第七十五話「ウィリアム」

「ありりー? どったの? 俺ちゃん話したいことあるからオニーチャンも座って欲しーんだけどなー」

「黙れ。こっちはさっさとお前を追い出したいんだよ」


 オッドボールの談話室。

 外では大勢のプレイヤーがひしめき合っている中。その中心となる人物らしい男が椅子に座って俺を待っている。


 一体何だってんだ。

 闘技大会が終わってこっちはクタクタなんだよ。次から次へとイベント起こりすぎだっての。


「テイク」

「おい、繭! お前、何か知ってんだろ? 何なんだよ、コイツ!」

「テイク、落ち着いて。……アウィンを、守りたいのは、分かるけど。頭に、血、登ってる。さっきの、全部、テイクが悪い」

「はあ? 何言って……」


 ……いや、そういえば、コイツ何やらかしたっけ?


 不法侵入?

 違う。繭が呼びに行こうとしてたってことは既に繭によってオッドボールへと入っていたはずだ。


 アウィンへのセクハラ?

 それだって、俺がトパーズをけしかけたり、アウィンが攻撃しなければ何も起こらなかった可能性がある。


 ……あれ、よく考えてみると俺が勝手にムカついて、イライラして、殴りかかっただけじゃねえか?


「落ち着いた?」

「そう、だな。多分、落ち着いた。けど、さっきまでだって冷静だと思ってたから自信ねえな」

「そう言える、なら、大丈夫」

「繭ちゃーん、俺ちゃんのことはー? ほらほらほら、紹介してくれりー」

「で、あの独特な喋り方してらっしゃるオキャクサマはどこのどいつで?」

「あー、オニーチャンひっどー。お客様って思ってないねぇー」

「判断は繭の話を聞いてからだ。あと、お前も思ってもないお兄ちゃん発言やめろ。気味が悪い」


 確かに、いきなり話も聞かずに攻撃した俺は悪かった。それは認めよう。

 だが、やっぱりこの喋り方が気持ち悪くて仕方がない!

 これが日本語なのか!? どういう助詞や助動詞を並べればこんなに虫唾むしずの走る台詞が吐けるんだ……!


「繭、コイツがこの騒動の中心人物って言ってたよな。アウィンに会いたがってる集団のトップってことか? なんでそんな奴を呼んだんだ」

「トップ云々は、本人から、聞いて。呼んだ理由は、知ってる人、だったから。ウィリアムは、繭の、リア友」

「はーい、繭ちゃんのリア友やらせて貰ってます、ウィリアムでさーい。気軽にウィルって呼んでくれちゃったりしちゃってもいいのよー?」

「…………」


 うん、まあ、リアルのことは何も言うまい。

 あれだな、きっとコイツ、ウィリアムってやつの方に友達がいないから繭がつるんでやってるとか、そういう感じなのだろう。

 いや、考えてるだけで口には絶対出さねえけど。


 ゲームだと性格変わる人もいるし、もしかしたらリアルでは結構まともなのかも。


「ちなみに、繭の、唯一のリア友」

「俺ちゃんもおんなじー。繭ちゃんが唯一無二のだーいしーんゆぅーっ!」

「お、おう。そうなのか」

「むむぅー。繭ちゃん! わたしは繭ちゃんの友達だと思ってますっ! 繭ちゃんは、違ったのですか……?」

「ううん。繭も、アウィンのことは、友達だと思ってる。テイク達と、一緒だと、楽しいし。でも、リア友って、また違うの」

「うぉーっ! アウィンたん、やさすぃーっ! てかてか、NPCなのに会話豊富!」

「ウィリアム、黙ってて」


 なんだろう。聞いてもいないことを暴露されてしまった。

 リアルでは友達一人しかいませんって言われても、俺にどうしろと。


 まあ、繭に他意はないんだろうけど。

 ただ単なる説明の一部だったんだろうな。

 必要だったのかは知らんが。


「あと、ウィリアムは、ロリコン。重度の。犯罪者予備軍」

「えー、それは、繭ちゃんのせいでしょー。繭ちゃんのことが好きになっちゃった後遺症ってやつじゃーん」

「ん? 二人は付き合ってるのか?」

「まさか。有り得ない。ナンセンス」

「ずぅっと前に俺ちゃんが告白したらスパッと振られちゃったんだよねぇー」


 またもや、爆弾投下されたんだが。

 そういうのって、気まずくなったりするんじゃないのか。


 ……ウィリアムは気にしなさそうだな。繭も結構どうでもいいこととして考えてそうだ。

 異色のコンビなようで、実は相性はいいのかもしれない。

 恋人にはなれなかったようだが。


 繭を好きになった後遺症でロリコンねぇ。

 確かに、ゲーム内の繭とアウィンの背丈は同じくらい。言動に関してはアウィンの方が幼い程だ。

 ロリコンの琴線に触れてしまったということか……。


「とにかく、これで、繭が、信用した理由、話した」

「ああ。余計なとこがあった気もするが、理解はできた」

「おっとっとっと? 来てくれる感じ? やっと話せちゃう?」

「ゲーム内かもしれないが、繭は俺にとっても友達だ。その友達と仲良くしてくれるリア友なら無下にはできない」


 ウィリアムの対面に座る。だが、アウィンは下がってろよ。

 ラピス、トパーズにはアウィンの護衛を任せておこう。

 何があってもアウィンに近付けさせるな。絶対だぞ。


「さてと、まずは謝らせてくれ。いきなり攻撃して悪かった。今思い返せば、あの時の俺は攻撃する手段しか考えてなかった気がする」

「んー、まあ、俺ちゃんも勝手に入っちゃったしお互い様ってことにしとこーよ。当たらなかったし、セーフセーフ」


 そうなんだよな。こいつ、いきなり部屋の中心に出てきたんだよ。

 しかも、トパーズの蹴りを避けたり、アウィンの背後に回り込んだり。

 こんなやつでも相当な実力者なのだろう。


 座っているから、ウィリアムの背丈は分からないがケンと同じく小柄な身長ではあると思う。実年齢は知らないが。

 大体、百四十後半から百五十前半ってとこだろう。


 髪は灰色で頭にターバンのようなものを巻いている。

 あれは多分、ただの布だな。それっぽく着けてるだけな気がする。ただ、それのせいで耳がよく見えない。

 つまり、ウィリアムの種族が分からないのだ。

 あの身のこなしからは、獣人の可能性が高いが実際はどうなんだろうか。


 瞳は緑色。表情が豊かなのもあり、目がとても大きく見える。

 裏表の無さそうなやつだが、こいつが一体何の用なんだ?


「それで、話って何なんだ、ウィル」

「わーお、ホントにウィルって呼んじゃうんだねぇ」

「お前が呼べっつったんだろが。それに、こっちの方が短い。効率いいだろ」

「わおわーお、繭ちゃんの言ってた通りの人で俺ちゃん感動、真っ最ちゅー」

「なんだよ、繭から俺のこと聞いてんのか。そういや、自己紹介もしてなかったが、それなら別にいいか」

「大丈夫じゃないかなー。プレイヤー名テイク。種族はヒューマンで職業はテイマー。あと、ギルド“オッドボール”のギルドマスターだね。テイムモンスターはマルチスライムのラピス、ホーンラビットのトパーズ、町盗賊のアウィンたん! ラピスはMIN精神力、トパーズはATK筋力値、アウィンたんはDEX素早さ・器用さをそれぞれ極振りしてるんだよね。テイクさん自身はMP極振りで六千に届かないぐらい。第一回闘技大会ではテイマー部門で準優勝! “森林の大狼リェース・ヴォールク”を倒しちゃうなんて凄いねぇ。そういえば、この後ギルド“青薔薇”のギルドマスター、エリーと会う約束があるんだっけ。それじゃ、早くこっちの用事も済ませちゃわないとかなー」


 繭を見る。お前、どんだけ俺のこと話してんだよ。

 だが、当の繭は苦笑いで首を振るだけ。


 ……そういえば、これからエリーと会うなんて誰にも言ってねえぞ。

 俺だってウィルに言われなければ思い出すこともなかった。完全に忘れてたからな。


「俺ちゃんの自己紹介もした方がいいかな? プレイヤー名はウィリアムね。職業はアサシン。ついさっきまでNo.004ギルド“強いやつ来いや”通称“いやいや”に所属してたけど抜ーけちゃった! 情報屋としてはそれなりの腕だと思うよー。あと、アウィンたんに心を盗まれた被害者の一人なのだあ!」

「アウィン、返してあげなさい」

「返品は受け付けておりませーんよー」


 胸の前で大きなバツ印を作るウィル。

 どうやら、アウィンは変なものを釣り上げてしまったようだ。


 それにしてもギルド“強いやつ来いや”か。

 確か、PvP好きの集まるところだと聞いたことがある。

 接点はないと思っていたがこんなところでそのギルド名を聞くことになるとは。

 しかも、そのギルドを抜けてきたって?

 本当に、こいつは一体何を考えてるんだ。


「それで、オニーチャンや。本題に入っていいかな? かな?」

「お兄ちゃん言うな。何だよ、本題って」

「ズバリ! マイエンジェル、アウィンたんを救うために俺ちゃんは来たのだっ!」

「わたしですか?」

「……町盗賊のことか」

「おー、やっぱり考えてはいたんだねぇ。さっすがアウィンたんのオニーチャンやってるだけはある!」

「……どういうこと? テイク、説明」


 ウィルの言いたいことは俺もずっと前から危惧してはいた。

 アウィンを運営に消させないための策。闘技大会にて活躍し、町盗賊だと暴露することで多くのプレイヤーに周知させ、手出しをさせにくくするというもの。

 だが、これには大きなデメリットがある。


 町盗賊に良くない印象を持っているプレイヤーがいるということだ。

 町盗賊というモブが消えた今。報復する対象はアウィンのみ。


 そんなことを考えるプレイヤーがいるのかどうかは分からなかった。もしかしたらゼロかもしれない。

 だから、実行してからそのプレイヤーを炙り出すことにはしていた。その作戦もあった。

 終わらないイタチごっこになる可能性もあったが、アウィンが消えるよりもよっぽどマシだ。


 だが、ここで計算外なことが起こってしまった。

 外から聞こえるアウィンへのラブコール。

 握手させてくれやら、名前を呼んでくれやら、顔を見せろ、手を振って、などなど。


 まさか、アウィンがアイドル的存在になるなんて予想できる訳ないだろ!

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