第八十二話「仕切り直し」

「《リコール》」

「はっ! 来た! 呼ばれました! 敵はどこですか!? お兄ちゃんはわたしが守りますよっ!」


 よし、イワンの町から遠く離れていても問題なく《リコール》は使えるようだな。

 消費MPも千のまま変わらず。俺の目線より低い位置でちょこまかしている白ローブを呼ぶことができた。


『冷静になりなさい、アウィン』

『すぐに襲ってくる敵はいねえよ。これからオレ達が襲いには行くんだがな』

「あ、ラピスさん、トパーズさん。えっと、襲いに行く、というのは?」

「まあ、簡単に言うとだな、アウィン。ローツ攻略は一旦置いておくことにしたんだ」


 いや、ここがローツ周辺であることを考えればローツ攻略というのも間違いではないかもしれない。

 今、俺達がいるのはローツの町から見て南のエリア。

 そして、これから牛豚鶏の大量殺戮の現場となる。つまりは、その、端的に言えばレベル上げだな。


 壁を登るためにトパーズに蹴り上げてもらう作戦を取った訳なんだが、どうやらまだATK筋力値が足りていないようだったのだ。

 いや、確かに浮かんではいたんだぞ?

 ただ、《リコール》には千のMPが必要になる。俺のMPは六千にギリギリ届かない程度。

 しかも、《土種》を使うことを考えれば《リコール》はあまり使えない。


 だというのに、どうやら俺は地上から三メートルの辺りで右へ左へとめちゃくちゃに吹っ飛んでいたらしい。

 これは後になってラピスに聞いたことだ。

 そうならそうと、その時に言ってくれればいいのにな……。


『鬼気迫るご主人様マスターへ事実を突き付けるのは、いささか酷かと考慮させて頂きました』

「まあ、あの時は痛いやら気持ち悪いやらで変なテンションになってたのは間違いないな」

『オレは楽しかったぜ! ま、次は一気に吹っ飛ばしてやるから期待しとけよな』

「……一体、お兄ちゃん達は何をしていたんでしょうか?」


 崖登りにもう一度チャレンジするために、これより、極振りプレイヤーの十八番おはこ、必要以上のレベリングを決行する!


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 ピコン、と電子音が響く。今のはレベルアップのファンファーレじゃないよな。

 なんだ?


ご主人様マスター?』

「レベル上げはちょっと中断だ。休憩にしよう」


 現在、レベル上げをし始めて二日目。俺のレベルは上がっていないが、ラピス達は2つずつレベルアップを果たしている。


 布陣は前回と同じ。

 俺とラピスのチーム、トパーズとラピス、そしてアウィンとラピスのチームだ。

 これが、今のところ一番効率のいい方法なはず。

 アイテム欄にも刻一刻と牛豚鶏の素材が集まっている。

 ……アウィン、またトレインしてるんじゃないよな。ラピスもいるし、大丈夫だとは思うんだが。


 それより今は、電子音の正体だ。

 メールアイコンが点滅している。ってことは誰かからメールが来たのか。


「癒香から? オッドボールに来て欲しい……ってなんだ、どういうことだ」


 差出人は薬師である癒香からだった。癒香の店“aroma”に呼び出さず、オッドボールに呼ぶのはなぜなのだろうか。

 確かに、aromaへ呼ばれると、またMPを取られる気がして躊躇ちゅうちょしそうではあるが。


 ふむ、呼ばれたのなら仕方ない。

 レベル上げは切り上げだ。MP回復薬や、他にも癒香のとこで買いたいものはあった。

 繭に頼んでいた装備の進捗具合も気になるし、一度オッドボールへ帰ってみることにしようか。


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「ただいま」

「ただ今、帰りましたっ!」

「お帰りなさい、皆さん。すみません、急にお呼びだてしてしまって」


 オッドボールに帰ると、癒香が店番をしていた。

 ……うん、いきなりなんかおかしいね。繭はどうしたよ。


「繭さんは奥で最終調整だそうです。私はテイクさんが来るまで時間も空いていたので店番を任された次第でして」

「客来ねえだろ」

「あはは……」


 笑って誤魔化された。

 まあ、客なんてアウィン関連のイベントがある時くらいしか来ねえからなー。

 繭が店番する時だって、装備作りで待機しなくちゃいけない時のついでだし。


 それで、癒香が俺に用事ってなんなんだ?

 ここに来るまで色々考えてみたが、見当も付かんぞ。


「忘れちゃいましたか? 結構前にテイクさんから依頼されていたんですが、なかなか完成しなかったので渡せなかったんです」


 そういって、店のカウンターへ置いたのは片手で包み込めてしまうほどの小瓶。

 待てよ、この形、見覚えが……。


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 麻痺の粘液 素材

 麻痺Lv.1


 スライムの粘液とバインド

 サーペントの毒牙を混ぜたもの。

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 そうだ。毒の粘液の入った小瓶と同じものだ!

 ということは、つまり……!


「お待たせしました。ご依頼のラピスさん強化素材です」

「おお! ついに、ラピスが麻痺攻撃できるようになったのか!」

「喜んで頂けたようで、何よりです。ですが、今回はこれだけではありませんよ」


 そして、優香はさらに二つの小瓶を“麻痺の粘液”の隣へ並べる。

 まさか、これ以上の強化が……!?


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 毒の粘液 素材

 毒Lv.2


 スライムの粘液とポイズン

 バタフライの鱗粉、ゴース

 トの毒爪を混ぜたもの。

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 鈍足の粘液 素材

 鈍足Lv.1


 スライムの粘液とスネア

 キャンサーの毒爪を混ぜたもの。

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 これは!

 毒の粘液はレベルが二になっていて、強化されている!

 そして、鈍足というデバフが掛けられる粘液か!


「毒の方は純粋な強化です。鈍足は相手の動きを鈍らせる効果のみですが、麻痺よりも格段に掛けやすいですよ」

「これは、大幅な強化だな! ありがとう、癒香!」

「あ、でも注意点があります」


 そういって、新しい毒の粘液を取り出し、その中へ麻痺の粘液を入れていく癒香。

 なにやってんだ?


「今、レベル一の毒の粘液へ麻痺の粘液を入れたのですが、どうやらスライムの粘液が反応する効果は一つだけ。ラピスさんも同じだと思われます」

「なるほど、複数の状態異常攻撃ができるようにはならないってことか。それでも充分すぎる強化だけどな」


 それに、ラピスには《分裂》がある。それを上手く使えば、毒のラピスと麻痺のラピス、鈍足のラピスなどに分けられる可能性がある!

 いきなりの戦闘で使えるかは分からないが、前もって準備できるボス戦なんかでは真価を発揮するかもしれない。


「ああ、それと、癒香。MP回復薬とかを買い足したいんだが」

「はい。大丈夫ですよ。今、手元にある分だけですが」

「助かる。それじゃ、MP回復薬とサバイ……」

「……あ、テイク。来たんだ」


 お、繭が作業場からやって来た。

 そういえば、さっき最終調整って癒香が言ってたな。

 もしかして。いや、そんなバカな。だって昨日に依頼したんだぞ。恐らく、ユズやケンが依頼した分とか……。


「はい。……テイクに、依頼された、装備。できた」

「うっそだろ、お前。早すぎるだろ!?」

「……繭は、夜型。徹夜も、苦にならない」

「それにしたって……!」

「繭の才能。センス。内なる、力が、バーニング」


 真顔でバーニングとか言うのやめろ。笑いそうになったじゃねえか。

 こいつ、ほんとに大丈夫なのか? 体壊しそうでこっちが心配になってくる。


「……む。問題ないって、言ってる。それに、今から、繭は、寝るから」

「マジで夜型なのな。そういうの健康に良くないぞ」

「……分かってる、けど。頼られるの、うれ……ぃから」

「なんだって?」

「なんでもない。おやすみ」


 そう言って、繭は俺の前から姿を消した。

 ログアウトしたのか。てか、ほんとに徹夜で作業してたのな。

 俺のアイテムボックスにはきちんと新しい装備が入っている。

 ん? 他にも色々入ってるな。


 これは……?


「繭さん、可愛らしい方ですね」

「癒香は、繭が最後になんて言ったか聞こえたのか?」

「……さあ。私も聞き取れませんでしたね」


 そして、またふふふと笑う癒香。

 絶対、聞こえてんだろ。

 ま、そこまで重要なことじゃないだろうから別にいいか。

 さてと、それじゃ、繭から渡された装備の確認でも……。


「お? 繭?」

「あら、繭さん?」


 突然、またもや俺の目の前に現れた紫髪の女の子。

 なんだ、忘れ物か?


「おかえり。どうした?」

「…………」


 当の繭は、黙々と視線を動かしたり指を動かしたりしている。

 ウィンドウを弄ってんのか。でも、何かしら言ってくれても。


 ピコン


「…………おやすみ」

「お、おう」


 またしても一瞬で消える繭。

 さっきと違うのは俺の視界の端で自己主張するメールアイコン。


『装備の説明。読んどいて』


 どうやら、繭の忘れ物はこれだったようだ。

 さっきのはリアルで書いた文面をコピペしてたのだろう。


「本当に可愛らしい方ですね」

「……かもな」


 さてと、気を取り直して、繭からもらった説明書と一緒に装備確認始めますかね。

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