、タンクマンティスは攻撃方法が物理攻撃のみ。
ラピスにとっては格好の獲物だ。
ただ、弱点としては状態異常攻撃を蜂と“仕込み針”の敵が行ってくること。
そのせいで今までタンクマンティスにラピスをぶつけなかったのだが、今のこの状況ならそれも無問題。
ラピスへ群がるカマキリの隙間は大型犬サイズの蜂が入るスペースなんてない。
仕込み針も、目まぐるしく攻撃を仕掛け続けるカマキリのせいで確実に阻まれる。
これだけの敵が密集していて、尚且つ物理攻撃の手段しかない敵モブがいる場合にしか使えない方法だが、条件が合致すれば強力な武器となる。
それに、こっちにはアウィンに預けたラピスを差し引いてもあと三十一人のラピスがいる。
計算違いがあるとすれば俺の遠投能力の低さだろうか。
もっと遠くへ投げたつもりだったのだが、
思ってたよりも近い位置でカマキリが集まり始めた時は、俺がバレたかと思ったじゃねえか。
遠くへ投げることができないなら俺から近付くしかない。
既にラピスへとターゲットが移っているのなら、下手なことをしない限り俺を襲うことはないだろう。
そっと移動しながらラピスをまた一人手に乗せ、狙いを付ける。
簡易マップ上の光点にも気を配りながら次の行動も決めていく。
フェアリー救出作戦はまだまだある。
もう一度気を引き締め直しておこう。
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