第八十一話「崖登り」
「はー、でっけえなあ……」
『
『旦那にゃ翼が生えてないんだからやめとけって。落ちたら確実に死ぬぞ』
「《即死回避》がある。大丈夫だ」
『そういうことでは無いのですが』
第二の町ローツの北側に
その目の前へやって来た、のはいいんだが……。
ちょっと高すぎて気後れしそうだ。目算二十メートルはあるな。落ちれば大ダメージ間違いなしだろう。
そして、テオが言っていた“扉的なもの”も発見した。というか、近くまで来れば嫌でも目に付く。
地肌がむき出しで全面土色のみ、殺風景な崖に違和感しか感じない豪華絢爛な扉。
もうちょっといい感じの扉はなかったのだろうか。この際、ただの鉄扉でもいい気がするんだが。
ちなみにこの扉、押しても引いても、トパーズが突撃してもビクともしなかった。
イワンの家のように空間固定されているのかもしれない。
よし、それじゃ、色々試してみようか。
「まずはトパーズ、この崖に穴でも掘ってみるか」
『おっしゃ、旦那退いとけよ。破片が当たってお陀仏とか……いや、それはそれで面白いな』
『トパーズ。いいから早くしなさい。
『へいへい。んじゃ、旦那のことは頼んだぜー』
俺の肩からピョンと飛び降りたトパーズは突撃の準備を始める。
重心を下ろし、角を前へ向け、全体重を自慢の後ろ脚へかけ、そして。
解き放つ!
「うわっ、砂煙が」
トパーズの後方で待機していたことで、トパーズに蹴られて舞った砂が俺達へと襲いかかる。
咄嗟に顔を背け右腕で目を覆ったが、どうやら口のガードが緩かったようだ。口の中がジャリジャリする。
「うわっ」とか言わなければよかった。
それで、肝心のトパーズはと言うと。
『いってぇーっ! んだよ、これ! マジで土か!? めっちゃくちゃ硬ぇぞ!?』
額を小さな前足で押さえながら悶えていた。
あー、なるほど。ダメだったか。
まあ、正直、掘れたとしてもそこからどうするかなんてあまり考えてなかったがな。
扉の先にあるだろう上へと伸びる階段か何かを掘り当てるとかか?
どこにあるかも分からないもんを三次元的に探すとなるとキツそうだな。
『くっそ、なんか悔しい。もっかい! もっかい挑戦だ!』
『見苦しいですよ。無意味なことは時間の無駄です。トパーズ、やめておきなさい』
『心配すんなって、ラピス姐! さっきは大袈裟だったかもしんねえけど、そこまで痛くねえからさ!』
『……はぁ』
おお、ラピスが黙った。
今のトパーズのセリフで黙ったってことは、トパーズが痛がっているのを見たくないからラピスはやめとけと言ったってことか。
仲がいいのはいいことだ。
ま、ただ単にトパーズに呆れてものも言えなくなったって可能性もあるがな。
さて、トパーズが一人、突撃しまくっているのを横目に考える。
そうだな。次は、ココの言っていた“見えない壁”を確かめてみるか。
ってなると、登ってみないことには確かめられないよな。
どこか、登れやすそうなところは……。
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~
結論から言おう。
なんの装備もなしに、初心者が崖を登れる訳がないよな、うん。
何とか登りやすそうなところを見付けてもせいぜい三メートル行けたかどうかぐらい。
それだけでは“見えない壁”に当たることも無かった。
検証失敗だな。よくこんなんで、この崖を登ろうなんて考えたもんだよ、俺は。
『
「うーん、崖登りが無理となると、東か西の攻略だろうな。
『お、なんだよ旦那。もう終わりか? 楽しそうだったじゃねえか』
「お前に言われたくねえよ。どんだけ突撃してんだ。角折れるぞ」
実際、硬い壁にあれだけ突撃しているのに何故折れないのか不思議でしょうがない。
あれか、俺が腕を斬られても腕が飛んでいったりしないのと同じ原理なんだろうか。
部位破壊の設定されてないモブはどう頑張っても破壊できないってことかね。
それにしても、角が折れないのはそういう理由だとして、怪我一つしないのはなんでだ?
肩にいたトパーズを持ち上げて角の付け根を触ってみる。
うわ、なんだこれ、かってえ。ここだけ生物が持ってはいけない硬度を誇ってやがる。
『お? なんだなんだ。旦那も結局オレの毛並みが気になるってことかよ』
「いや、気になるのはお前の額だよ。なんだこの硬さ。石頭とかいうレベルじゃねえぞ」
『突撃しまくったんだから、そんなもんじゃねえのか? ホーンラビットは大体そんなもんだって』
『痛みを柔らげるための防衛措置かと推測されます。ここまでの硬度はトパーズだけでしょう』
ヤバイなこれ。爪で弾くとコツコツなるどころか、むしろ指が痛くなってくるぞ。
反発係数まで凄そうだ。いや、トパーズを見ていると、反発というより反射か? トパーズが痛がる素振りはあまり見たことがない。
ホーンラビットの額には未知の素材が眠っているようだ。
「そうだ。なあ、トパーズ。お前、ここから上へ跳ねてみてくれ。テイムモンスなら、“見えない壁”ってのが無効になるかもしれない」
『それぐらいはお安いご用だ! おし、行くぜ』
「ラピス。トパーズが落下ダメージを食らわないように付いていってくれ」
『承知致しました』
一回り小さな青い球体が頭の上からポテンと落ちる。
つまり、今も俺の頭には残りのラピスがいてくれているのだろう。
スケルトンウィザード戦でのことがよっぽど
『行くぜ、ラピス姐』
『いつでもどうぞ、トパーズ』
跳躍。
真上を狙って跳んだトパーズは、またも砂煙を撒き散らす。
大丈夫。今度は身構えている。二度もジャリジャリしてたまるか。
しかし、トパーズの跳んだ方を向くと、普通では考えられないものが見え、口があんぐりと……いかん。ジャリジャリ対策を疎かにしてなるものか。
俺の見たものは空中で静止する角の生えたウサギだ。
いや、確かに角の生えたウサギってだけで普通ではないんだが、跳んだはずのウサギが地上から四メートルぐらいの位置で止まっているのだ。
だが、静止していたのはほんの一瞬。すぐ引力に引かれて地面へと落下してきた。
ラピスを下にして無事帰還。
「ラピス、トパーズ、何があったんだ?」
『い、いや、オレにもさっぱり……』
『運動が一瞬で消去されました。何かの感触もなく、急に』
「急に止まったことで体に負担は?」
『皆無です。その事で違和感は感じましたが』
『おーい、何言ってんだか訳わかんねえぞ、お二人さんや。くそ、仲間であるアウィンがいねえ……!』
なるほど、恐らくこれが“見えない壁”なんだろう。
当たると一切の運動を初期化して静止させる。しかも、どうやら慣性まで効いていない様子。
壁伝いなら、これ以上進めなくする。とかか。
テイムモンスでも突破はできないんだな。
だが、これではっきりしたこともある。
“見えない壁”に関してはプレイヤーとテイムモンスに差はない。
ってことは。
「よし、これからの行動指針が決まった。トパーズにはこれから崖から離れつつ跳びまくってもらう」
そして、四メートルラインを超えて跳び上がれるようになったところが“見えない壁”の効果範囲外。
まずは、それを見つけよう。
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~
「お、ついに行けたな」
『案外早かったですね』
「まあ、飛べるテイムモンスもいるからな。四メートル制限が広いと不便すぎるだろ」
トパーズが遥か高くへと旅立ったのは崖から十メートル離れた場所だった。
それにしても、ほんと高いとこまで跳べるようになったんだなー。
二階建ての屋根へ登るのに俺が押し上げる力と《風種》が必要だった頃が懐かしい。
お、帰ってきたな。
ラピスが下になることで落下の衝撃を吸収。安全に落ちてこられる訳だ。
ラピスは昔から色んなところで役に立ってくれている。いつか必ず
「おかえり。お疲れだったな」
『なあ、旦那。落ちる時俺の角を下に向ければラピス姐いなくても平気なんじゃねえか?』
『角が刺さるでしょう。角が下にあって足も着かないんですから、装備を外したとしても自力で脱出は不可能ですよ』
『なるほど。それもそうだな』
ラピスとトパーズが話しながら俺の頭と肩、つまり、いつもの定位置に戻ったことを確認して歩き出す。
方向は南。崖から離れる方向だ。
『旦那、やっぱ諦めんのか? 崖登り』
『それも一つの選択肢。仕方ありませんよ』
「何言ってんだ。俺はまだ諦めてねえぞ。もう一つだけ試してみたいことがある」
『お、いいね。そういうの嫌いじゃねえぜ』
『何をするのでしょうか?』
崖から離れること十五メートル。
五メートルあれば、“見えない壁”へ当たることもないだろう。
ラピスよし。いざと言う時のMP回復薬よし。衝撃に耐える覚悟よし!
「さあ、トパーズ。思いっきり俺を真上へぶっ飛ばしてくれ」
『
『ん? どういうことだ?』
単純なことだ。
トパーズへ俺が捕まって、そのまま跳ぶだろ? そしたら、俺だって一緒に空中へと行けるはずだ。
極振りの力は無限大。きっと、トパーズは軽々と俺を連れて跳び上がってくれる。
『旦那、マジでやんのか?』
「もちろんだ。体格差なんて極振りの前ではあってないようなもの。極振りを信じろ!」
『ラピス姐……』
『トパーズ。アナタは
『いや、やったことねえけど』
『もし、それが出来るのであれば、可能性はあるかと』
どうやら、当のトパーズが乗り気ではないらしい。
確かに、パッと見た感じ、小さなウサギが人を持ち上げて真上へとジャンプするのは無理だと思うかもな。
しかし、トパーズには数々の場面で俺を吹き飛ばし内臓へとダメージを与えてきた実績がある。
それが、真横ではなく真上になっただけのこと。
トパーズのレベルが上がってからは俺へと突撃したことはないが、サラのテイムモンス、
それを、吹き飛ばすだけでなく、勢いを落とさずに闘技場の壁へと叩き付け、ひびまで入れてしまうぐらいの力が今、トパーズには宿っている!
「つまり、それに比べて軽い俺を連れて跳ぶくらい、今のお前には容易いことだって訳だ!」
『おお! なんか行けそうな気がしてきた!』
「よし、それじゃ早速やってみるぞ!」
真上へと狙いを付けたトパーズの角を持ち、しっかりと握る。
部位破壊は無理なら、角を持っても大丈夫だろう。突撃してぶつかった時に曲がったりもしていない。
俺の重さで引っ張られたとしてもトパーズの
「さあ、行け、トパーズ!」
『うおおりゃぁぁーっ!』
うおお、引っ張られる!
だが、耐えろ! 今は多分トパーズに連れられて空中にいるはずだ!
スピードが落ちてきた。
トパーズと位置を入れ替える!
「よし、俺のことを思いっきり蹴れ、トパーズ!」
『いいんだな! どうなっても知らねえぞ!』
俺が上。トパーズが下。
その状態でトパーズが俺を蹴り上げれば俺はさらに高く打ち上がる!
スピードがゼロになり、重力に引かれ落ち始める瞬間を狙って……!
「今だ! 《土種》!」
トパーズの額の前にある程度重くした土種を設置。少しでもトパーズを重く、そしてトパーズから受ける力を大きくする!
またも訪れる衝撃!
あ、ダメだこれ。今まで以上に内臓やられてそうだわ。幻肢痛なんだろうけど。
あと、三半規管もめちゃくちゃになりそう。
今、俺が向いてるのはどっちだ!?
上か? 西か? 地面か? 崖か?
きっとこっちが上だ!
ってことはこっちが下!
下側にトパーズを呼び出す!
「《リコール》! さあ、もういっちょ来い!」
『お、おうよ! よく分かんねえが、やってやるぜっ!』
後はこの繰り返しだ。
これで、崖を登りきってみせるぞ!
『…………』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます