第九十七話「防衛イベント開始」

『あんの、カマキリ野郎っ! こちとら木にぶっ刺さって身動き取れねえってのにふざけんじゃねえ! ぜってえ風穴空けてやる、あんにゃろうっ!』

「うぅ、油断しました。あの蜂さん、速すぎですよ……。むぅ、今度は絶対対応してやります! って、あれ? お部屋です。はっ、お兄ちゃん!?」


 閉じていた目にまぶた越しの光が刺さる。

 それと同時にふかふかベッドの感触。


 死に戻ったか。

 まあ、勝てる気はしなかったし運がなかったと諦めるしかないな。


『あ、あの、ご主人様マスター……』

「ん? おお、ラピス。お前、そんなとこにいたのか」

『あ、いえ、その……』


 どうした?

 ラピスにしては歯切れが悪いな。


 死に戻ると浮遊感の後、自室のベッドへ仰向けに寝転がった体勢でリスポーン再生成される。

 ラピスは俺の腹の上にいた。


 そういえば、死を覚悟した時、何かを抱えたような気もする。

 頭で考えた行動じゃなかったし、無意識にやったんだろうが、あれは多分ラピスだな。


『おう、旦那ぁ! あのカマキリ野郎んとこ行くぞ! 身動き取れないまま殺されたとあっちゃあ黙ってらんねえからな』

「あー、そうだな。まあ、とりあえずはもっかい壁超えるか」


 カマキリの出る第二エリアに行くかは分からんがな。

 レベル上げしながら仕込み針と妖精の鱗粉集め。俺のやりたいことはそれだけだ。


 とりあえず、繭に仕込み針と妖精の鱗粉を渡しておくか。

 癒香にも妖精の鱗粉を見せておいた方が良さそうだな。薬師だし、MP系の薬ができるかもしれない。


 死に戻りによるデスペナルティのアイテムロストは痛いが、まだ仕込み針や妖精の鱗粉は残っている。

 鱗粉は少ないし、大事に使ってもらおう。


「つーことで、ただいまー」

「テイク、おかえり。また、そっちから?」

「まあ、HPもVIT生命力も初期値だしなー」


 HPの減り幅によって痛覚の度合いが決まるこのゲーム。

 普通は痛い思いなんてしたくない。だから、HPやVIT生命力を優先的に育てる。

 その結果、プレイヤーの死に戻りなんてほとんど起こらなくなる、と。


 ……いや、別に俺が痛い思いをしたいとかって訳じゃないぞ。

 今まで極振りしてきたから今回もしてるだけだからな。

 極振り好きはそう簡単に抜けねえんだよ。


「物好き」

「ま、そうだろうな」

「変わり者」

「よく言われる」

「変態」

「別の意味も含まれてねえか、それ」


 なぜに皆さん、俺のことを変態扱いするんですかねぇ。

 こんなにも周囲に埋没した一般人はいないぞ?


「そんな風に言うやつなんかにゃ素材提供しねえぞ? ローツ北エリアって言えば、まだ誰も到達したことのない未知の素材だぞ」

「おかえりなさい、テイク。今日も、繭のために、お疲れ様。でも、ここ。繭が、提供した、お店だから。さあ、ほら、早く出して」


 どうやら、繭には頭を上げることができないようだ。

 そういや、素材提供もギルド“オッドボール”を作るための条件だったな。

 ま、その結果、俺達の装備もよくなるし悪いことではないが。


「……あ、そうだ。テイク」

「んー?」

「テイクの、死に戻りは、防衛イベント関連?」

「……ん?」


 おい、ちょっと待て。

 仕込み針や妖精の鱗粉を取り出してる間に、なんか重大なことを言われた気がする。

 イベント……!?


「なに。知らないの? メール、来たでしょ?」

「あぁ、来てたな。そういや」


 フェアリーに囲まれてそれどころじゃなかったがな。

 ってことは、あのメール、運営からのイベント告知だったか。


「まだ見てないが、防衛イベントすんのか。そういや、ESO始まってすぐユズがそんなこと言ってたな」

「そう。それで、巻き込まれたのかと、思って」

「いや、メール通知に気を取られたとかじゃないな。数で攻められて対応しきれなかったんだ」

「……うん。だから、巻き込まれた。でしょ」


 なんだろう。

 なんか、繭と食い違ってる気がする。


 繭の言い方からして、既に防衛イベントが始まってるって聞こえるんだが……?


「いやでも、さすがに告知なしで、しかも防衛イベントとか。んな馬鹿なことESO運営でもしないだろ」

「残念。してるの。さっき、前情報なしで。いきなり開戦、混乱、阿鼻叫喚」

「だろうな!」


 はあ!?

 マジで防衛イベントやってんのか!?


 普通、イベントって告知してからやるもんだろ。

 それに合わせてリアルの用事を調整したり、ログインしたりするもんだ。


 しかも、今回は防衛イベント。

 前準備がめちゃくちゃ重要なやつだろ!

 それを、いきなりやり始めるとか、運営は何考えてんだ!?


「ユズとケンは!?」

「ローツ。イワンは、人がいるから、余裕。危ないのは、ローツ」

「分かった! とりあえず、これ! 仕込み針と妖精の鱗粉な! んじゃ、行ってくる!」

「おー、これはまた、なかなか……」


 ユズとケンにメールを送りながら、イワンの町にある噴水へと急ぐ。

 とりあえず、ローツの噴水で待ち合わせでいいか。俺は転移すればいいだけだし、ユズ達よりも先に着きそうだな。


 てか、ほんと、どういうことなんだ。

 突発防衛イベント? こんなもん、ユーザーから反感を買うだけだろ。

 まさか、負けイベントとか? これからもこういうことするから覚悟しとけ的な?

 俺個人では、ちょっと燃えるものがあるが、ふざけんなと思うやつだっているだろ。


 ローツの町中央、噴水の前に到着。

 一緒にいるのはラピスとトパーズだ。

 アウィンは目立つから留守番だな。


 ユズとケンはまだだよな。

 もう一度、運営から来たメールに目を通しておくか。


ご主人様マスター、申し訳ありませんが、状況説明を頂けませんか』

『そうだぜ、旦那! 何がどうなってんだよ!』

「ああ、そうだな。実は今、この町が……」


 その時、俺の目に建物の影へと入っていく二人の人物が写った。

 今のは、いや、この状況では好都合だ!


「すまん、説明は後だ!」

『ぅお、旦那、いきなり動くな、落ちんだろ!?』


 一人は知らんが、もう一人は見覚えがあった。

 あいつに聞けば少しは運営の意図が分かるかもしれない!


 確か、この建物の影に!


「おい、エリー!」

「あら、貴方は」

「…………」


 やはりそうだ。

 俺の知る中で唯一、運営と繋がっているプレイヤー。

 フードを被ったその人物は“森林の大狼リェース・ヴォールク”の主、エリーだった。

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