第七十六話「ウィルの狙い」

 オッドボールの談話室。

 そこでは男二人が相対していた。


 片や、ターバンを巻いた小柄な男、ウィリアム。

 そして、もう一方は似た容姿をした女の子を後ろに控えさせている男だ。


 いやまあ、俺なんだがな。

 繭はどちらの肩を持つ訳でもなく成り行きを見守っている。

 店はいいのかよ。一階からアウィンが見たいって声が聞こえてんだが。


「お店は、ユズに、任せた」

「下にユズがいるのか。勝手に入って来たりしねえの? ウィルみたいに」

「ちょちょちょ!? オニーチャン、冗談キツいよぉー。まるで俺ちゃんが不法侵入したみたいじゃないのさー」

「……ギルドメンバー以外は、二階に、入れない。ウィルは、繭が、入れた」

「なるほど」


 そんな設定あったのね。ギルマスは俺だったはずなんだが、ヘルプは見ねえからなあ。

 実際、不便ではないし。


 そもそもこの店は繭の物だから、この設定に関してギルマスは関係ないって可能性だってある。

 繭の方で設定したことなら俺が知らなくても仕方ない。なので、そういうことにしておこう。


「それでさ、オニーチャン。どうするのん? 外のれんちゅー」

「お前が連れてきたんじゃねえのかよ。ウィル、お前が何とかしてくれ」

「えー、アウィンたんのためを思って連れてきたのにぃー」

「ありがた迷惑だ。帰れ」

「……いいのかにゃ? そんなこと言っちゃって」


 なんだ、どういうことだ。

 ウィルの雰囲気が変わった。このままウィルを帰せば俺に不利益が生じると言いたいのか?


「……テイク。ウィリアムは、見た目とか、雰囲気とか、言動とか、その他諸々、バカっぽい。けど、ただのバカじゃ、ない」

「繭ちゃんから愛の棘を感じるっ! でも俺ちゃん、Mではないからちょい傷ついちゃったかな!?」


 一度、整理し直した方が良さそうだ。

 正直、ウィルの話はあまり真面目に聞いていなかった。むしろ、頭はこの騒動をどこへ収束させるかで一杯だ。

 だがもし、ウィルがちゃんと考えた上で行動しているのなら、その行動理念が純粋にアウィンを助けるためならば。


 こいつは利用するのではなく、協力するべき相手なのかもしれない。


 ウィルはアウィンを守るために来たのだと言っていた。

 町盗賊に恨みを持つプレイヤーは多い。ソイツらの対策は俺の頭を悩ませる種となっている。

 しかも、アウィンが予想以上に人気となってしまい、オッドボールがファンに取り囲まれる。なんていう想定外なことが起こってしまった。


 そして、その中心人物が目の前の男、ウィルだ。

 これが全て、アウィンを守るためにやっていることだと考えられないか?

 そう、例えば……。


 おもむろに席を立ち、窓から外を見る。

 依然として、アウィンを呼ぶ声がうるさく、叫んでいる奴らも路地を通ることなど出来ないほどギュウギュウに詰まっている。

 さっきは、この部分だけを注目してしまった。だが、今は。


 路地の端の方を伺う。すると、何人かがオッドボールへと向かって来ようとしているのが見えた。

 遠目なのでハッキリとは見えないが、アウィンへのラブコールを叫んでいるプレイヤーとは雰囲気がまるで違う。

 ……あれが、町盗賊に恨みを持つプレイヤーってとこか。


「お、お兄ちゃん……」

「ん? なんだ、アウィン。俺はちょっと確認しに来ただけだぞ。ついてこなくてもよかったのに」

「い、いえ。その、あの人がずっとわたしを見てくるので」

『申し訳ありません、ご主人様マスター。ワタシの体積が不十分でしたので、アウィンを不埒な視線から守ることが難しく』

『おうおうおう! てめぇ、さっきからアウィンをジロジロ視姦しやがってよぉ! 覚悟はできてんだろうなぁっ!』

「ラピスが謝ることじゃないし、トパーズの声はウィルに聞こえねえよ。だが、ありがとな。守ろうとしてくれて」


 アウィンの頭に乗って少しでもアウィンを自分の体で隠そうとしているラピス。

 アウィンに抱えられながらも、歯をカチカチ鳴らし角を向けることで威嚇し続けているトパーズ。

 二人の頭に手を乗せて感謝する。


 どうやらやはり、二人の声が聞けるこのアイテムは俺にとって大当たりだったようだ。

 二人の意思を聞けるのは戦略を練る上でとても助かるし、何より二人と話せることがとても嬉しく感じられる。


『……ご主人様マスター、ワタ、ワタシは当然のことをしたまでなのです。アウィンはワタシの妹のように思っていますので』

『んだよ、旦那! 実はやっぱりオレを触りてえんだろ!? アウィンはオレの舎弟だぜ? こんなもん、ったりめえのことよ!』

「ラピスさん、トパーズさん……!」

「そうかい。それじゃ、これからもアウィンを頼むな」

『は、ハイ! ご主人様マスターおおせのみゃみゃに!』

『ラピス姐、旦那に触られてるからって動転しすぎムグゴォっ!?』

『トパーズ、口を慎みなさい。アナタ、今、何を言おうとしていましたか? ソレを言っていいとアナタは本気で思ったのですか?』

『ラ、ラピス姐、ぐ、ぐるじぃ……』


 おおう、目の前でラピスの半身が千切れてトパーズに襲いかかったぞ、おい。

 トパーズが何か言いかけてたが、ラピスが顔の周りを覆ったからか、二の句が告げないようだな。

 口を閉ざされれば、言葉も聞こえなくなるのかと思っていたが、どうやら苦しくてそれどころではなくなっただけらしい。


 ま、ラピスもさすがにトパーズを窒息させるなんてことはないだろうし、俺は席に戻ろうかね。


『大体、トパーズはいつも後先考えず行動しすぎなのです。確かに、思考する数秒が命取りになる状況も存在し得るでしょう。ですが、アナタの場合は、思考を放棄することでご主人様マスターの身まで危険に晒すようなことになる可能性が非常に高いのです。その様なことになる前に矯正させるべきだということは理解できますよね? 聞いていますか、トパーズ?』

『…………』

「ラピスさん、ラピスさん! まず、トパーズさんを離してあげてください! クタァって! トパーズさんが、クタァってしてますっ! トパーズさん、死んじゃ嫌ですよぅっ!」


 ……ほんとに大丈夫なのか、あれ?


 とにかく、今はアウィンの安全問題を優先させよう。

 トパーズが死に戻りしたとしてもそこの部屋にリスポーン再生成するだけだ。

 てか、フレンドリーファイアねえんだから、酸欠か演技か精神的ダメージかのどれかだろ。いいや、放っとこう。


「ねえ! ねえ! ねえねえねえ! 今、テイムモンスターと話してたよね? そうだよね!?」

「おい、ウィル、今はそんな話をしてる場合じゃ」

「テイムモンスターと話せる!? アウィンたんみたいに!? ってことは全てのテイムモンスターには言語プログラムされたAIが搭載されてる!? 情報屋として気になっちゃう! 気になっちゃうよぉ!?」


 うわ、こいつユズと同じ感じの人間だ。

 あんまり人に話したくないから軌道修正しようとしたんだけどな。失敗したか。


「あ、もしかして、テイムモンスターの言葉を妄想しちゃうタイプだった? お人形さんとお喋りしちゃう感じ?」

「んな訳あるか」

「じゃあ、やっぱり話せるんだね! なんで!? どうして!?」

「さあな。俺は何も言わないぞ」

「俺ちゃんだって情報屋やってるんだから、言わない方がいい情報は言わないよん?」


 情報屋なんて、対価があれば喋るんだろうが。

 偏見だ? 情報屋のイメージなんざ、そんなもんだろ。


「あ、そういえば、オニーチャンそんな腕輪してなかったよね。あ、闘技大会の賞品かあ。あ、それで話せるようになったのかな。あ、なるほどなるほどー。察し」

「勝手に察しとけ」

「……テイク、繭の、作った装備だけ。そういう、約束。契約。束縛」

「いや、これはどうにもならんだろ」

「ってことはやっぱり賞品だ!」


 くっそ、意外と目敏いな。

 だが、どんなスキルかは分からないはず。

 別に知られたからどうって訳ではないが、何か悔しいから絶対言わねえ!


「ふむふむ、なーんか、思わぬところでいい情報仕入れられてホクホクだよ俺ちゃんは。それで、どうだった? いたでしょ、変なのが」

「……ああ。それで、お前が連れてきたんだろう奴らに止められてたな。プレイヤーのすり抜けができないことを利用したのか」

「ざっつらーい! しょーゆーことー」

「だが、足止めしたところで解決はしてないだろ」


 まさか、このままずっとあれだけのプレイヤーを居座らせ続ける訳にもいかない。

 ウィルの連れてきたアウィンのファン達がいなくなれば、アウィンに危害を加えようとする奴らが近付いてくる。


 こいつらの対処法を考えないことには何も解決はしないと思うんだが。


「そこら辺もちゃぁーんと考えてありますよ、オニーチャン。アウィンたんのためなら何でもしちゃう人達がこれだけ集まったんですもん、数が揃えばなんでもできちゃう!」

「……何をするつもりだ?」

「この世は何でも多数決。数が多い方が勝ち。俺ちゃん達でルール、決めちゃおうぜってことなのだ。ってことで、ギルド“オッドボール”の傘下組織としてギルド“マイエンジェルアウィンたんを守るために立ち上がった同士達の会”の設立をここに宣言致しまーす!」


 ……は?

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